はじめての魔法戦
俺たちは平原を抜け、ガリア山脈に差し掛かる。ガリア山脈は麓には木々があるが、途中から植物が減っていき、茶色い岩とわずかな苔だけの世界になる。
ようやくパーティらしい戦闘が出来るようになったので、俺は皆と戦闘フォーメーションの打ち合わせをする。
まず前線は俺とリン、近接戦は全て2人で賄う。俺とリンは回避の面でお互いのことをよく知っている。相手の邪魔にならないように回避して敵のヘイトを稼げるだろう。
そして、後衛はギルバートとポチ。ギルバートは銃を使った遠距離攻撃が主流だ。敵の数が多いときには範囲攻撃もできる。ノックバック効果で敵の動きを阻害してくれれば、前衛の俺たちが動きやすくなる。
ポチの役目は遊んでいることだ。ポチは攻撃さえしなければ、敵に認識されないし、全体範囲攻撃もダメージを受けない。つまり無敵だ。だからこそ、ポチは何もしないでいることが一番良い。
ガリア山脈を登り始めて数分、遠吠えが聞こえ、俺たちは武器を構えた。現れたのは、2メートルはある黒い狼の群れだった。
キラーウルフ。ガリア山脈に一番よく出現し、常に群れを成している。平原のグレイウルフを色違いにして、大きくしたモンスターだ。爪による攻撃には毒の状態異常が付加される。
今回は全部で8体いる。キラーウルフ達は獰猛な牙を剥き出しにしながら、こちらに疾走してくる。ゲームではなく、現実なのでその迫力は凄まじかった。ステータス上、余裕で勝てるとは言っても緊張をしてしまう。
「よし、打ち合わせ通りに」
俺の言葉で戦闘は始まる。俺とリンはこちらからキラーウルフに向けて走り出す。それを追い抜くようにギルバートから光の筋が走り、先頭を走っていたキラーウルフ達を突き刺す。
ギルバートの射撃は射程が長く、戦闘ではまず先制攻撃か出来る。前を走っていたキラーウルフ達がノックバックを受け、後方から来ていた仲間の行動を阻害する。
俺たちは総崩れになったキラーウルフにたどり着く。もはや相手は攻撃できる状況ではないので、回避の必要もない。一方的に攻撃を開始する。
リンのエクスカリボーの衝撃は激しく、たった一撃で2メートルの巨体を吹き飛ばし、青い粒子に変える。俺もダイダロスで順番にとどめを刺す。
敵が攻撃をしようとした瞬間、上空から雨のように光の筋が走り、突き刺して攻撃をキャンセルする。ギルバートの『バレットスコール』だ。俺は何も出来ない敵をただ斬りつける。
数分も経たず、キラーウルフの群れは全滅した。
俺は関心していた。もはや回避を使う必要すらほとんどなかった。ギルバートの射撃によるノックバックで敵の攻撃頻度がかなり減っている。ここまで楽に戦いが出来るとは思っていなかった。
もちろん、射撃にもデメリットはある。一つは攻撃力が低めに設定されていることだ。範囲攻撃もでき、射程も長い分、ダメージ量はあまりない。
2つめは規定の弾数を撃ちつくすと、攻撃ができなくなり、『リロード』というスキルを発動しないといけないことだ。『リロード』には15秒ほど時間がかかり、その間行動できない。
それを差し置いても、パーティとしては非常に優秀な後衛だ。
リンも戦いやすさを感じたのだろう。少し驚いた顔でギルバートを見ていた。
「少しは役に立つだろ?」
ギルバートはそう言って、控えめな笑みを見せた。
更に先に進むと、目の前にあった岩が急に動き始めた。岩に擬態するモンスター、ロックゴーレムだ。世界樹のウッドゴーレムの色違い。
すでにロックゴーレムの情報もリンには伝えている。ロックゴーレムは『物理ダメージ無効』のスキルを持っていた。世界樹のドリアードを除くと、物理無効の初めての敵だ。
今までの俺たちの戦い方は基本的に物理攻撃で押し切るものだった。それで十分だったし、あえて魔法を使うまでもなかった。邪龍も魔法防御がかなり高いから、物理メインだった。
はじめての魔法戦だ。ギルバートには少し休憩していてもらう。物理攻撃無効の敵に射撃してもノックバック効果はない。
俺とリンは同時にバックステップし、距離を取る。魔法は射程が長いので、敵の攻撃範囲の外から放つのが基本の戦い方だ。
俺はリンに攻撃を譲る。リンが魔法を発動する。地面に魔法陣が現れる。これが魔法のデメリットだ。魔法は詠唱時間という発動までのタイムラグがある。上級魔法になるほど長くなり、この間、他の行動が出来ない。
『魔導の真髄』というスキルを持つ、ソラリスやアリアテーゼはその効果で詠唱時間が極小になるため、ほとんど隙は生まれないし連発できるが、他のキャラではそうはいかない。
リンの詠唱時間が終了する。【サンダーボルト】雷属性の中級魔法が発動される。上空から稲妻がロックゴーレムを貫通し、ダメージを与えた。
しかし、一撃では倒せていない。これは仕方がないことだ。魔法ダメージは魔法攻撃力に依存する。俺が上級魔法を使うより、ソラリスが初級魔法を使う方が何倍もダメージ量が大きくなる。
オールラウンダーのリンの魔法攻撃力は、やはり魔法特化のキャラよりも大きく劣る。ウォーロックになっている俺の方が、今は魔法攻撃力が高いだろう。
ロックゴーレムが腕を振りかぶり、俺たちに向け振り下ろす。大きなモーションなので、俺とリンは問題なく回避をする。そして、距離を取って再びリンが魔法を発動する。
俺も同様に魔法を発動する。【セイントレイ】ロックゴーレムを光線が貫通する。光属性中級魔法。俺の使える魔法の中では威力補正は一番高い。
間髪を置かず、リンの【サンダーボルト】も発動し、落雷によりロックゴーレムのHPを全て削り取った。ロックゴーレムの身体が青い粒子になって消える。
「やりづらい……」
リンがぼそっと呟いた。その気持ちは最もだ。魔法発動中、地面に固定される感覚を嫌う英雄は多かった。一度詠唱すれば、ダメージを受ける以外、自分でキャンセルすることができない。
一撃死の攻撃と分かっていても回避が出来なくなる。それはこのLOLにおいて致命的な弱点だった。
「気持ちは分かる、俺も魔法戦は好きじゃない、けど魔法戦も出来るようになっておかないとこの先困るからな」
後半のエリアになってくると基本的に属性無効や吸収が当たり前になっていく。相手に有効な属性を考えながら、攻撃を組み立てていく必要があった。
リンは渋々納得していた。今回のロックゴーレムは素早さが遅いから、距離を取れば問題なく、魔法を発動できる。問題は素早さが高く、物理攻撃無効の敵だ。詠唱時間中に接近され、攻撃を受けてしまえば、発動はキャンセルされる。それが続けば、魔法を発動すること自体厳しくなる。
その為に盾役は必要だ。後衛の詠唱時間が終わるまで、敵の攻撃を受け続けることが出来れば、戦闘は有利に進む。
ゲームでは壁役に最初は鋼鉄のガランを使っていた。最終的にはウォルフガングに乗り変えた。しかし、その頃にはもうソラリスがいたので、あまり壁役の意味はなかった。
今のこのパーティでは俺が壁役にならざる得ないだろう。『挑発』のスキルと物理攻撃でヘイトを稼ぎつつ、全攻撃を回避し続ければ、壁役の役割をこなしたことになるはずだ。
まあガリア山脈のロックゴーレムは素早さが遅いので、俺が壁役に回ることはない。2人がかりで距離を取って魔法を撃てば良い。
俺たちは襲ってくるモンスターを危うげなく討伐しながら、ガリア山脈を登っていった。