初見殺し
俺たちはデュアキンスのおかげで王城に入ることに成功した。
「じゃあ、デュアさん、俺たちは先に問題のある騎士宿舎を見てきますね!」
「待て、さすがに勝手に……」
「また後で!」
俺たちはデュアキンスを置いて、東の通路を進む。
「ねぇ、本当にお城の中で修行なんてできるの?」
「ああ、かなり効率の良い狩場がある」
俺たちは騎士宿舎に到着し、裏に回った。木々が生い茂った中に枯れ井戸があった。
「実はデュアキンスが呼ばれている事件は、この井戸の地下にノーライフキングというアンデットが発生したことが原因なんだよ」
俺はゲームでのシナリオを説明する。もうこの宿舎に騎士は1人もいない。みんな避難させられているはずだ。
本来であれば、プレイヤーと共にデュアキンスとノーライフキングを討伐する流れとなる。
「これ、真っ暗で見えないんだけど、入って大丈夫なの?」
リンは井戸を心配そうに覗き込む。
「ああ、意外に深くないから、落下ダメージは受けない」
俺はそう言って、自ら率先して井戸に飛び込んだ。暗闇の中に入っていき、着地する。冷たく湿った空気が頰に当たった。
続いてリンとポチも降りてくる。井戸の下は隠し通路となっており、前に道が続いていた。
俺たちに反応して、紫色の不気味な炎が誘うように順番に手前から燭台に灯される。
「よし、じゃあリンとポチは一旦ここで待っていてくれ、絶対にここより先に進むな、進んだら間違いなく死ぬ」
俺は緊張感を持って告げる。しかし、自らも強くなりたいと思っているリンは不服そうな表情をする。
だから、俺はリンにノーライフキングのことを説明した。
LOLプレイヤーで事前情報なしでノーライフキングに殺されなかった者はいない。このゲームで最も強烈な初見殺しがノーライフキングだ。
この通路の先を曲がった所に扉があり、その部屋の中央にノーライフキングがいる。部屋の向こうは真っ暗で何も見えない。そして、ゲームでは扉を開けた瞬間、訳もわからずゲームオーバーになる現象が多発した。
最初はバグかとも思われた。開けた瞬間向こう側は何も見えず、ただゲームオーバーになるので原因が分からない。
英雄達はここで得意の検証を行い、遂に真実を解明した。
ノーライフキングが暗闇の中で『死滅の魔眼』というスキルを使っていたのだ。これは完全耐性がない限り、100%即死する効果を持つ。
暗闇の中でノーライフキングがスキルを使っているかも確認できず、相手の視界にこちらが入っただけで即死する。意味が分からないほどの初見殺しだ。
だから、ノーライフキングを倒すためには即死耐性100%が必須となる。ちなみにデュアキンスは何の装備もなくとも、元々即死耐性100%を持っている。
しかし、即死をレジストしても、あっさり死ぬことになる。部屋に足を踏み入れた瞬間、部屋の灯りが灯る。そして、間髪を置かず、回避がほぼ不可能な【ダークレイ】という闇魔法が放たれる。威力はかなり高く、何も対策していなければ余裕で一撃死する。
俺は以上のことを一通りリンに説明をして納得させた。
そして通路を進み始める。石の扉の前に立ち、『濃霧』を発動する。どこからともなく、白く光る霧が身体を包む。
俺は覚悟を固めて、石の扉を思い切り押した。
扉が開き、前に暗闇が広がる。本来ならここで死ぬはずだが、何も起こらない。俺には神兵の腕輪があるので、即死をレジストできる。
足を一歩踏み入れると、ゲーム同様廊下の物と同じ紫色の炎が部屋に灯った。
部屋の中央に血で魔法陣が描かれ、その中央に法衣を着た干からびた骸骨がいた。何もない眼窩に小さな赤い光が灯る。
ノーライフキングが指を俺に向ける。一瞬で紫の閃光が走り、俺の身体を貫いた。
痛みに俺の顔が歪む。俺は慌てて扉から廊下に飛び出して、身を隠した。
俺は『濃霧』を使っているので、【ダークレイ】のダメージ量が大きく減っている。もし『濃霧』がなければ、装備で魔法防御をガチガチに固めるしか耐える術がない。
準備は完了した。俺の言っていたレベリングはノーライフキングを倒すことではない。そもそもデュアキンスのスキルを使わないとノーライフキングは倒せない。HP1になってからデュアキンスのスキル以外ではHPが減ることがない。
俺の姿を見失ったノーライフキングは黒い闇を5つ飛ばす。それが人型に変わり、漆黒の忍者となる。
シャドウアサシンというモンスターだ。最大5体まで召喚でき、1人倒されるとノーライフキングは1人補充してくる。
シャドウアサシンは素早い動きで、部屋を出て俺を追ってくる。ノーライフキングは部屋中央の魔法陣から出ることが出来ない。さらに廊下まで攻撃する手段もない。
つまり部屋を出て、ノーライフキングの視界に入らないように廊下にいれば、直接攻撃はされない。
俺の目的は廊下でシャドウアサシンを討伐することだった。倒しても無限にノーライフキングが補充してくれる。
シャドウアサシンはレベルが110くらいあり、経験値も十分で何よりも回避の練習にちょうど良い。
素早さも高く、モーションの種類も多く、戦うことであらゆる回避テクニックを身につけることができる。英雄が作成した回避レベルを図るのに、シャドウアサシン級というものもある。
「リン! 修行の時間だ」
俺はシャドウアサシン5体を引き連れながら、リンに向かう。
リンは目を輝かせてエクスカリボーを構えた。俺はリンの下まで到着し、追ってきたシャドウアサシンを4体ヘイトを稼いで引きつけ、リンに1体向かうように誘導する。
俺は見本になるように4体のシャドウアサシンをあえて倒さず、その高速で多様な攻撃を4人同時に回避し続ける。
未来予知と言っても良いだろう。英雄は常にシャドウアサシンの数秒後の姿を予測する。視界に入っていない場合も正確に動きを把握できる。
踊るように俺はシャドウアサシンの攻撃をことごとく回避した。この世界に来て、俺の勘もかなり戻ってきた。まだアバランチは避けれないと思うが、シャドウアサシン程度なら問題ない。
リンは向かってくるシャドウアサシンの突きを右にかわした。だいぶ回避術が成長している。しかし、まだ俺の目から見れば甘い。回避動作が大き過ぎる。
リンはそのままエクスカリボーでシャドウアサシンの胸を切りつけた。
強烈な炸裂音と共にシャドウアサシンの身体はくの字に折れ曲り、吹き飛んで行く。どう考えても木の棒で打ち付けた衝撃ではなかった。
「運が良かったみたい、たまに起こるよね」
リンはたまたまクリティカルが発生したと思っているみたいだ。吹き飛ばされたシャドウアサシンは再度突っ込んで行く。さすがにエクスカリボー一発では倒せない。
またシャドウアサシンの攻撃を回避し、カウンターを放つ。再度、炸裂音が響き、シャドウアサシンは吹き飛んだ。
「え?」
リンは驚いた表情でエクスカリボーを見つめる。俺はリンの頭に浮かんだ疑問に答えた。
「それ、全ての攻撃がクリティカルになるんだよ」
「え………なんか、ずる……ごほん」
リンはつい何か言ってはいけないことを口にしようとして、慌てて誤魔化した。
それからのリンは水を得た魚のようだった。はじめは戸惑っていたが、段々と全クリティカルの快感にハマってきたようだ。シャドウアサシンを吹き飛ばし続ける。
倒す側からノーライフキングが補充してくれる。俺はリンに回避術をレクチャーする。
「リンはまだ動作が大きすぎる、大事なのはその攻撃を回避することではなく、その次も継続的に回避することだ、だから次の攻撃に対応できるよう最小限の動きで回避しないといけない」
俺は見本を見せながら、リンに回避のイロハを教え込む。リンの飲み込みは早く、動きがみるみるよくなっていく。レベルも順調に上がった。
それから数時間、ひたすらシャドウアサシンを狩り続けた。リンにも疲れが見え始めたので、今日の訓練はここまでにする。井戸から垂れ下がるロープを使って、外まで出る。ポチはロープを掴めないので、俺が背中に担いで登った。
シャドウアサシンの行動範囲は井戸の中までであり、外に出てくることが出来ない。
もう外は夕暮れになっていた。
「よし、帰ってご飯にするか」
ポチもお腹が空いているらしく、元気よく鳴いて返事をする。少し歩くと、完全に忘れていたデュアキンスに出会った。
「……どこにいたんだ?」
「原因を調査してたんだ、恐らく宿舎の西側の庭園が怪しいと思う」
思い切り嘘をつく。邪龍イベントまではここでレベリングしたいので、デュアキンスにノーライフキングを除霊されては困る。
「む……そうなのか、我はてっきりこの建物の裏に何かあると……」
「それよりデュアさん! 一緒に夕食を食べましょう! 明日も調査は続くので頑張りましょうね」
「……いや、我はあと少し、ここの裏を……」
「いやー、デュアさんと食事が出来るなんて光栄だなぁ、デュアさんは好きな食べ物とかあるんですか? 俺はカレーが好きですね」
「その……だから、我は……」
俺たちはデュアキンスの快諾をもらい、共に夕食を食べに酒屋へ向かった。