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無理ゲーの世界へ 〜不可能を超える英雄譚〜  作者: 夏樹
第6章 英雄の挑戦
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奈落への門




「これは……」



「なに……これ」



斜面を登った先には何もなかった。



ダグロンド族の姿どころか、生物がいた痕跡すらなかった。木や石の破片が散乱していた。巨大なクレーターが無数にあり、地面が大きくえぐられている。まるで巨人にでも襲われたような状態だった。



俺は辺りを見回して、大きく安堵の息を吐いた。



「どうやら成功したようだな」



俺の想定通り、ダグロンド族の殲滅に成功していた。



「ちょっと待って。 これレンがしたの?」



「ああ、前もってダグロンド族を殲滅しておいた」



「一体どうやって……レンはずっと私たちと一緒にいたし、こんな離れた場所の敵を倒すなんて……」



「俺がダグロンド族を滅ぼしたとき、リンもその場にいたぞ」



「まさか……」



リンははっとしたように顔を上げた。思い出したのだろう。



別に特殊なことは何もしていない。きっと俺以外でも同じ状況になれば、同じことをするだろう。



「ゼーラの神雷……」



俺はゼーラを利用して、ダグロンド族をあらかじめ殲滅しておいた。



「あのイベントではグランダル王国が覚醒したゼーラによって滅ぼされる。だから、サキエルに『イミテート』していた俺はこのダグロンド族の集落に印をつけて、グランダル王国と偽ってゼーラに渡した」



ゼーラは長い年月封印されていたし、特に地理に興味もない。だからわざわざ自分でグランダル王国の場所を調べず、サキエルに依頼した。



俺はせっかくのグランダル王国を滅ぼせる広範囲殲滅攻撃をどこに落とせば良いかを考えていた。



どうせ奈落にはアメジストを取りにいくことになるから、ダグロンド族の集落に落とすことを決めた。



さすがはゼーラの神雷だ。国一つ滅ぼす威力。復活のダンスの暇などなく、全員殲滅できただろう。この集落に他の人がいたら困るが、ダグロンド族は話も通じない好戦的なモンスターだ。その可能性は極めて低い。



「あの状況で、そこまで考えていたのね」



「誰だって同じこと考えるだろ? せっかくの神雷を海に落としたりしたらもったいないし」



貴重な資源は大切に利用しなくてはならないからな。



これで堂々と集落を闊歩できる。俺たちはクレーターによって、でこぼこした歩きにくい地面を進んでいった。



「まずはバクバクを復活させよう」



目印になる建物が一つも残っていないから、何となくの方角で進むしかない。集落の奥に到着すると、小さく汚い沼があった。ここが目的地だ。



この沼ははるか昔、奈落から記憶の泉の水を持ち帰って入れたという設定がある。流石に記憶の泉同様に保管した魂から蘇生はできないが、テイムしたモンスターを復活させることができる。



テイムされたモンスターは魂が術師に結びついているという設定があるが、単純にスタッフがゲームシステムとしてテイムしたモンスターを復活をできるようにしたかっただけだろう。



俺は沼に指先をつける。どろどろしていて気持ちが悪い。



指先からピンク色の光が漏れ始め、沼の色を変えていく。水がごぼごぼと重力に逆らうように波打ち始めた。



その中央から黒いうさぎのような見た目のバクバクと、もふもふの白い塊が飛び出してきた。



「おかえり。バクバク。モフメー」



これでバクバクが戦闘に加わることができる。奈落を前に戦力を大幅に増やすことができた。やはりバクバクがいるだけで戦略が一気に増える。



モフメーは普段は姿を消しておき、グランダル王国に戻ったときにマーカスに返却しよう。相変わらずどこが頭か分かりづらい。



「よし。じゃあ、闇の遺跡に向かおう」



「闇の遺跡自体は対策はいらないの?」



「闇の遺跡はトラップもないし、モンスターもいない。ただ奈落の門番がいるだけだ。まあ、その門を通してもらうことが難しいんだが」



「その門番が強いから?」



「いや。カロンっていう名前の悪魔なんだが、基本的に勝つことはできない。今回も戦う気はない」



奈落の門を守っているカロンはゲームでは実質倒すのが不可能な存在だった。奈落に入れないプレイヤーが倒そうと試みるが、無意味だった。



カロンは攻撃を加えると、ユニークスキル『ランダムトラベル』を発動してくる。これが本当に厄介で、ランダムな場所に強制移動させられる。



本当にランダムで、アホみたいに遠い場所とか、生きて帰れない高レベルエリアに飛ばされることもあるし、本来は入れないマップの隙間に飛ばされて、身動きが取れなくなるバグもある。



このスキルのせいで、戦闘が強制キャンセルされるため、実質勝つのが不可能な相手だった。



だから、カロンとは敵対するつもりはない。そもそもカロンを倒しても門が開くかわからない。正攻法のやり方で門を開けるつもりだ。



ゲームで闇の遺跡の門は長いこと開け方が解明されなかった。ダグロンド族の遺跡の奥に、悪魔が守っている門があるのが発見されてから、どうやってもその門の開け方がわからなかった。



『ドッペルスイッチ』など、様々な試みがあったが全て失敗に終わった。



カロンが「定められし証を持つ者のみが開くことを許される」というヒントにもならない言葉をくれるだけで、実質ほぼノーヒントだった。英雄の中では、スタッフが手を抜いて、この門の先はゲームに実装されてないのではないかという説を唱え始めていた。



それでも諦めないのが俺たち英雄。闇の遺跡の門突破委員会が設立され、日夜あらゆる手で門を開ける努力が行われた。ちなみに俺もその委員会の一員だった。



予想としてはカロンの言う定められた証というアイテムが必要なのだろうと思い、あらゆるアイテムを持ち込んだ。闇の遺跡にある壁画にヒントがあるという説も出ていて、その分析も行った。結論から言うとこの壁画はただの模様で何の意味もなかった。



同時にもう一つの新たな施策が行われた。それはあるプレイヤーのつぶやきが発端だった。



「なんか雰囲気禍々しいし、門番の悪魔いるし、この先奈落なんじゃない?」



もしそうだと仮定するなら、新たな策が可能になる。中から開けてみよう作戦だ。



特定のイベントなどで魂を抜かれると、奈落に行くことができた。ユースタスのイベントもその一つだ。



これらのイベントではプレイヤーは持ち物を全部没収され、レベル1のステータスになるため、基本的に亡者にあっさり殺されることになる。



この状態で奈落の入口の門を探し出し、内側から門を開けようという作戦だ。



こちらも難航を極めた。レベル1では何もできず、亡者にやられるからだ。レベルアップしたくても1匹も倒せないから、レベルも上げられない。



こうして、内側と外側の両方から門を開けるための戦いが続いた。そして、ついに門は開かれることになる。



それは本当に偶然だった。ある英雄プレイヤーが初めて門に到着したときに、普通に開いたというのだ。俺たち委員会はそのプレイヤーのあらゆる情報を分析して、何が開門フラグかを調査した。



その結果、判明したことは事前にあるイベントでアスモデウスに会ったことだった。これはレアイベントで、リンやアランとの遭遇のようにランダムで発生するため、どこで起こるかわからないものだった。



あらゆる街の酒場で発生する可能性があり、入ると普通にアスモデウスが酒を飲んでいる。そのアスモデウスの愚痴を聞くだけというイベントだ。



その際に、仕事手伝いたくなったらいつでも来てよと名刺を渡される。このアスモデウスの名刺が必須アイテムだった。



問題はこのイベントがレア過ぎて、俺たち英雄でもほとんど遭遇していないことだ。噂で聞いていた程度の本当にあるかわからないイベントだった。



このイベントを起こすために、酒場に永遠と出入りしたこともある。乱数調整がどうなっているのかわからず、結局1週間ほどやり続けたが、その方法では起きなかった。



そこで考えられたのが、奈落でアスモデウスから名刺を貰おう作戦だった。レベル1の状態でアスモデウスを探し出し、そこで名刺をもらって、現実世界へ戻ろうという方法だ。



どこがアスモデウスの部屋かわからなかったが、ついにあるプレイヤーがたどり着いた。実はアスモデウスの部屋への道は比較的行きやすく、亡者が少ないことが判明した。



そして、話しかけると酒場と同じように愚痴が始まり、聞き終えることで名刺の入手に成功した。



あとは奈落からの脱出だ。この方法は既に知られていた。凄まじく難度が高いが、何とかハーデスの下までたどり着けば、現実世界に戻してもらえる。



そして、ついに自力で闇の遺跡の門は開かれることになった。ほぼノーヒントで、必要なキーアイテムがランダムイベントとか普通に頭がおかしいと思うが、LOLでは標準だ。



結局、酒場でアスモデウスに出会うことは現実的ではなく、一旦奈落に入ってアスモデウスに会って、無理ゲーを乗り越えて現実に戻り、門を開けるという手段が定着した。




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