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無理ゲーの世界へ 〜不可能を超える英雄譚〜  作者: 夏樹
第2章 英雄の成長
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あなたの笑顔のために




翌日、俺とリンは露店を回っていた。ポチは宿屋でお留守番だ。昼過ぎに西門でギルバートと落ち合い、ナルベス村に出発する計画になっている。



ナルベス村までの道のりで立ち寄れる街はなく、ナルベス村も田舎なので、お店での品揃えは良くない。だから、必要なものはグランダル城下町で買い揃える必要があった。資金なら王からの謝礼もあり、潤沢に持っている。



本来ナルベス村へはウェスタン街道を使っていくが、ガリア山脈を越えた方が直線距離で近い。ガリア山脈には、厄介な状態異常攻撃を使ってくる敵もいるので、万能薬が必要だ。俺は神兵の腕輪で大丈夫だが、ほかのメンバーを回復させるためだ。



今のレベルならガリア山脈を踏破することは問題ない。それに戦闘訓練を積むことも出来る。経験値としては俺達の方が高いため、補正がかかりほとんど得られないが、ギルバートは違う。ギルバートは初期レベルが30ぐらいだったので、敵の平均レベルが60近いガリア山脈で一気にレベルアップできるだろう。パワーレベリングというものだ。



俺はリリーさんの店を訪れた。相変わらずリリーさんは眩しいほど美人だ。ハイポーションと万能薬を買い込む。そこにある男が現れた。



「リリー、例の件考えてくれたかな?」



脂ぎった顔にだらしなく垂れ下がった頰肉、不揃いな歯に纏わりつくような視線を送る目。脂肪をたっぷり蓄えた腹を悪趣味な高級衣装で覆っている。



ポポス商会会長のポポスだ。仲間には出来ないNPCであり、悪徳商人代表、裏帳簿を盗み出して役人に届けるイベントがある。



リリーさんの表情にあからさまな動揺が現れる。無理矢理笑顔を作っている。



「ポポス会長、お話はありがたいのですが、私は父から継いだこの店をこれからも続けていきたいです」



大体話は読めてきた。ポポス商会はこのアイテム屋を乗っ取ろうとしているのだ。こんなイベントもゲームではなかった。本来自我を持たなかったNPCが自分から行動している。



「君は今の状況を理解しているのかね、こんな今にも潰れそうなアイテム屋を私が立て直してやろうと言っているのだ、君ももう少し賢くなると良い、いずれ私の妻となる女性なのだから」



「あぁ?」



俺はつい怒りの声を出してしまった。愛しのリリーさんに……俺のリリーさんに、この豚は何を言っているんだ。その汚い口を縫い付けて、海に沈めてやろうか。



「何だ貴様は? これは私とリリーの問題、外野は黙っててくれないか?」



蔑むような目で豚が俺を見る。よし、やろう。



「レン、落ち着いて」



リンが複雑そうな表情で、剣を抜こうとしている俺の腕を掴む。



「ポポス会長、今はお客様がいらっしゃいます、お引き取り下さい」



リリーさんが、そう頭を下げる。ポポスはやれやれと腹が立つ仕草をした後、吐き捨てるように言った。



「君はいずれ泣きついてくるよ、なぜが、君の店の商品は最近品質が落ちているらしいじゃないか? 冒険者からのクレームも多く入っているのだろう? 潰れるのは時間の問題だ、また来るよ」



いやらしい笑みを浮かべ、ポポスは去っていった。リリーは辛そうな表情を切り替えて、俺に笑みを見せた。



「見苦しいところを見せてしまいましたね」



あの豚、恐らくリリーさんの店の仕入業者に手を回して劣悪品を仕入れさせている。一部アイテムの中には品質という基準があり、AからDまである。Dだと効能が著しく低下する。この品質は見た目では判断できず、『鑑定』のスキルを使用するしかない。ポポスは鑑定済みのD商品だけリリーの店に流しているのだろう。



その時、俺はアイデアを思いついた。今のレベルは117、邪龍討伐イベントを終えたばかり、そして天気は晴れだ。もしかしたら手に入るかもしれない。



「リリーさん、また来ます」



そう告げて俺は走り出す。



俺は目的地のアクセサリーショップにたどり着き、商品を確認する。陳列商品はレベル、イベント進行状況、天候、時刻によって複雑な異なるテーブルで管理される。常に置いてある商品もあれば、そのテーブルでしか買えない掘り出し物もある。



今回のテーブルは、常に店売りされているものを除くと、3つだ。



《炎の腕輪》火炎属性のスキル、魔法の威力を10%向上させる。

《目利きの腕輪》アイテムを見るとその品質が分かるようになる。

《髑髏の腕輪》闇属性のスキル、魔法の威力を2倍にする。



以上だ。やはり俺の読み通り、目利きの腕輪があった。この腕輪は露店でしか手に入らない。アイテム調合イベントで品質Aのものを揃えないといけないものがあり、この腕輪がどのテーブルに現れやすいかは既に英雄たちによって調査されていた。



ついでに、髑髏の腕輪は呪われた罠装備である。それにも関わらず、いろんなテーブルに現れ、よく店頭に置いてある。



装備すると外せなくなり、外すためには教会で法外な値段を払わないといけない。装備してはじめて悪い効果が表示されるという性格の悪いものだ。



この教会での値段設定もLOL仕様。お金を払うことが出来ず、長い間、悪い効果による縛りプレイを強いられることもよくあった。



《髑髏の腕輪》闇属性のスキル、魔法の威力を2倍にする。闇属性の魔法以外使えなくなる。



闇に染まりし……俺の右手が疼き出す。みたいな厨二プレイヤーのためにある。はっきり言って、使い物にならない。



闇属性の魔法を使えるキャラは死霊術士デュアキンス、艶王アリアテーゼ、魔法生物ルンルン、闇人形アリス、暗殺者ベロニカなどがいる。それ以外のキャラが装備してしまうと物理攻撃しかできなくなってしまう。



プレイヤーも一部の上級職で覚えられるだけだ。そのため、装備すると魔法での戦いは絶望的になる。



他に闇夜のコートという、やたら丈が長く風でかっこよく靡く漆黒のコートもある。これも厨二装備だ。効果は闇吸収、闇属性の魔法を吸収できる破格の性能だ。しかし、やはり勝手に外すことができず、闇以外の全属性ダメージ3倍という頭のおかしいデメリットがついてくる。



ただカッコ良いだけ、そんな装備を買う奴は生粋の厨二病だ。LOLでは、この髑髏の腕輪を装備してしまい絶望するというのが通過儀礼となっている。



俺はその露店で目利きの腕輪と、ついでにそれ以外の腕輪もいくつか購入し、再びアイテムショップに戻った。



「リリーさん、じ、実は渡したいものがありまして……」



そして、リリーさんの前に立ち、緊張で固まる。大事なことを失念していた。この世界では、結婚する際は相手に腕輪を贈るのだ。



俺は今、リリーさんに目利きの腕輪を渡そうとしている。心臓が鼓動を早めた。



俺は右膝を地面につけ、手をリリーさんに差し出し、リングの入った箱を差し出す。そして、誓いの言葉を……。



「って、ちがーう!」



1人ツッコミを入れて、跳ね上がる。リリーさんの困惑した眼差しと、リンの氷点下の眼差しが俺を突き刺す。やめてくれ、俺をそんな目で見ないでくれ。



「あ、ああの、こ、これ」



おい、これじゃあコミュ障だと疑われるじゃないか。だめだ。美人と話すのは、まだ俺にはハードルが高すぎる。



「これをくれるんですか? ありがとうございます!」



リリーさんの満面の笑みを見て、全て救われる。ああ、目の前に天使がいる。



リリーさんに目利きの腕輪を右手に付けた。そして、驚きの声を上げた。



「えっ、すごい……品質が全部見えます」



驚きのあと、少し表情を引き締める。それはそうだろう。今店頭に並んでいるほとんどが品質Dだからだ。



「仕入れ業者は変えた方がいいです、これからは品質を見て仕入れて下さい」



落ち着いてきた俺はそう告げる。リリーさんの表情が少し変化していた。それはお客さんに向ける商売上の笑顔ではなかった。



「本当に、ありがとうございます! 何とお礼したらよいのか……」



お礼という言葉に一瞬いろいろ考えてしまったが、リンからの鋭い視線が突き刺さる。心が読まれている。



「俺は当たり前のことをしただけだよ、リリーさんのえがにょが……」



噛んだ。



かっこよく、リリーさんの笑顔が何よりのお礼です、なんて決め台詞を言おうとしたのに。



俺は顔を真っ赤にして、全力ダッシュで逃げ出した。恥ずかしすぎて穴があったら入りたい。俺の横を素早さの数値が俺より高いリンが並走する。



リンは俺を慰めるように言った。



「レン、少し、かっこよかったよ」



えがにょの何がかっこよかったか分からない。からかわれているのだろうか。

















俺はしばらく走り続けて立ち止まった。リンが平気な顔でずっと並走していて、何だが複雑な気分だった。



そして、目的の人物の下へ向かう。決して恥ずかしくてがむしゃらに走っていたわけではない。彼を探していたのだ。



「おーい、ラインハルト、城下町の西エリアのポポス商会第3倉庫に、横にある廃屋の屋根から侵入して、2階の鍵のかかった部屋でダイヤル35 22 14を入力して入って、そこのデスクの引き出しの一番上を開けて、ダミー帳簿を取り出し、二重底になっている下にある裏帳簿を手に入れて、騎士団に渡してほしい、あ、ちなみにそこで用心棒3人の戦いになるけどレベル低いからラインハルトには余裕だから、よろしく」



優雅にティータイムをしていたラインハルトは怪訝そうな顔をした。



「君は一体何を言ってるんだ? いきなり現れて、訳の分からないことを」



取り巻きの3人の女性達も俺に非難の目を向ける。



「アイテム屋の美女リリーさんを救うために必要なんだ!」



ラインハルトは颯爽に立ち上がる。何だかキラキラしたものが舞い散る。



「その依頼……このラインハルトが引き受けよう!」



ラインハルトがチョロくて良かった。これでポポスは牢屋行きで全て解決だった。







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