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無理ゲーの世界へ 〜不可能を超える英雄譚〜  作者: 夏樹
第6章 英雄の挑戦
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クラウス戦



俺は一瞬で今自分がすべきことを判断した。



「くだらないな。ただの喧嘩に巻き込まないでもらえるか。俺は帰る!」



俺はそう言って皆が唖然としている中で全速力で逃げ出した。俺の素早さはかなり高い。一気に離れていく。



クラウスがすぐに追ってくる。かなりの速さだ。ステータスは『龍脈』でドーピングしている俺よりも高い。



俺はほっとした。追いかけてきてくれてよかった。クラウスは凄まじく速い。他のメンバーでは対処できない。だから、挑発して俺だけを追わせた。



挑発に乗るかどうかはわからなかったが、クラウスは皆殺しにすると宣言した。一人も逃したくないだろう。



だから、俺が逃げ出したら追わざるを得ない。しかも俺は素早さがかなり高い。クラウスでもすぐに追いかけないと追いつけなくなる。



俺は十分離れたところで、立ち止まって振り返った。



『宵闇の剣』



クラウスが得意の闇の剣を作り出す。



クラウスの戦い方はすでにゼーラ神山と魔王城で見ている。いつか戦うことになると想定し、分析は済んでいた。



油断をするわけではないが、今まで俺が戦ってきた不可能を詰め込んだ理不尽だらけの相手たちとクラウスは明らかに違う。



クラウスは格下だ。圧倒的なステータスに頼った剣技と召喚術。クラウスにはそれしかない。俺は特別なことをしなくても、純粋に戦って勝てる。



俺たち英雄にとってはクラウスは戦いやすい。すべてを回避するから高い攻撃力は無意味だし、剣技を使うことでモーションも読みやすい、素早さのステータス差も反応できるレベルなら何の問題もない。



特殊な効果のスキルや絶対回避不能な攻撃もない。唯一の懸念は召喚獣の性能だ。俺がまだ知らない召喚獣に厄介なスキルがある可能性はある。だが、それもこちらでクラウスの行動をコントロールすればリスクを回避できる。



さあ、クラウスを攻略しよう。



俺は飛来する無数の闇の剣を全て回避した。回避された剣はすぐに折り返して戻って来る。それも含めて回避する。



クラウスは更に闇の剣を空中に召喚し、倍の量で攻撃してくる。流石に回避する隙間がゼロになれば、俺でも回避できない。



飛来する剣の隙間がなくならないように調整しながら回避する。現状のすべての剣の位置を把握し、一瞬先の未来を見ることで、その調整が可能になる。一手でも間違えれば回避しきれない。俺はその一手を間違えない。



これは俺の想定通りの展開だった。クラウスはまずは遠距離から『宵闇の剣』で俺の出方を伺うと思っていた。



俺はクラウスの本質を見抜いている。



クラウスはゼウスに負けたことで、敗北を極端に恐れるようになった。それ以降、クラウスは自分が勝てる存在かを無意識に伺うようになっている。自分が勝てる存在には存分に力を振るい、力で支配しようとする。



だが、自分が負ける可能性があるとわかったら無理をせずに逃げる。ゼーラ教会でのサキエルや魔王城でのダンテが良い例だ。



ゼウスに負けたことがよほどのトラウマだったのだろう。



バレンタインではなく、その周りを人間を殺そうとしたのもバレンタインに勝てないとわかっていたからだ。



バレンタインが近づいていったとき、クラウスは後退りをして一定の距離を保った。あれはバレンタインが魂を抜き出せる距離を知っているからだ。その距離に入らないようにしていた。



残念だよ。クラウス。きっとゼウスに負ける前のお前は英雄としての素質があった。理不尽に抗い続ける精神があった。



クラウスの言う通り、この世界は理不尽に満ちている。絶望が蔓延した世界だ。それでも抗い続ければ道は拓ける。その道を諦め、弱者を虐げる道を選んだ。



英雄になれなかったお前が、英雄の俺に勝てる道理はない。



クラウスが召喚獣を召喚する。ダンテの時に使っていた鳥だ。



クラウスは俺が最初の一撃を避けたときに接近戦は不利だと感じたはず。だから、物量の遠距離攻撃で済ませようとしている。



きっとあの鳥が遠距離攻撃用の召喚獣なのだろう。ダンテと同じ状況だから、同じ召喚獣が呼ばれた。



絶対的な自信があった剣技ではなく、安全な場所から戦おうとしている。心に染み付いたその習性は自身の行動選択を狭める。だから、俺のような英雄に利用される。



『スイッチ』



俺はクラウスが召喚獣を呼ぶのを待っていた。



無数の闇の剣は檻のように俺を閉じ込めている。そこから抜け出して、クラウスに接近することはできない。クラウスと『スイッチ』しても場所が入れ替わるだけで距離は縮まらない。



だから、『スイッチ』のターゲットになる召喚獣が必要だった。召喚獣は必ず最初、クラウスのすぐそばに現れる。



俺は『スイッチ』によりクラウスを間合いに捉えた。俺と場所が入れ替わった鳥の召喚獣は無数の闇の剣に貫かれ、甲高い悲鳴を上げて粒子に変わった。



クラウスが瞬時に攻撃してくる。このあたりの反応速度はさすがだ。俺は一歩下がって、クラウスの攻撃判定から逃れる。同時に正宗を振った。



「ぐっ!」



正宗は当たっていないのに、クラウスの体が衝撃により曲がる。今まであまり対人戦は行ってこなかったから、恩恵を受けられていなかったが、剣士同士の戦いにおいて俺は英雄の回避術という防御面だけでなく、攻撃面でも最強の武器を手に入れている。



『剣域超拡大』



正宗が持つスキル。ダメージの減衰がなく、当たり判定が一気に広がる。クラウスの剣と俺の刀はリーチが2倍以上違う。剣士同士の戦いでリーチの違いは決定的だ。



もう召喚獣のことも考えなくて良い。この間合いに接近できたら召喚を使わせる隙も与えない。



闇の剣も消えた。あのスキルを発動している間、クラウスは自分ではあまり積極的に戦わない傾向にあった。



ダンテのときは同時に自分で攻撃もしていたが、あの闇の剣発動時のスピードはわずかに遅くなっていた。はじめに少ない本数で攻撃していたことからも、発動により自身のステータスが低下するデメリットがあることは明らかだ。



だから、俺は接近戦に持ち込んで余裕がなくなれば、闇の剣を解除すると読んでいた。



剣技はさすがだ。長年の鍛錬により研ぎ澄まされている。だからこそ、俺には軌道が読みやすい。俺に勝つには理に適った王道では無理だ。



クラウスの攻撃を全て回避し、一方的に二本の刀で切り続ける。



甲冑だけの存在だから表情は読めない。だが、戦いながらクラウスの心理が伝わってくる。焦りや恐怖という不純物が少しずつ剣技に混じっていく。



自分が最強へと至るために鍛えてきた剣が通じない。全て回避されていく。あの時、ゼウスに否定された力を、俺がまた否定していく。



クラウスが立て直そうと距離を取ろうとする。俺はそれを許さず、ぴったりと追従する。



そろそろか。クラウスはもう勝とうという意思をなくした。今、奴の頭にあるのはこの場からどうやって逃れようかという思考。手に取るように分かる。そして、弱い心は楽に狙い打てる。



【シャドウカーテン】

『バニシング』



クラウスが発動しようとした【シャドウカーテン】を完璧なタイミングで打ち消す。



逃げ切るための目眩しとして、【シャドウカーテン】をいつも使用していた。クラウスの心の弱さから生まれた癖だ。



クラウスから焦燥を感じる。人は予想外の事態に陥れば冷静さを失う。きっとバレンタインの知っている昔のクラウスなら、必死に形成逆転する方法を模索しただろう。今のクラウスにはそれがない。



同情などしない。俺の仲間を殺そうとしたクラウスは明確に敵だ。ここで終わらせる。俺は精彩を欠いたクラウスを攻撃し続けた。



「ゆ、る、してくれ」



戦いながら、搾り出すような声が聞こえた。



お前はそうやって命乞いをする者たちを多く手にかけてきた。仲間を殺そうとした者に許しを与えるつもりはない。



俺は非道なのかもしれない。きっと世の中に溢れていた少年漫画の主人公は、こんな悪役みたいな戦い方はしないだろう。



ここでクラウスを逃せば、彼はまた誰かを殺す。仲間に危害を加える。そう感じた。



戦いながら、ある光景が目に入った。



このクラウスを友と呼び、最後まで救おうとした男が、こちらを見ている。その目は覚悟を固めていた。



ああ、そうだな。分かったよ。



俺はその目を信じることにした。俺の出番はここまでのようだ。



『閃光連撃』



俺はスキルを発動し、クラウスの身体を吹き飛ばす。バレンタインの元へと。



彼らの物語に終止符を打つのは、俺じゃない。



クラウスから剣を合わせて伝わってきた怯えや恐怖。クラウス自身自覚していない思いがある。きっと、だからルーファウスを探していたのだろう。














「クラウス君、さようなら」



「ルーファウス……」



バレンタインの足元に吹き飛ばされたクラウスはその一言を口にし、身体から青い粒子を放出した。



バレンタインの両手に粒子が集まっていく。



ただの無機物となった甲冑は音を立てて崩れた。
























人智を超えた死霊術師は、魂と対話できる。












「そうか。怖かったんだ」



「大丈夫。我はずっと友達だから」



「我以外にその役はいないだろう」



「君に会えて我は救われたんだ。その恩返しをしないと」



「最後に友達の気持ちが知れてよかった」



「ありがとう。クラウス君。ゆっくり眠ってくれ」













バレンタインが両手を広げる。青い粒子は天に昇るように美しく広がって、ゆっくり消えていった。



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