第2フェーズ
第2フェーズの邪龍は一切、下に降りてこない。上空から炎の雨と【グラビティ】で攻撃してくる。
本来はこのフェーズはかなり難易度が高い。上空から降り注ぐ攻撃を回避しながら、遠距離攻撃でダメージを与えないといけない。
魔法は邪龍の魔法防御が高いので、あまり効果がない。しかし、物理攻撃のスキルも遠距離攻撃は近距離に比べて威力が小さい傾向にある。
避け続けながら、小さなダメージを稼いでいく必要があり、長時間集中力を維持しなければならない。
しかし、俺は今回の作戦会議でほぼ第2フェーズを無視していた。ネロが仲間になった時点で、彼の『マジックバリア』さえあれば邪龍の攻撃を完全にシャットアウトできると考えたからだ。
そして、大事なことを見落としてしまった。
「それで……どうする?」
デュアキンスが小さい声で尋ねる。空中に飛び立った邪龍を攻撃するには遠距離攻撃をするしかない。しかし、ここにいるメンバーはまともに遠距離攻撃手段を待っていなかった。
全員が俺の顔を見つめる。俺は軽く微笑んで自信満々に答えた。
「ごめん、考えてなかった」
正直、遠距離攻撃はイベントで仲間になるキャラクターに期待していた。皆何かしら遠距離攻撃できるからだ。しかし、見事にデュアキンスもラインハルトもネロも近接攻撃しかできない。
『空中散歩』のテクニックを使えば、上空まで移動できるが、さすがに機動力がないため炎や【グラビティ】は避けられない。
炎が降り注ぐ中、俺はリラックスして胡座を組んだ。そんな戦場とは不釣り合いな様子に一同は微妙な表情をする。
邪龍に攻撃を与えない限り戦闘は終わらない。正直、既に手はいくつか浮かんでいる。後はどれをチョイスするかだ。
「デュアキンスのダークスフィアでラインハルトを吹き飛ばして攻撃する」
一つ目の手を口にしてみた。ラインハルトが表情を歪める。
「き、君は馬鹿なのか? そもそも吹き飛ばされて届くのか?」
「理論上は可能だと思う、ダークスフィアは本来敵を吹き飛ばして距離をとるためのものだから」
「だが、攻撃が成功したとして、着地はどうする? あの高さから落ちたら無事ではすまない」
「まあ、そこはラインハルトに任せるよ」
「任せるなよ! 普通に死ぬわ!」
いつもの口調を忘れ、ツッコミを入れるラインハルト。
「あとはネロのフィジカルリフレクションでラインハルトを吹き飛ばし……」
「貴様、僕を吹き飛ばすシリーズ以外ないのか? そもそもお前が飛ばされればいいだろ」
俺は驚いたようにラインハルトを見た。
「えっ! だって危ないし」
「こっちのセリフだ!」
あれ、何かラインハルトをいじるの楽しい。
仕方がない。あんまり他の人には見せたくなかったが、手段がこれしかないなら仕方ない。デュアキンスがいてくれて良かった。
俺は立ち上がり、魔法を発動する。【ファイアーボール】。手の平に野球ボールほどの火球が生まれる。
「ふっ、君、まさかそんな初級魔法であの邪龍にダメージを与えるつもりかい?」
ラインハルトが鼻で笑う。俺は無視して、デュアキンスに言った。
「ディスペルかけて」
「……え?」
デュアキンスは意味が分からず、固まる。俺がもう一度言うと、デュアキンスはとりあえず言われた通り、【ディスペル】を発動する。
俺はタイミングを合わせ、魔法が発動する瞬間、誰もいない空間に『捨て身斬り』を放った。
ディスペルは発動したはずだが、ファイアーボールは俺のもとを離れ、ゆっくりと邪龍に向かっていく。そして、小さな火球が邪龍に当たった瞬間、邪龍は悲鳴を上げ、身体をくの字に折り曲げた。
全員、予想もしない攻撃力に口をあんぐりと開けていた。
これが通称『ディスペ斬り』だ。ディスペルで魔法打ち消しても、投擲系のエフェクトは残る仕様になっている。
これはよく知られていることで、魔封じの洞窟というダンジョンで発見された。このダンジョン、やはり無理ゲー仕様であり、登場する雑魚敵のイビルバットという小さい蝙蝠がプレイヤーを苦しめる。
イビルバットは攻撃手段を一切持たず、ひたすらディスペルを掛け続けてくる。同時に数十匹現れ、常にディスペルをかけ続けるので、タイミングが合う合わないは関係ない。必ずキャンセルされる。
さらにイビルバッド以外のモンスターは全員物理攻撃無効とくる。魔法が使えないのに、魔法でしかダメージを与えられないという頭のおかしい仕様だ。
魔法が一切使えなくなる混乱という状態異常もあるが、それはアクセサリー1つで解決してしまうため、このような仕様にしたのだろう。プレイヤーを苦しめることだけが生きがいのLOLスタッフは、そこまでして魔封じしたかったようだ。
攻略方法は上級魔法を覚えてディスペルで打ち消されないようにするか、頑張って他の敵を掻い潜りながら、イビルバットを殲滅した後に魔法を使うしかない。因みにこのダンジョンは物語中盤あたりなので、前者は現実味がない。
そのダンジョンでディスペルによる投擲魔法の打ち消しはエフェクトが残ることが判明した。しかし、エフェクトのみであり、魔法が当たった敵にダメージはなかった。
しかし、ある時、そのエフェクトでイビルバットがダメージを受けた。英雄達の検証の結果、あるフレームで物理攻撃を放つと魔法のダメージがその物理ダメージに上書きされることが分かった。
これがディスペ斬りだ。つまりタイミングよく攻撃スキルを発動することで、エフェクトの魔法に当たればそのスキルの物理ダメージを与えることができる。
ちなみにこのタイミングはかなりシビアで、針の穴を通すような時間感覚が必要になる。俺でも毎回完璧に出せるまで50時間は黙々と練習し続けた。
皆、この謎現象の解が欲しそうな顔をしていたが、俺は黙ってデュアキンスの協力の元、ディスペ斬りを続けた。
本来ならもっと時間がかかるはずだが、『ディスペ斬り』は近距離の『捨て身斬り』の威力があるため、一気にHPを削って行く。
そして、20分後、ついに邪龍が墜落するように地面に降りた。ついに最も難易度の高い第3フェーズだ。
荒れ狂いながら、邪龍はこちらに突進する。俺は冷静に指示を出した。
「最後のフェーズだ! 常に邪龍の右側にポジションを持て、行くぞ!」
俺たちは一斉に動き出す。ここからが最大の山場だ。真に邪龍討伐が無理ゲーと言われる所以である。
俺が第2フェーズの説明を省いて、第3フェーズの対策ばかり話していたのは、その難易度が跳ね上がるからだ。ここからの邪龍は先程までと別物だと考えた方が良い。
ゲーム時代、邪龍討伐委員会で行動してたとき、第2フェーズまではクリアできる者は多かった。少なくともここまでLOLを諦めずに進めてきたプレイヤーだ。ここまでは何とかなる。
しかし、ここより先は茨の道と呼ぶのも生ぬるい。もはや道が存在しないかと思われるほどの難易度だ。
墜落した邪龍が慟哭する。第3フェーズが始まった。