ベルフェゴール戦
___________竜王____________
俺は普段から全力を出すことがほとんどなかった。
それは油断ではない。俺の防御力はあらゆる物理攻撃や魔法も防ぐ。状態異常にも完全耐性がある。ダメージを与えられることもほとんどなかったからだ。
鉄壁の守り。その一点において、俺は最強だと自負している。持久戦なら俺に軍配が上がる。
だが、今回の戦いは今までのものとは違う。覚悟はできている。これは俺の人生をかけた決戦となるだろう。
久しぶりに本気を出そう。
『竜化』
竜人の持つユニークスキル。身体が鱗で覆われ、全ステータスを跳ね上げる。
ただでさえ高い防御力がさらに向上する。俺はこの竜化状態でダメージを受けたことがない。あのウォルフガングの本気の一撃でさえ、ダメージを与えられなかった。
「覚悟しろ」
俺は敵の兵士に突っ込む。無数の攻撃が浴びせられるが回避などしない。その全てを受け止め、力技で敵を殲滅する。
武器は使わない。そもそもデストロイヤー以外の武器は俺の攻撃に耐えられなかった。いつもすぐに砕け散った。信じられるのは己の肉体のみ。
『大震脚』
広範囲スキルで敵を吹き飛ばす。一瞬の間ができるが、即座に次の敵が突っ込んでくる。
少し離れた位置にいた兵士が見慣れたモーションをした。
『大震脚』
先程見たスキルをそのまま発動された。さすがにダメージは受けなかったが、俺はあることに気づいた。『大震脚』のスキルが使用できなくなっている。
これは7つの大罪状態異常の1つ、強欲だ。俺は一瞬でその兵士に接近し、頭に回し蹴りを叩き込み青い粒子に変える。これでスキルを取り返した。
あの兵士は明らかに見た目が人間だった。本来、悪魔しか7つの大罪状態異常は使えないはず。呪いによってベルフェゴールの駒になることで悪魔と同じ扱いになるのか。
7つの大罪は厄介だった。憤怒の黒い瘴気で吹き飛ばされ、嫉妬で防御力を底上げした敵もいた。もはや何が起こっているかもわからない大混戦へと陥っていく。
『破天掌』
地面に衝撃波を発生させ、兵士たちを蹴散らす。
同時に無数の魔法攻撃が俺に降り注ぐ。轟音と共にあらゆる属性の魔法が吹き荒れる。
一撃で倒せなかった敵は、後衛に控えるヒーラーによって即座に回復されてしまう。
これだけの数の集団が統率の取れた組織的な動きをしている。一国の軍勢に、1人で戦っているようなものだ。
俺は全ての攻撃を高い防御力で防ぎ、1人ずつ確実に敵を減らしていく。
「がああぁ!」
自然と叫んでいた。もはや戦略も何もあったものではない。原始の戦いだ。ただ力任せに1人でも多くの敵を葬る。
突如視界が真っ暗になる。闇魔法で目眩しをされた。暗闇の中で何人もの兵士が俺にしがみつき、体の自由を奪おうとする。
「ぐぉおおおおお!」
俺は必死にそれを振り解こうともがく。しかし、次から次へと俺に飛びかかってくる。
あまりの重さに俺でも振り切れない。俺を倒せないと分かり、拘束して動きを封じることにしたのか。
「ひひひ……恐ろしく強いな。おまえが欲しくなった」
頭に響くような声が聞こえた。俺を押さえていた兵士たちの体に不気味な紫色の紋様が現れる。
この俺に呪いを与えようとしている。ベルフェゴールは今までもこのようにして力あるものを従えているのだろう。
俺の中に何か異物が入り込んでくる。激痛とともに精神に干渉してくる。
「何人も、この呪いからは逃れられない。終わりだ。俺様の駒となれ」
ベルフェゴール。お前と戦う以上、こうなる可能性は考慮していた。
どれだけ俺が強くても、呪いにより体を操られてしまえば意味はない。
だから、俺は対策をしている。持っていかれそうになる意識を強引に抑え込んだ。俺を侵食していた紫の模様が止まった。
「馬鹿な。この呪いは精神力などでどうこうなるものじゃない」
ベルフェゴールが初めて焦りを見せた。
これは俺の力じゃない。俺の身体にはある魔法がかけられている。あの婆さん、ソラリスがかけてくれた魔法だ。本来なら弾くことなどできるはずもない悪魔の呪いを、俺だけは跳ね除けられる。
『極・剛腕』
俺を押さえ込んでいた兵士たちをまとめて空中に吹き飛ばす。無数の青い粒子が竜巻のように空中に舞い上がる。
その舞い上がる粒子の中で、俺はベルフェゴールを睨みつけた。
「俺はティアマト。貴様を殺す男だ」
ベルフェゴールが一瞬身体を震わせた。それは奴が無意識に抱いた怯えだった。
「も、もう良い。手駒にできんなら要らん。さっさと殺せ!」
ベルフェゴールの指示で攻撃が苛烈さを増した。今までは俺を殺さずにあわよくば呪って駒にしようと考えていたのだろう。ベルフェゴールが本気で俺を殺しにきた。次から次へと無限に敵が向かってくる。
俺は防御力を頼りに無理矢理突破していく。次々と粒子に変えていく。怒涛の攻撃を受けながらも前へと進み、ベルフェゴールの下へと少しずつ近づいていった。
ハルの情報が正しいなら、ベルフェゴールに近づけば7つの大罪状態異常はなくなる。特殊効果の時間が一気に減らされていくからだ。
「新しい駒の性能でも見ようか」
奥から大柄な影が突っ込んでくる。俺はその動きに合わせてカウンターで攻撃しようと構えた。
「……!?」
俺は咄嗟に拳を止めた。同時に見慣れた大斧によって俺は激しい衝撃を受けて吹き飛ばされる。同時に『竜化』が解けた。
「なぜ……だ。なぜ、お前がそこにいる」
答えてくれない。感情のない目で俺を見ている。そして、もう一度、あいつは俺に飛びかかってきた。
何とか回避しようとするが、他の敵からの攻撃で動きが阻害され、デストロイヤーの一撃を受けてしまう。
『竜化』が解けたことで、この戦いで初めてダメージを受けた。そのダメージを与えたのは俺の息子、ドラクロワだった。
「なんだ? お前、この駒の知り合いか? ひひひ、それは楽しくなってきた」
やめてくれ。お前のために、俺はここまで来たのだから。
ドラクロワは昔、洞窟の陥落に巻き込まれたとき、地上にいたベルフェゴールの駒から呪いを受けてしまった。助け出したこいつの体には紫の紋様ができていた。
俺はすぐに旅の過程で知り合ったダンテに相談をした。俺には知識がなかったからだ。ダンテはすぐに優秀な呪術師を手配してくれた。
結果として呪いの発動は遅らせることはできた。しかし、いずれこの呪いは発動してしまう。だから、俺はこの呪いを解くために魔王軍に所属して情報収集することにした。
あらゆる場所で情報を集めた。そして、2つの希望を手に入れた。
1つは俺に接触してきたソラリスという女に教えてもらった。彼女が探すエレノアという人物なら呪いの進行を永久に止めることができると。
ソラリスは恐ろしいほど賢い女だった。あの女は自分の目的を叶えるために、魔王軍にいる俺を懐柔しようとした。俺が何を優先し、何の条件を提示すればよいかを熟知していた。
俺はそれをわかった上で、ソラリスと手を組んだ。魔王軍を裏切る結果にはなったが、俺が最優先するのはドラクロワの呪いを解くことだった。俺は自分からソラリスの手のひらで踊ることを選択した。
死を偽装して魔王軍を抜けた俺はエレノアを探した。世界中を巡った。しかし、結局エレノアを見つけることはできなかった。
だから、2つ目の方法を選択するしかなかった。
呪いをかけた元凶、悪魔ベルフェゴールを奈落へ赴き、殺すことだ。奈落へ行くということも現実離れしたことだった。当然悪魔を殺すこともだ。
だが、俺は諦めなかった。結果として俺は今、ベルフェゴールのもとまでたどり着いた。
それなのに、俺の前に立ちはだかるのは、救いたいと願う息子だった。
ドラクロワからの攻撃を受ける。さらにダメージが入る。他の敵の攻撃も『竜化』が解けた状態だったため、一部ダメージが通るようになってきた。戦いながらじわじわと俺のHPが削られていく。
俺は力加減をした裏拳を繰り出して、ドラクロワを気絶させようとした。
しかし、本来であれば意識を飛ばせるはずの攻撃だったが、ドラクロワは立ち上がった。操られている間は気絶することもなかった。本人の意思に関係なく、体が動かされている。
俺は辺りを見渡した。膨大な敵の兵士に囲まれている。かなり多くの敵を葬ったつもりでいた。しかし、それは全体のほんのごく一部だった。
絶え間なく繰り返されるベルフェゴールの笑い声が頭から消えない。
どうにもならない現実が、諦めないはずの俺の心を蝕んだ。今まで人生をかけて積み上げてきたものが、意味を持たずに消えてしまう。すべてを失ってしまう。そんな恐怖が芽生え出した。




