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無理ゲーの世界へ 〜不可能を超える英雄譚〜  作者: 夏樹
第1章 英雄の目覚め
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極限の集中



第3フェーズの邪龍はとにかく速い。攻撃の頻度も絶え間ない。まず恐ろしいのは、最も多く繰り出される爪による引っ掻きだ。



右手左手という順番で、ほぼ溜めもなく一瞬でモーションに入る。特に右手の攻撃は接近していれば回避は不可能。腕の振り方の関係もあり、近距離にいればどの方位に回避してもあたり判定を受ける。



更に恐ろしいことにこの右手引っ掻きの威力はありえないほど高い。ゲームでは、どれだけ高レベルに仕上げても必ず右手引っ掻きだけは一撃死することに興味を持った英雄がいた。



その英雄は防御力特化で装備、スキル、魔法をそのためだけに揃え、ゾンビ化などで最大HPを3倍にした。それでも一撃死した。



逆に左手引っ掻きはHPが10分の1ほど削られるだけだった。つまり右手引っ掻きだけ異常な威力なのだ。もはや作成スタッフが数字を誤ったとしか思えない。



だから、俺たちは常に邪龍の左手側に移動する。左手の攻撃なら右手のモーションを見てから反応ができ、更に脇腹に潜れば当たり判定がない。最悪ダメージを受けても左手なら一撃死しない。



次に恐ろしいのは、攻撃と同時進行で放たれる【グラビティ】だ。ディスペルで解除できるが、第3フェーズでは全く前兆がないので、デュアキンスでも半分以上、タイミングが合わず失敗するだろう。



【グラビティ】は黒い重力球が落下し、対象を押しつぶす闇属性の中級魔法だ。ダメージ自体は大したことがない。少なくとも100レベルを超えている俺の魔法防御なら耐え切れる。



しかし、ダメージを受けている間、一切身動きが取れず、継続ダメージを受け続ける。問題なのは動きが封じられることで、回避が出来なくなる点だ。その状況で右手引っ掻きを喰らえば終わりだ。



次に注意すべきは『ダークフレイム』だ。第1フェーズでブレスとして使用していた紫の炎を上空に吹き出し、上空から雨のように炎が落下してくる。



一度、受ければ瞬く間にHPを削っていく炎だ。引っ掻きを避けながら、ランダムに吹き荒れるダークフレイムを回避するのは極めて難しい。ネロのマジックバリアがあるので、後衛メンバーは安全だが、前衛メンバーにはかなり厳しい。



更に強制スタン効果かある邪龍の咆哮だ。回避一切不能。放たれれば一定範囲にいる者は強制スタンで動きを止めてしまう。そうなれば、回避能力など関係なく、爪の餌食になる。



最後に癇癪と俺たちが呼んでいる技。まるでおもちゃを買ってもらえない子供が暴れ出すように、とにかくがむしゃらに尻尾や前足、後ろ足、首を振り回しながら転がって来る。もちろん一撃もらえば、他の攻撃にも巻き込まれて終わりだ。



この無理ゲー仕様に、俺はこの現実の世界で挑まなくてはならない。一手のミスが命取りになる。極限の集中力が必要だ。



俺とラインハルト、リンは引っ掻きを避けながら、攻撃を続ける。第3フェーズでは防御力がかなり落ちているので、ダイダロスの恩恵がない俺でもダメージを与えられる。



邪龍は上空に向かい、『ダークフレイム』を放つ。空に紫の炎が渦巻いた。



同時に【グラビティ】が発動される。



「……すまない」



ディスペルのタイミングを外したデュアキンスの声が聞こえた。彼を責める気にはならない。この邪龍にディスペルを完璧にかけるなど、英雄でも不可能だ。



俺は身体が勝手に動き出す。まず【グラビティ】とランダムに吹き荒れるダークフレイムを避けきるスキルが、討伐には欠かせない。俺は何度も死にながら会得した。



半径2メートルほどの黒球が上空から落下してくる。俺は地面を蹴り、すぐに安全圏に出る。黒級は地面に到達し、クレーターを作り上げる。



遅れてダークフレイムの雨が降り注ぐ。俺は炎の着地地点を未来予知のごとく割り出し、当たり判定を計算し、踊るように身体を揺らす。焦ってパニックになっているラインハルトの腕を掴み、彼を込みで回避をする。同時に引っ掻きが放たれ、ステップを乱れさせずに、その攻撃も回避する。



振り回されているラインハルトから驚愕の眼差しを感じた。それはそうだろう。いくら素早さのステータスが高くても、ここからの戦いでは無意味。必要なのは、英雄が会得した回避技術のみ。



事前に綿密な打ち合わせを行っていたリンは自力で今の攻撃を回避していた。



ダークフレイムが止むと、俺はラインハルトの腕を放し、攻撃を再開する。それから俺たちはたまに成功するディスペルに助けられながら、ダメージを蓄積し続けた。



俺は攻撃と回避をしながら、常に邪龍の頭部に意識を向けていた。邪龍が頭をくっと持ち上げた。



「リン!」



俺の声に従い、リンが魔法を発動する。同時に耳をつんざく咆哮が放たれた。身体の芯まで振動し、身体の自由が奪われる。



炎の円が地面に広がり、俺たちはダメージを受けた。しかし、炎の色は赤い。これはリンが発動した【フレイムサークル】だ。強制スタンを回復する方法は時間経過以外に一つしかない。それは攻撃を受けることだ。



邪龍の攻撃は大きなダメージを受けるので、リンに攻撃してもらったのだ。これで強制スタンは解除され、また回避に専念できる。



これも咆哮の前兆を読み取って指示をしないと、リンが強制スタンになってしまい魔法を使用できなくなる。僅かな前兆を見落としてはならない。



俺は再度、攻撃を開始した。引っ掻きとグラビティとダークフレイムを避け、当たりそうになるラインハルトをサポートしながら、ダメージを蓄積する。



長い。ダメージを与え続けても、中々終わらない。一手のミスが命取りになる紙一重の戦いを切れそうになる集中を何とか繋ぎ止め、継続する。



体が疲労に蝕まれていく。ゲーム時代にはなかった肉体的不利が追い打ちをかける。そして、俺はタイミングを外した。



ダークフレイムの回避に気を取られ過ぎた。邪龍の凶刃が視界に映る。完全に避けきれないタイミング。左手なので、一撃では死なないが、今はダークフレイムが降り注いでいる。攻撃を食らって仰け反りが起これば、その間にダークフレイムでの追撃ダメージが予想できる。間違いなく死ぬ。



一回ならば、ポチのワンモアチャンスで復活できる。しかし、まだ戦いが続くことを考えると温存しておきたい。



だから俺は選択した。イリュージョン。視界が一瞬で移り変わり、邪龍の背後に瞬間移動した。咄嗟に打ち付けられる尻尾を回避する。



助かった。俺は足に力を込め、再度邪龍の左手側に走り込む。ラインハルトの近くにいなければ、彼は死んでしまう。俺が数えた中でも、サポートしなければ6回は死んでいる。



俺は一瞬で状況判断し、ギリギリでラインハルトを押し倒し、引っ掻きを回避させる。



やはりイリュージョンは諸刃の剣だ。移動先によっては俺だけではなく、ラインハルトも死なせてしまう。



そんな中でリンは集中力を切らさずに、俺のサポート抜きで回避を続けている。間違いなくこの戦いの中でさえ、成長を続けている。疲労が溜まり始めるこの場面で、彼女の動きは更に冴えてきている。



俺は再度、気を引き締め直し集中力を高めた。この戦いで誰も死なせはしない。それは英雄の矜持だった。





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