新たなる無理ゲーへ
___________少年の独白____________
僕はいつから生きていたのだろうか。そんな疑問がある時芽生えた。
それは意味が分からない問いだった。自分の年齢も知っているし、過去の記憶もある。だが、ある地点より前の過去が僕には誰かから与えられたもののように感じた。
僕はそれまで生きていなかった。ある時、この世界が急に動き出した。
そう感じる原因を知りたかった。
自分のことは自分が一番よく分かっている。僕は一つの欲求があまり強い。
食欲、睡眠欲、性欲、どれよりも知識欲が強かった。未知であるものを知りたい。その欲求を満たすために僕は行動を抑えることができない。
だから、その欲を叶えるために家を出た。生まれ育った町から出たとき、不快感を覚えた。
単純に気持ち悪かった。心が街を出てはいけないと訴えかけた。決められたルールに縛り付けられているのを感じた。
そんな状況さえ、僕を突き動かした。なぜ気持ち悪くなるのか、何が街を出ないように働きかけているのか。それが知りたくてたまらなかった。
だから、自分の感情さえ振り切り、僕は街を出た。あの時から続く不快さは今でも続いている。心が元いた村に戻ることを望んでいる。それでも自分の気持ちさえ捻じ曲げて僕はここにいる。
そして、覇王ウォルフガングに出会った。僕の村は魔王城に一番近い村だった。
話をしながら、彼の性格、趣向を正確に読み取った。僕のステータスでは彼の機嫌を少しでも損なえば、あっさり死ぬ。
彼が望む言葉を口にしながら、自分の思うがままに誘導するのは容易かった。自分で名乗ったつもりはないが、誰がつけたのか僕には天才というレッテルが貼られている。
いや、正確にはウォルフガングは決して馬鹿ではなかった。豪快であり、猪突猛進な性格ではあったが、研ぎ澄まされた知性を内に潜めていた。彼は自分から僕の言葉に乗ったのだろう。
そして、僕はウォルフガングの手を借りて勇者が召喚されたという城下町へたどり着いた。そこで、その勇者に出会った。
とても平凡な男に見えた。犬と少女を連れたその青年は勇者と呼ばれるには頼りなく、一般市民と変わらない見た目だった。
だが、一目見て僕は彼が他の存在とは違うと分かった。理由は分からない。その理由も知りたい。彼がこの世界に縛られない唯一の存在だと心が判断していた。
だから、しばらく様子を見ていた。彼が青い壁の洞窟を出た後、僕が中に入ると、夥しい数のブルースライムが燃えていた。
こんな戦い方は知らない。また僕の知識欲は膨れ上がった。彼がどんな戦いをするのかたまらなく知りたくなった。
邪龍復活の話が流れた。僕は必ず彼が来ると確信をしていた。だから、自らも討伐メンバーに志願した。そして、彼の真の力を知るためにウォルフガングも呼んだ。
結果は想像を遥かに凌駕した。何をしたのか理解が及ばない。圧倒的な実力差をひっくり返し、彼は勝利を手にした。
邪龍との戦いも常軌を逸していた。未来予知のごとく攻撃を回避していた。最後の邪龍の足掻きをまるで踊るように避けていた。逆に邪龍が意図して彼に攻撃が当たらないようにしているように見えた。
途中で彼のHPが減ったタイミングで、僕はユニークスキルの『アナライズ』を使ってスキルを調べた。
彼はそんな回避が出来るスキルは持っていなかった。あの動きがスキルに頼ったものではなく、訓練によって身につけたものだとしたら、かなりの修行を積んだはずだ。
この戦いの結果、僕は満たされるどころ更に渇望した。もっと彼を知りたくてたまらなくなった。
僕は部屋をノックする。更に彼を知るために。
部屋から声が聞こえ、僕はドアを開いた。ベッドに横たわる彼は僕を見て笑顔を見せた。
「ネロ、本当に助かった、いろいろありがとう」
僕も笑顔を作り上げる。
「こちらこそ、無事に邪龍を倒せてよかったね、それにあの男を倒した時は驚いたよ」
そして、違和感なく会話を続ける。ラインハルトとデュアキンスのその後のこと、邪龍を倒したことで国王から表彰をされることなど、出来るかぎり彼に疑われないように自然に接する。
これからも彼を試すことになる。だから、逃げられては困る。こんなにも楽しい観察対象はいない。
「じゃあ僕はもう行くよ、またどこかで会えるといいね」
必ず会うよ。僕は君を離さない。君の全てを知りたい。
「そうだな、また力を借りることがあると思う、その時はよろしく頼むよ」
僕は彼と別れて部屋を出た。これからの期待が僕の中で燃え上がっていた。
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ネロが出て行った。側でリンが無邪気な顔で寝息を立てていた。
未だに信じられない。この低レベルで覇王ウォルフガングを倒した。それは常識を遥かに外れていた。高揚感が蘇り、右手が震えた。
俺はあの時、気づいた。英雄としての本質に。不可能という壁を前にした時、絶望よりも愉悦が先に来る狂った人間だと分かった。
この世界にコンティニューはない。一度死ねば終わり。そんな世界でこの生き方をしていれば、遅かれ早かれ俺は命を落とすだろう。
だが、あの状況は結果から言えば、英雄の意思に従って良かった。絶望に飲まれていれば、俺はウォルフガングにあっさり殺されていただろう。
何が正しいか分からない。この世界はゲームとは違う。
そう、ゲームとは違う。
だから、俺は生き延びるために変わらなくてはならない。ゲーム時代には考えもしなかった手を作り出さないといけない。
ネロは必ずまた仕掛けてくる。
こちらが気づいていないと、あいつは思っているだろう。それを利用して、対策を立てる必要がある。
そもそもおかしかった。邪龍討伐のメンバーは本来2人だ。3人目はいない。それにネロは本来魔王城に近い最果ての村に住んでいるはず。ゲームでもランダムで選ばれるメンバーにネロが現れたことは一度もなかった。
更に決め手はあの覇王戦だ。この世界はある程度ゲームシステムを踏襲している。ダメージを与えた際に視界に数字が見えるのもそれだ。
ゲームでは、味方から魔法やスキルの対象になった場合、アイコンが出てターゲットされていることは分かる仕組みになっている。
それは現実になっても同じだった。
あの極限状態のウォルフガング戦で、ポチがワンナイトカーニバルを使って俺のHPが1になったとき、視界の隅にターゲットアイコンが現れた。
あの状況で味方からスキルや魔法をかけられることはない。現にその後、俺には何の変化もなかった。リンのステータスアップ系の魔法ではない。
ならば、考えられるのは一つ。ネロのユニークスキル、『アナライズ』だ。対象のHPが半分を切ると相手のステータスが読み取れる。
あの時、ネロは俺のステータスを覗いてきた。そして、ネロのキャラ設定を考えると結論に行き着いた。
俺の力を知るために、ネロがウォルフガングをけしかけた。
厄介な相手に目を付けられてしまった。
「レン……」
リンが寝言で俺を呼んでいた。俺は思わず笑みをこぼして、彼女の髪を撫でた。今なら少しぐらい許されるだろう。
全く……本当に、この世界は無理ゲーだ。
__第1章 完__
第1章 読んでいただきありがとうございました。もし面白いと思っていただけたら評価や感想をお願いします。
今後もレンの冒険は続きますので、よろしくお願いします。
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夏樹