物語を紡ぐ者
ーーーーリンーーーー
私たちはタールを浸した布を魔法で燃やして辛うじて見えるだけの光を作りながら、暗い穴を進む。
ドラちゃんの様子がおかしい。私が話しかけても上の空だ。
「大丈夫? 少し休む?」
「うるせえ。さっきから。俺は違う」
会話が通じていない。この奈落で錯乱状態になれば命の危険がある。幸い敵が今はいない。レンと早く合流したいけど、少し休むべきかも。
「ここで休憩しましょう」
私は足を止めて、近くで新しい火を起こした。ドラちゃんの顔が見える。目の焦点が合っていない。何かを呟いているが聞き取れない。
しばらく無言で燃える炎を見つめていると、ドラちゃんが口を開いた。
「ここはどこだ?」
「ここは奈落の中間層よ」
今自分がいる場所もわからなくなっている。こんなこと今までなかった。ドラちゃんに何かが起こっている。
「大丈夫?」
「ああ、もう大丈夫だ。心配をかけたな」
ドラちゃんは自分の体を見回し、そのあとに自分の持っているデストロイヤーに視線を合わせた。目の焦点が合っている。
「少し調子が悪くて、意識が混濁してしまった。今の状況を教えてもらえないか?」
急に理路整然と話し始める。先程までの辛そうな雰囲気はない。でも何かがおかしい。
「ドラちゃんは穴に落ちて、今からレンたちと合流するためにこの階層を進んでいるところ。思い出した?」
「ああ、そうだったな。落下の衝撃で記憶がおかしくなっていた」
ドラちゃんは立ち上がった。
「先を進もう。私はもう大丈夫だ」
私も立ち上がった。静かに短剣を握り、こっそりと息を吐き出す。
「良かった。早く行きましょう」
私はドラちゃんに背を向ける。そして、同時に背後から迫ってきたデストロイヤーの攻撃を回避した。地面を蹴って距離を取る。
「あなたは誰?」
「勘の良い娘だ」
デストロイヤーを振り抜いたドラちゃんの姿は炎の揺れる光に照らされ、目が赤く光っていた。その表情には邪悪な笑みが刻まれていた。
ーーーーーレンーーーーーー
俺たちは中間層に到着した。できればここで合流したかったのだが残念ながらリンとドラクロワはいない。
エレノアが最後に階段を降りてくる。ヘカテにわざわざ頭をぺこぺこ下げて謝罪していた。バレンタインが迷惑をかけたことを謝っていたのだろう。律儀な性格だ。
「アスモデウス。はぐれてしまった仲間と合流したいんだが、道案内できるか?」
俺は上層でドラクロワが落ちた穴の位置を伝える。アスモデウスは奈落に住む悪魔だ。俺よりも地理に詳しいだろう。
「なるほど。たしかに一部の穴はこの中間層につながっていると聞いたことがあります。おそらく東のエリアでしょう。あの辺りの壁には発光石が少ないので暗闇が広がっています」
アスモデウスはそう言って、俺たちを先導してくれた。やはり頼りになる。
この中間層は上層以上に注意が必要だ。徘徊しているメフィストフェレスはもちろんだが、多くの悪魔の住処がある。中には入れば戦闘になるものもいる。アスモデウスが案内してくれなければ、間違って遭遇してしまう可能性もある。
しばらく順調に進んだときに、後ろから声が聞こえた。
「え? どうしたの?」
エレノアの声だ。俺が振り向くと、一番後ろにいたエレノアが通り過ぎた脇道の方向を見ていた。
「エレノア。なにかあったのか?」
「フレイヤさんが何かを見つけたみたいで、急に向こうに走っていっちゃって」
確かにフレイヤの姿がない。こんな事態に勝手な行動をされるとは思っていなかった。
「アスモデウス。一旦フレイヤを追う」
「承知いたしました」
俺たちはフレイヤが走っていた通路へ進路を変更した。
フレイヤが単独で悪魔と遭遇したら、勝つのも逃げ延びるのも不可能だ。早く追いつかないといけない。
「レンさん。この方向は……」
アスモデウスの忠告はわかっている。この通路が進む先には悪魔ルシファーの部屋がある。ルシファーは好戦的な悪魔だ。絶対に遭遇してはいけない。
幸いゲームでのルシファーは部屋に足を踏み入れない限り、戦いにはならない。ルシファーの部屋は覚えている。フレイヤがそこに間違って入る前に止めなければならない。
俺たちは足を早める。かなりの速度で移動しているが、フレイヤの姿は見えない。これで追いつけないとなると、フレイヤ自身全速力で走っていることになる。一体フレイヤは何を発見したんだろうか。
角を曲がると、広い空間へと出た。そこに大きな穴が空いている。その穴の先が足を踏み入れてはいけないルシファーの部屋だ。
俺は足を止めた。そこには1人の人物がいた。探しているフレイヤではなかった。
「待っていた。罪人よ」
言葉の通り、その人物は俺が来るのを待っているかのように立っていた。
「己の行動が身を滅ぼす。それはこの世の摂理」
何が起こっている。何かがおかしい。
「断罪を行う」
白い肌を持つ若い男だ。あまりに長い銀髪が地面まで届いている。ゆったりとした白いローブを着て、聖職者のようにも見える。神聖な雰囲気を壊さない白い角が頭部に生えている。目は閉じられているが、俺たちの方を向いている。
「……ルシファー」
ありえない。ゲームではルシファーが自室から出てくることなんてなかった。それにまるで俺がここに来ることがわかっていたかのように待ち構えていた。
「ルシファーさん。彼らは私の顧客です。手は出さないでいただきたい」
「アスモデウスか。久しい声だ。君はこの者たちの罪を知った上で赦すというのか。それならば君も同罪だろう」
「罪? 何のことですか? 私はレンさんたちと一緒にいましたが、何も悪いことはしていないかと」
「隠蔽、虚偽、許されることではない。私は全ての罪を裁く存在。裁定者であり、断罪者」
「話し合いましょう。話せば誤解が解けるはず」
「正義の遂行に譲歩は不要。必要なのは遠慮のない鉄槌のみ」
初対面のルシファーから、俺への怒りが感じられる。
俺がうっすらと抱いていた違和感は確信に変わった。何者かが俺たちを攻撃している。知恵のあるインプやルシファーの待ち伏せ。偶然ではない。姿の見えない誰かによって仕組まれている。
その者によって作られた物語を辿らされている。
ルシファーの部屋から何かが歩いてきた。
魔法により全身を黒い霧に包んでいて姿はぼやけている。闇属性のシャドウローブという姿を隠す魔法だ。
「そろそろ気づき始めた頃合いか。俺の存在に」
声も魔法によって、くぐもった声に変えられている。俺の思考を読まれている。
「誰だ?」
「俺は物語を紡ぐ者」
俺の知っているゲームのキャラにこんな人物はいない。奈落のイベントでも聞いたことがない。
「目的は何だ?」
「そうだな。あらゆる絶望すら跳ね除ける天才の英雄様に挑戦したいのかもな」
英雄という言葉。こいつはNPCではない。俺の元いた世界の人間が使う表現だ。
「そういえば、俺の部下が世話になったようだな。あいつも今こちらに向かわせている」
「ハルは本当に俺たちを狙っているのか?」
「貪欲だな。少しでも情報を得ようとしているのか。ああ、ハルには俺の指示を裏切れない理由がある」
ストーリーメーカーと名乗る人物はルシファーの横に並んだ。なぜルシファーはこの男を攻撃しないのだろう。本来のルシファーは悪魔が絶対の種族であり、それ以外の種族を劣等種とみなす、生粋の差別主義者という設定だ。ルシファーがこの男の指示で動いている理由がわからない。
「俺が書いた物語を存分に味わってくれ。調子に乗った天才様が、己の無力さに絶望する極上のシナリオだ」
「そろそろ断罪をしたいのだが」
「くく。話し過ぎてしまってすまない。ルシファー、罪人に死を与えてくれ。レン。生きていればまた会おう」
ストーリーメーカーの姿が影になって消える。残されたルシファーは両手を広げた。
「時は満ちた。裁きを執行する」
理不尽の裁定者、傲慢のルシファーとの戦いが始まる。




