備えあっても憂いあり
第2章スタートします。
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グランダル王が目の前で何か仰々しく話している。俺は欠伸を噛み殺しながら、全く別のことを考えていた。
今は邪龍討伐による王からの感謝式の最中だった。貰えるものは分かっている。多額のお金だ。だから、早くそれを渡して終わりにしてほしい。
さて、邪龍を討伐できた。これで本来であれば町で安全な生活が送れる。こちらが動かなければ強制的に巻き込まれるイベントはない。
そう、ないはずだった。しかし、状況は大きく変わってしまった。ネロの存在だ。
天才ネロは俺に興味を持った。次はウォルフガングを越える困難を用意してくるかもしれない。それにネロ以外にもゲーム外の行動をとるキャラクターがいる懸念もある。
そうすれば、何かイベントに巻き込まれてしまう可能性は残る。
おそろしいのは、ウォルフガングを倒したことで魔王軍に目をつけられることだ。既に幹部のプロメテウスには霧の秘術書の件で目を付けられているだろう。
しかし、プロメテウスはクーデターを起こし、魔王の座を奪おうと考える野心家だ。厄介なウォルフガングがいなくなって清々しているだろう。
いずれにせよ、結論を言えば、やはり準備していくしかない。備えがあっても憂いしかないこの世界だが、備えがなければ死ぬしかない。
強くならないといけない。そのために何が必要が考える。
まずは仲間。リンはとても優秀だがあくまでオールラウンダーだ。物理攻撃特化や魔法特化のキャラクターにはその分野で劣る。
それに敵との相性もある。倒すためにあるキャラのユニークスキルが必須という条件はLOLでは当たり前のように見かける。
やはり一番欲しいのは大魔導ソラリスだ。高火力の魔法使いが俺のパーティにはいない。今、物理攻撃無効の敵が現れたら勝てないだろう。
ゲーム時代でも愛用していたキャラだ。スキルや魔法は熟知している。魔法使いとしては、魔王軍幹部アリアテーゼよりも優秀だ。
しかし、欠点は仲間にする条件が厳し過ぎる。LOLでは一般ゲームの【かなり厳しい】を【普通】と表現する。【不可能】を【厳しい】と表現する。そして、ソラリスの仲間加入条件は【極めて厳しい】だ。
英雄達でさえ、ソラリスを仲間にしているのはほんの一握りだった。もはや現実になったこの世界では不可能と言っていい。
まあ、俺という人間はそれでも多分頑張るのだろう。ただ優先順位がある。ネロが動くことを考えると悠長に構えている暇はない。
仲間の数に関しては、多分パーティ人数制限はないと考えている。シリュウ戦では、ある意味サスケ、イズナ、リン、ポチの4人で戦っていたようなものだ。
本来、3人しか仲間には入れられないが、現実になった今は違う。そもそも、サスケとイズナは仲間ではないという認識なのだろう。リンとポチにはフレンドスキルを使用して、俺がスキルを選択できる。しかし、サスケやイズナは出来なかった。
つまり正式な手続きをせずに、本人の意思で一緒に戦ってくれる場合、パーティメンバーにはカウントされない。
ならば出来る限り多くの強力なキャラを本人の意思で仲間にしておくべきだ。
そして、レベルアップも急務となる。レベルは約300で頭打ちになる。正確にはカンストするわけではないのだが、経験値補正の影響で300ぐらいに留まってしまう。
自分よりレベルが下の敵を倒しても、経験値に補正がかけられてだいぶ減らされてしまう。15レベルぐらい下になれば、雀の涙ほどの経験値しか手に入らない。
ラスダンの魔王城でも敵のレベルは300ぐらいなので、どれだけ頑張っても300ちょっとで頭打ちになる仕様だ。
そのため、ブルースライムやシャドウアサシンによるレベリングはある一定まで行けば効果はなくなってしまう。
より強い敵と戦う必要が出てくる。ネロのことを考えると早く300レベル以上には上げたい。
俺があれこれと考えている内に、王の言葉は終わったようだ。
「この褒美を授けよう」
俺は差し出された金貨の詰まった袋を受け取り、お辞儀した。
「今宵は悪しき邪龍討伐を祝して、盛大なパーティーを」
「あ、すみません、俺は今夜パスで」
「え……」
会場の全員が俺の突然の発言に驚いていた。俺は気にせずに、当たり前のように玉座の間を後にする。
後ろが騒がしいが気にしない。貰えるものが貰えればそれで良い。むしろこのパーティイベントでは、作法を間違えると貴族から悪印象を持たれ、ある一定の逆好感度を超えると、厄介なイベントに巻き込まれるおまけ付き。
現実になった今なら、無視して逃げ出すのが得策だ。
足音から兵士達の足音が近づいてくる。どうも今回の主役の俺がパーティに参加するように説得するつもりなのだろう。
ここは城の最上階だ。廊下の窓から城下町の灯りが見える。中世の夜景はネオンとは違い、ランタンなどの炎の明るさだ。
後ろを振り返り、追ってきている兵士に手を振った後、窓から飛び出した。夜の空気に包まれる。眼下では城下町の灯りが美しく広がっていた。
そのまま、自由落下していく。両手を広げ、風を受けた。とても心地よい気分だった。
地面が急速に近づいてくる。俺は衝突する前にスキルを使用する。
『エアリアル』
身体が空中に浮遊し、落下の速度が0になる。俺はそのまま石畳の地面に着地した。
そして、ちょうど目の前にあるいつもの酒場に入る。中では暖かい声が溢れていた。
「レン、お帰り、もう先に始めてるよ」
リンは笑って、お酒を嚥下した。結局シャドウアサシンレベリングをしている間、いつも夕食はこの酒場だった。いつの間にか、この店の常連たちとは友情が芽生えている。特にリンはオヤジたちに大人気だった。
「おう、レンの旦那、あの怪物を倒したんだろ? やっぱり旦那は只者じゃないな」
ギルバートがそう言って、拍手をし始める。
「さあ、みんな、この王国を救った英雄様を讃えようじゃないか」
全員の拍手が俺を包み込んだ。俺は少し気恥ずかしさを感じながら、椅子に座り酒を注文する。
俺には王宮での豪華なパーティーより、こっちで和気藹々と安い酒を飲む方が性に合っていた。