ポーションから学ぶ経済学
グランダル城下町。
目の前に広がる光景に俺は感動した。見慣れた光景だが、現実になるとその素晴らしさが際立つ。
活気があり、中世の衣服に身を包んだ獣人やエルフ、ドワーフなどが街中に溢れかえる。中世の石造りの家が建ち並ぶ景観は圧巻だった。
まさしくファンタジーだ。
俺はグランダル城下町を見て回ることにした。それに一つ試してみないといけないことがあった。それはNPCキャラについてだ。
チュートリアルのイベント中の国王を見て、不安に駆られていた。この世界は現実となってもキャラクターは決められたセリフしか喋らないのではないか、という懸念だ。
別に会話が好きなわけではなく、むしろ苦手だが、これから誰ともまともに会話出来なくなるのはさすがに辛い。
だから、俺は道具屋にまず向かった。道は覚えている。足取りを弾ませながら、最短距離で石畳を進んだ。到着すると道具屋の看板娘リリーが営業スマイルで声をかけてくれた。
「いらっしゃいませ、何かお探しですか?」
ゲームと同じセリフだ。俺は仮説を検証すべく、ゲームキャラクターでは返答できない質問を投げかける。
「あの……えっと……その……なんというか………」
誤算だった。俺は頭を抱えた。現実世界でもう何年もまともに喋っていなかったため、他人との会話の仕方を忘れている。
どうすればいい。天気の話をすればいいのか、いい天気ですね。何だこの下手くそなナンパ文句は。だめだ話すことが思いつかない。
「あの、気分が悪いんですか?」
頭を抱えて悶絶する俺にリリーが声をかけた。俺は顔を上げ、目を輝かせてリリーを見つめた。
今のセリフはゲームにはないものだ。俺は歓喜し、ガッツポーズをした。挙動不審な客にリリーは明らかに引いていたが、俺は気にしない。
俺の中で一つの仮説が生まれた。この世界のNPCは基本的には本物の人間であり、イベント中のみ、その役割を全うするのだろうと。
「ポ、ポ、ポポポ」
「ポポポ?」
リリーさんが可愛らしくて首を傾げる。
「ポーションを下さい!」
俺は渾身の努力を振り絞って、そう宣言した。できた。俺はやれば出来る子だ。
「ポーションですね、何個必要ですか?」
視界にダイアログが現れる。ポーション300Gを購入しますか。
俺は視界に同時に現れた所持金表示を見る。全財産500G。これを買えば、今晩どこにも泊まることができない。そもそも初期の所持金があまりに少なすぎる。選択肢は一つしかなかった。
目の前にはリリーさんの営業スマイルがある。
「一つ下さい」
俺はポーションを購入する。決してリリーの笑顔につられたのではない。たしかにリリーは可愛くて、やっぱりやめますなんて口が裂けても言えないが、俺は本当にポーションが欲しかったのだ。
さて、無理ゲーと名高いLOLで、頭のおかしいチュートリアルをクリアしたプレイヤーを迎えてくれるものを紹介しよう。
普通にプレイをすると、誰もが経験することになる罠。それは貧困だ。
LOLでのポーションの値段設定は初期でよく話題になった。いつのまにか当たり前のことと受け入れられたが、今考えてもやはり高すぎる。
ポーションはいくつか種類がある。ポーション、ハイポーション、メガポーション、エクストラポーション、エリクサーだ。
最後のエリクサーはポーションという名前はつかないが、回復薬という括りで分類した。
このポーションの値段設定が高すぎると言われるのは、その性能に寄ることが大きい。
ランクが上がることに性能は上がるが、そもそも効果が絶対値ではなく、割合なのだ。
これがどれだけ恐ろしいことか分かるだろうか。
ポーションは最大HPの10%を回復する効果がある。この効果にはメリットとデメリットが存在する。メリットは高レベルになり、最大HPがどれだけ高くなってもポーションを10回使用すれば全回復できる。
デメリットは最大HPが低い序盤では効果が低すぎることだ。たとえばレベル1の最大HPは30しかない。一回の使用で3しか回復しない。
3回復させるために、所持金の少ない初期に300Gかかる。そして、城下町周辺のノーマルの雑魚敵でも一撃で10以上HPを削られる鬼畜仕様。一撃喰らう度にポーションを3個以上、つまり約1000G以上かかる。
LOLでは敵を倒すだけではお金を手に入れることができない。敵のドロップアイテムを売却することで、お金を稼いでいく。城下町周辺でのドロップアイテムは平均して、100Gほどで売却できる。ドロップ率は巨神兵とは違い、20%ほどだ。よって1匹あたり約20Gの利益になる。
つまり50匹の敵につき、一回だけダメージを受けることが許される。そのため、何も知らない初心者は冒険を開始してすぐ何も買えない貧乏状態に陥るのが通例だった。
金がなくて、武器が買えない。だから敵を倒すのも苦労する。苦労して敵を倒して金を稼いでもポーションで消えていく。ポーションを出し惜しみすれば死ぬ。
死ねば銀行に預けていない手持ちの金は半分になるデスペナルティ。銀行はイベントをある程度進めないと利用できない。
一縷の望みをかけて、セーブしてからリセットするが、HPはリセット前と変わらない安定の鬼畜仕様。
まさに抜け道がなく、プレイヤーを貧困へと導く経済制裁だった。
まだマシなのはダメージを受ける度に街に戻り、宿屋に泊まることだ。それでも500Gかかる。ノー回復で25匹倒さないといけない。それに毎回戻らないと行けないので、時間効率が悪い。
敵の強さだけではなく、こういった経済面でもLOLはぶれずに無理ゲーだった。今思うが、なぜ俺はこのゲームを続けたのだろう。何だか自分が変人なのではないかと一瞬勘ぐってしまった。
一日8時間しかゲームをせず、欲しいアイテムを手に入れるために周回イベントを500回くらいこなしたり、膨大なHPのボスを回避しながら6時間戦い続けることくらい、平均的な一般人なら誰もがしているだろう。
プレイヤーはここで気づくしかなくなる。一撃も喰らわずに回避し続けるテクニックが必要だと。
回避テクニックが身についている英雄達の王道パターンは、まず城下町近隣で500Gをノーダメージで手に入れ、初期所持金と合わせて1000Gを使い、武器屋でロングソードを購入する。そして、あらゆるイベントを無視して、近郊の徒歩でいける中レベル帯のガリア山脈に向かう。
ガリア山脈は本来、もっと物語が進んだ後に訪れることになる場所であり、敵ももちろん強い。基本的に一撃もらえば死ぬ。またロングソードを装備することで出現する一部のモンスターの防御力をギリギリ越えることができる。
巨神兵のように、相手の防御力よりこちらの攻撃力が低ければ、0しかダメージが与えられず、物理攻撃で倒すことが不可能になる。しかし、少しでも上であれば時間さえかければ理論上倒すことができる。
魔法でもダメージを与えられるが、MPにも限りがあるため、現実的ではない。
ガリア山脈は平均して、ドロップアイテムが2000Gで取引される。ここで一撃死サドンデスを継続し、まとまったお金を稼いで、グランダル城下町に戻り初期イベントを消化するのだ。
それが英雄の王道パターンだった。しかし、現実になった今、巨神兵の経験値によるブーストがあったとしても、一撃で死ぬリスクをかけてお金を稼ぐことはできなかった。