謁見
ーーーーーレンーーーーー
俺はハーデスの部屋を目指すことにした。闇雲に探しても見つかる可能性は低いだろう。それならこの階層ですべきことをしておこうと判断した。
最下層に向かうためにハーデスの許可が得られれば、無条件でタナトスが通してくれる。幸い、バレンタインとは引き離されることがなかったため、人脈も使える。
その途中で誰かに遭遇することやユキの魂のある場所をバレンタインが思い出す可能性もあるだろう。
モンスターをアスモデウスとともに倒しながら先に進んでいくと、洞窟の壁が人工的なものに変わる。まるで王宮のような豪華絢爛な空間へと出る。天井が異様に高い。
柱が何本も直立し、奥にある巨大な扉へと続いている。魔王城を彷彿とさせる光景だ。
「レンさん。ここは奈落の王、ハーデス様がいらっしゃる部屋です」
「ああ、知っているよ」
「ハーデスさんか! 久しぶりに挨拶しようではないか」
ハーデスの周りには見張りなど全くいない。警護など必要がないほどの強さを有するからだ。周りに家来を配置しまくっているベルフェゴールという悪魔もいるが、やはり格が違う。
戦闘になれば俺は殺されるだろう。ただでさえ悪魔は強いが、その中でも群を抜いている。奈落の王という肩書は本物だ。
幸い他の悪魔のように出会うだけで戦闘になることはない。ちゃんと話を通せば会話ができる相手だ。バレンタインが不安すぎるが、できるだけ失礼のないようにしなければいけない。
「エレノアとアスモデウスはここで待っていてくれ。俺とバレンタインで行く」
「待ってください! 私もついていきます」
「悪いがそれはできない」
俺は毅然とした態度で断る。ここでエレノアをハーデスに会わせるリスクを取りたくない。
「アスモデウス。俺がいない間、エレノアの身を守ってくれ」
「承知いたしました」
エレノアは不服そうだったが、これでアスモデウスがハーデスに会おうとしてもエレノアを止めてくれるだろう。
「行こう」
俺とバレンタインは長い広間を歩き出す。空間に足音が反響した。この辺りはハーデスの気配もあり、モンスターさえ寄り付かない。
天井までそびえる巨大な門を俺は見上げる。
「バレンタイン。俺のことをうまく紹介してくれよ」
「はっはっは、任せたまえ。我を誰だと思っているんだ」
バレンタインだからこそ不安でしかない。
俺は扉に手をかけて力を込めた。奈落の王、最強の悪魔、ハーデスに謁見しよう。
「どうした? 開けないのか?」
「ああ、重大な問題が発生した」
俺は重大なことに気がついた。扉が重すぎて開かない。
ゲームではこの扉ははじめから開いていたから今まで考えたことがなかったが、これだけ巨大な扉だ。重量は半端ないだろう。
「レンは軟弱だな。我も加勢しよう」
ひ弱なバレンタインが加わったところで扉はびくともしない。ふと振り返るとエレノアと目があった。エレノアは首をかしげている。くっ、恥ずかしい。
「そもそも設計がおかしいんだよ。これだけ縦に長くする必要性がない。実用性を無視している。ゲームデザイナーがかっこよさ重視で作成して、それが物理エンジンにより計算されたせいでアホみたいな重量になったんだろ」
開発者に文句を言いながら、俺はバクバクを召喚する。俺よりもステータスが遥かに高いバクバクに任せればいい。
「バクバク。この扉を全力で開けろ」
バクバクは頷いて、助走をつけた。そして凄まじい速度で扉に体当たりした。
轟音と共に扉が開いた。いや、正確には違う。
扉が外れて吹き飛んだ。吹き飛んだ超重量の扉は奥にあるハーデスの玉座に突っ込んだ。
「え……」
2枚の扉の1つは玉座を破壊し、もう1枚はそこに座っていたハーデスの腹にめり込んでいた。
「……久しいな。この私に敵襲とは」
低く響くような声が聞こえてくる。ハーデスは自身にぶつかった巨大な扉を片手で持ち上げながら、立ち上がった。
3メートルを超える大きさで、金色と黒の豪華な鎧を着ている。兜には2本の凶悪な角が装飾されている。鋭い目が赤く光っている。実態を持たないような不思議な赤いマントがなびいている。奈落の王ハーデスだ。
最悪の第一印象になってしまった。
「いやいやいや、違うんです! これは事故です!」
俺は慌てて釈明する。ハーデスは横に立てかけられていた槍を掴んだ。
「この私と戦おうとする者がいるとは……何年ぶりだろうか」
「戦いませーん! これは事故でーす! 降参します!」
俺は必死に両手を上げてアピールをする。
「この私に牙を向いた勇気、果たして実力に見合うものかどうか。ためしてやろう」
この人全く聞いてくれない。自分の世界に入ってしまっている。
いきなりハーデスがスキル発動モーションになった。
これはさすがにまずい。バレンタインに『イミテート』すれば俺は生き残れるが、下手すれば後ろにいるエレノアやアスモデウスまで巻き込まれて即死する。
スキル発動時間はわずか数秒、普通に移動していれば『バニシング』の効果範囲に捉えられない。俺は一瞬で判断した。バクバクを全速力でハーデスに向かわせる。
凄まじい速度で俺でさえ目で追えない。しかし、バクバクの素早さから計算して、最善のフレームを割り出す。
『スイッチ』
弾丸のような速度で前に移動していたバクバクと俺の場所を入れ替える。ぎりぎりハーデスが効果範囲に入っている。
『バニシング』
際どいタイミングだったが、ハーデスのスキルをキャンセルすることができた。俺では間に合わなかったからバクバクの速度を利用するしかなかった。
『スイッチ』の効果範囲ぎりぎりまでバクバクを移動させる必要があったがどうやら上手くいったようだ。
俺は間髪をおかずに、振るわれた槍の横薙ぎを紙一重で飛んで躱した。
普通、『バニシング』を発動したら、相手はスキルが発動しなかったことで動揺するものだ。しかし、ハーデスには一切のタイムラグがなかった。
俺が接近したとわかった瞬間、攻撃に切り替えた。それも当たり判定が最も広い横薙ぎを選択した。武人としての戦闘能力も逸脱している。
ハーデスは滑らかな動きで次の攻撃モーションへと移行している。俺に初撃を避けられたことにさえ、一切動揺していない。
ハーデスには戦闘中に驚くという感情がない。どこまでも冷静で、理性によって作られた戦い方だ。
だから、俺はその動きを読むことができる。しかし、読んでいても対応しきれない。ハーデスにはそれだけの実力がある。
神速の突きが繰り出される。俺はまだ空中にいて足が地面についていない。『スイッチ』のクールタイムは終わっていない。バレンタインは俺が『イミテート』できる効果範囲にいない。
極限の集中状態を発動し、世界が止まる。
厳しい。このタイミングでは『流水の構え』の発動フレームに合わせることはできない。
『イリュージョン』を使用することも考えたが、ハーデス相手に一瞬でも位置関係を見失えば俺は死ぬ。ハーデスなら即座に場所を割り出し、追撃してくるだろう。
ならば、この手しかない。俺は体をそらし、『エアリアル』で僅かに横に移動する。同時に刀の鞘の位置を調整する。
世界が動き出す。ハーデスの突き攻撃を受け、俺は吹き飛んだ。
しかし、ダメージは受けていない。あえて鞘を俺よりも前に出し、先に鞘で攻撃を受けた。そのノックバックを利用して俺はエアリアルの移動距離を伸ばして直撃を避けた。
時間が足りなすぎたため『エアリアル』だけでは躱しきれないと判断して、咄嗟にこの判断をした。
無事にダメージ判定もなく、吹き飛ばされることができた。
ハーデスの追撃モーションが視界に入る。息をつく暇もない。本当に無駄のない動きだ。
だが、やっと間に合った。
ハーデスの攻撃は突如、間に飛び込んできたバレンタインにクリーンヒットした。
「ぐひゃああああ!」
盛大に回転しながらアニメのように吹き飛んでいくバレンタイン。ハーデスが動きを止めた。
ハーデスは驚いた表情で吹き飛んだバレンタインの方を見ている。バレンタインはいつも通り、何事もなかったかのように立ち上がった。
ハーデスの一撃をまともに受けて立てる人物など、バレンタインぐらいだろう。
「ふっ、久しぶりではないか。ハーデスさん」
バレンタインが決めポーズをする。悔しいが少しかっこよかった。
「これは……驚いた。久しいな。バレンタイン」
ハーデスが槍を下ろした。
「はっはっは、わかってくれてよかった。そこにいるのは我が友、レンだ。敵意はないので許してやってくれ」
「そうなのか。すまない。てっきり敵襲かと勘違いしてしまった」
「こちらも悪かった。ほら、ノックの威力を間違えて、ドアが吹き飛ぶ現象がよくあるだろう。ただのあれなのだ」
そんな現象はない。
「そ、そうなのか? 私は今まで見たことがないが、地上ではよくあることなのかもしれんな」
意味不明な言い訳だが、ハーデスは納得してくれた。ハーデスが武器を置いて俺に向き直る。
「手荒な真似をしてすまなかった」
「こちらこそ、ドアを破壊してしまってすみません」
こっちが完全に悪い気がするから、とりあえず謝っておく。
「それにしてもレンと言ったか。大した腕だな。私とこれだけやりあえるとは」
「いえ、ハーデス様も全力ではなかったと思います。俺はまだまだ未熟です」
これは謙遜ではなく本音だ。ハーデスがたまたま接近戦を仕掛けてくれたから英雄の回避術で何とかなった。
本来は広範囲殲滅魔法やスキルで、回避もできず即死させられる。何より7つの大罪を全て同時に使用できるというチートすぎる能力がある。
ハーデスに本気を出されたら、俺に勝ち目はない。




