ジャングルの奥地へ
ーーーーーー奈落の門番ーーーーーーー
不思議だな。最近なぜか来訪者が多い。
「お嬢ちゃん、こんなところに何の用だい?」
「人を待っているの。ここにいれば会えるはずだから」
「こんな辺境に人が来るのか?」
「ええ、もうすぐ来るの」
彼女は警戒心なく俺に近づいた。
「お嬢ちゃんは、俺が怖くないのかい?」
「怖くないよ。カロンさん」
「……俺を知っているのか」
きっと見た目とは違い多くの経験があるのだろう。この世界は見た目での判断が当てにならない。
俺はこの門の見張りをやらされている。見張りといってもこんな辺境の場所、ほとんど誰も訪れない。でも、俺はこれをしなければならない。そういう契約だ。
「暇だから少しお話でもしましょう」
「暇か……俺はそんな感情も消え失せてしまったな」
「あなたの望みは何?」
「俺の望み? のぞみ……」
なんだろう。それは。俺はずっとずっとこの門を守るだけの存在だ。望みなんて持ったことがなかった。
「思いつかないが……兄に会いたいな」
「お兄さんがいるの?」
「ああ、奈落の奥で見張りをしている。小さいころ、2人でよく遊んだ」
「いいわね。今は会ったりするの?」
「いや、俺はこの門の前から動けない。それが悪魔の契約なんだ」
「悪魔って契約は絶対に守るんでしょ」
「悪魔にとっての契約は絶対だ。破れば俺たちは灰に変わる」
「可哀想」
可哀想。そんな言葉初めて言われた。俺にとって、毎日ここで門を見張るのが普通だった。
「私も自由にはほど遠いんだけどね。今からここに来る人は、きっと誰よりも自由な人」
彼女はそう言って、俺の横の岩に腰掛けた。
「私もいつも縛られている。逃れる術はないの」
「俺は……縛られているのか」
「きっとそう感じないようになっているのね」
俺を見ている。透き通ったきれいな瞳だった。
別の足音がした。本当に来訪者が多い。何か起こっているのだろうか。
「……私の待ち人はあなたじゃない」
現れたのは若い男だった。両手に短剣を持っている。明らかに敵意を持っている。
「そう。それがあなたの選択ね。あなたは道を間違えてしまった。正しさを失ってしまった」
彼女は立ち上がった。凛々しい表情だった。再び俺の方を見る。
「カロンさん。私を助けてくれない?」
「それは俺の契約にはない」
俺はただ奈落の門を守るだけの存在だ。
若い男の目が金色に輝いた。明らかに全身から放たれる威圧が強まる。何かのスキルだろうか。
「私はね。ここで殺されるわけにはいかないの」
彼女はずっと俺を見ていた。どこまでも透き通るような綺麗な瞳。俺に初めて門を守る以外の役割が生まれた気がした。
男は凄まじい速さで斬りかかる。彼女は焦りもせず、まばたき1つしていなかった。まるで何かを信じているかのように。
気づけば俺の槍がその男の刃を受け止めていた。
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俺たちは飛空艇でアニマへと到着した。デュアキンスと合流して準備に取り掛かる。ライガスの許可を得て、マー君たちがダグロンド族の集落まで案内してくれることになった。
「レン」
準備をしていると、アリババに声をかけられた。
「間に合って良かった。商人として、レンにまだお礼ができていなかったからね」
「気持ちはありがたいんだが、アリババの商品買えるほどお金ないんだよな」
アリババの商品は性能が破格だが、値段も高すぎて手が出せない。
「どうしてレンが僕の相場を知っているのかは気になるけどね。 いいよ。レンになら無料で渡そう」
「え! む、無料! ほんとか!」
思わずテンションが上がってしまった。アリババのアイテムが無料で手に入るなんて夢みたいなことだ。
「商人は人脈も大切な要素の1つなんだ。レンとつながりを持っておくことは今後必要になると判断しただけだよ」
「アリババ……ありがとう。お言葉に甘えさせてもらう」
そうは思ったもののどれにしようか迷い過ぎる。防御として最強クラスの四宝の盾やエターナルフォースも良いし、トールハンマーや刀使いとして夜叉も捨てがたい。
俺が頭を抱えて悶えていると、アリババはおかしそうに笑った。
「レンにもそんな迷うときがあるんだね。いいよ。レンタルということで、もし他のアイテムが必要になったらまた会いに来てよ。いつでも交換してあげよう。それなら君に会う口実にもなる」
そう言ってアリババは連絡用のクリスタルを渡してくれた。最高すぎてとりあえずアリババをハグしておく。あの大商人アリババのアイテムをいつでも無料レンタルできるなんて夢みたいだ。ゲームでは考えられない現実世界の恩恵だ。
「アリババ。なんて良い奴なんだ。感動して涙が堪えられない」
「大げさだよ。ちょっと苦しいから離れてくれ」
俺はエターナルフォースを借りておくことにした。奈落では防御用のアイテムを持っておいたほうが良いだろう。四宝の盾も迷ったが、盾を装備すると二刀流ができなくなるし、素早さも下がるのでやめておいた。そもそも全て回避すれば問題はない。
その後、一通りの準備を整え、俺たちはマー君たちと一緒にアニマを出発した。向かうはダグロンド族の集落だ。
相変わらずジャングルの中は即死トラップだらけだが、注意して進んでいく。だんだんと鬱蒼とした緑の植物が消え、枯れた木や沼が増えてくる。霧が立ち込めてきた。
「レン、大丈夫なのか。この奥地はやばい奴らが集まっている。俺たち獣人でも足を踏み入れない」
「ああ、でも行かないといけないんだ」
どうやら獣人たちの中でも、この辺りは向かってはいけない禁断の地となっているようだ。それだけダグロンド族が恐れられているということだろう。
しばらく進んだところで先導していたマー君が足を止めた。
「悪い……俺たちはここまでだ。ここから先は掟で入ることを禁止されている」
「ここまでで大丈夫だよ。ありがとう。マー君」
「レンの強さは信じているが、十分に注意してくれ。この先に足を踏み入れて帰ってきた者はいないと言われている」
「気をつけるよ」
俺たちはマー君たちと別れて、さらに先へと進む。誰も帰ってきた者はいない。それもそうだろう。普通の獣人や人間ならダグロンド族から逃げ延びることはできない。あいつらはそれだけ異常な存在だ。
「嫌な空気ね」
「わん……なんか臭い」
進むにつれて、更に緑の木々は失われていく。枯れた木が鬱蒼としている。まるで生命が存在しないように見える。死の森という表現がしっくりと来る。
「ダグロンド族にバレないように侵入して闇の遺跡に向かう、で合ってる?」
リンは自分なりに答えを出したようだ。確かにバレないように潜入して、闇の遺跡に向かうのがゲームでの現実的な攻略手段だった。倒すのが不可能と思い、そう判断したのだろう。やはりリンの思考はプレイヤーに寄っている。
それは正しい。どう考えても戦闘では駆逐することはできないし、物量で押し切られる。バレないように進む以外の道はない。
しかし、その道も決して甘いものではない。ダグロンド族は索敵能力も高く、非常に音にも敏感だ。数も多いため、見つからずに闇の遺跡まで行くのは至難の技だった。
現実的には、ぎりぎりまで潜入してバレたらとにかく戦闘せずに逃げまくり、闇の遺跡に駆け込むという極めて原始的な手段が有効だった。成功率は1000回行って1回成功するくらいの感触だ。このくらいの勝率はLOLプレイヤーなら何度もコンティニューして実行する。高い確率だと思う。
ただコンティニューがない現実世界で、一発で成功させるのは厳しいだろう。それにゲームでは闇の遺跡にさえ入れば追ってこない仕様だったが、現実では入り込んでくる可能性も高い。そうなれば逃げ切れない。
「普通ならそうするんだが、今回は違う」
「そう……降参ね」
リンは悔しそうに両手を上げた。
向かう先に地面がえぐれたような大きなクレーターがあった。
「すげえ威力の攻撃だな。これがなんたら族の力か?」
このクレーターがあるということはダグロンド族の集落がすぐそばにあるということだ。
少し先に進むと粉々に砕けた家だったものらしき残骸があった。そこから急な山の斜面がつづいている。ゲームで見覚えのある光景だ。
「注意してくれ。この上が奴らの集落だ」
緊張感が一気に高まる。俺が失敗している可能性もある。もし失敗していたらダグロンド族と全面戦争になる。俺は足音を消し、慎重に斜面を登っていった。




