鎮魂歌
そして、クラウス君は約束を守ってくれた。彼は再び会いに来てくれた。
天界より帰還したクラウス君は以前とは変わっていた。言葉では表しづらいが、あの常に上を目指し続ける執念のようなものがなくなっていた。
我に会いに来たのは、ある目的があるからだと言っていた。ラグナロクという集団を結成する。そのために我を誘いに来たらしい。
我は友達として会いに来てくれるだけでも良かったのだが、それでも嬉しかった。誰かから必要とされることなどない人生を送ってきたから。クラウス君の、友達の助けになるならそれで良いと思った。
クラウス君は天界で神という存在に会ったらしい。そこで地上の平和を願う神のために、平和を守る部隊ラグナロクを結成したいということだった。
我は承諾した。クラウス君は仲間を作り、群れるのを嫌っていたはずだったが、心境の変化があったのだろう。我にとって仲間が増えるのは嬉しかった。
クラウス君をリーダーとし、ラグナロクはメンバーを増やしていった。ガランやアリスに出会ったのもその過程だ。アリスの妹のマリーゴールドは戦闘要員ではないが、姉以外に身寄りがいないということでラグナロクの裏方として働くことになった。
ラグナロクが大きくなったのは、クラウス君の強さによる影響が大きい。クラウス君は龍を一緒に倒したあの頃より、更に強くなっていた。人間離れした強さだった。その強さに憧れて、多くの強者が集まった。
メンバーが増えるにつれ、統率のためにいくつか小隊に分かれることになった。アリスとガランと我が同じ小隊へと編成された。我は一応小隊長だったが、戦闘ではほとんど役にたたず、アリスからはよく文句を言われた。
アリスは文句を言いながらも我のことをいつも気にしてくれる優しい子だった。ガランも我より強いにもかかわらず、小隊長して我を慕ってくれる義理堅い男だった。
ラグナロクが大きくなるにつれて、我とクラウス君の距離は離れていった。たまに会ったら会話もするが、頻度も少なくなっていった。我はクラウス君が遠くに行ってしまったようで少しさみしかった。
はじめは山賊や盗賊の討伐などが主な任務だった。みんな、自分の正義を疑わずその力を振るい、達成感に酔っていた。自分たちの活動が平和へとつながっているという自負があった。
ラグナロクには定期的に神の声を聞くという集会の時間があった。夜、広場に全員が集まり、クラウス君が中央で魔道具を起動していた。魔道具からは我らがラグナロクの神、ウラノスの声が流れた。
ウラノスは我々を地上での活動を大いに称賛し、いかにラグナロクの正義が世の中の平和につながっているかを説いた。邪神ゼウスという存在から、この地上を守っているのは君たちラグナロクだと我らの士気を高めた
我は盛り上がる周囲に一人だけ置いてけぼりにされている気分だった。生きてきた年月が長過ぎるせいだろうか、全くウラノスの言葉に共感ができなかったし、ウラノスの声を届ける魔道具から気持ち悪い魔力が常に流れていて、個人的には嫌いな時間だった。
そんな活動がしばらく続き、ある事件が起きた。いや、事件と認識しているのは我だけだった。
それはある村を襲うという任務だった。その村は、邪教徒の集団で構成されているから掃討しなくてはならないという指示だった。
我は今でもあの惨状を思い出す。邪教徒が集まっているとは思えない平和な村を我々は攻め落とした。
子供を守るために命乞いをしている母親や泣き叫ぶ子供達を殺す。それは地獄のような光景だった。
私は必死で村人を守ろうとした。ラグナロクのメンバーたちはむしろ我の正気を疑っていた。
ウラノスが邪教徒と言ったから、殲滅しなくてはならない、そう誰もが信じきっていた。それは異様な光景だった。我の小隊のアリスとガランだけは必死に訴える我の指示を聞いてくれた。
だが、結局誰も守りきれなかった。『不死』があっても戦闘能力は他のメンバーの方が遥かに高かった。一夜にしてその村は誰もいない廃村となった。
その夜、また神の声を全員で聞いた。そこで我は気付いた。気づくのが遅すぎた。いつの間にかラグナロクのメンバーは価値観が歪まされている。
熱狂的な信者のように、ただウラノスを盲信している。あの魔道具から流れる魔力が精神に影響を与えていた。
我はクラウス君に会いに行った。このことを伝えなければならない。クラウス君もウラノスに操られているのだと思った。
クラウス君は必死で訴える我を見て、悲しそうな表情を作った。
「どうして……お前はいつも特別なんだ?」
どういう意味か理解ができなかった。しかし、クラウス君の目を見て気づいてしまった。彼の目は他のメンバーとは違う。確かな理性の光があった。
クラウス君が操られているという我の予想は外れていた。クラウス君はウラノスの影響を受けていない。彼は自分の意思で動いている。
クラウス君はその後、何も言わなかった。護衛の二人に指示をして我を帰らせた。我は小隊長を降ろされ、作戦時は本部待機となった。
その後もラグナロクは活動を続けた。もはや正義の集団ではない。ただの破壊工作を行う暴徒へと化していた。世間はラグナロクを脅威と捉え、恐怖の対象となった。我は何もできない無力にただ打ちひしがれていた。
ある夜、またウラノスの声を聞く時間。我はただ異常を正常とする熱狂した集団の中で、膝をかかえていた。次の標的は港の交通の要所、アトランティスを滅ぼすということだった。
今までとは都市の規模が違う。この作戦には全員参加の指示が出た。我は後方支援部隊に配属されることになった。クラウス君本人も直々に前線で戦うことになった。
我はこのままではいけないと考えていた。ラグナロクを止めないといけない。でも、それはクラウス君への裏切りになる。それに自分には何の力もない。そんな風にできない理由ばかりを並べていた。
そんな我の目を冷ましてくれたのはマリーだった。彼女は我と同じく後方支援部隊に配属されていた。マリーはウラノスの声の魔力に影響されていなかった。もともと体が弱く、集会に参加しないことも多かったことが原因だろう。
彼女は我の服を掴み、泣きそうになりながら懇願していた。
「私はもう嫌よ。お姉ちゃんを止めて、ラグナロクを終わらせて」
彼女の涙が我に決意を与えた。できない理由ばかりを並べていた我は臆病者だった。
クラウス君のために、正しい道を教えないといけない。きっとそれは友達である我にしかできないことだと思った。
アトランティス侵攻は開始された。我は自分の持ち場を離れ、戦いを終わらせるために一人、クラウス君からもらった日傘をさして前線へと向かった。
ラグナロクのメンバーはクラウス君が集めた強者ばかり、まともに戦って我が勝てる道理はない。だから、我だけの武器を使うことにした。
我が唯一他の者よりも長けている力。死霊術。
我は街人を襲うラグナロクのメンバーに近づき、死霊術を使用し、魂を抜き取った。もうラグナロクの彼らには仲間意識などなかった。我は心を鬼にした。
自分一人では手数が足りなかった。アトランティスにいた海賊たちが奮闘してくれているが、ラグナロクの強さはそれをはるかに上回っていた。
だから、戦場にある鎧などに奪った魂を定着させ、アトランティスの住民を守るように指示を出した。空っぽの鎧の軍団が、街中へと散っていった。
本来、死霊術師がアンデッドを作るためには時間がかかる。抜いたばかりの魂を体に戻すことはできない。その者の肉体が朽ち初めてから魂を入れることでアンデッドが作られる。
しかし、我は研究を重ね、無機物に魂を定着させる術を完成させていた。これでタイムラグなしで、その場で戦力を補強できた。簡単な命令なら聞かせることもできた。
我は次々とラグナロクのメンバーの魂を抜き、兵士の鎧を見つけてはその鎧に定着させていった。我の裏切りが露呈し、反撃を受けることもあったが、我には『不死』があった。
それでも見込みが甘かった。クラウス君が召喚した見たこともない巨大なウミヘビの怪物により、街は破壊されていった。津波のように水が街を飲みこんでいく。その規格外の召喚獣は我と一緒に捕まえたものではなかった。
召喚獣の攻撃は敵味方の区別なく、全てを破壊しようとしていた。その力は凄まじく、人間ではどうにもならない次元だった。
我はその怪物の魂を抜こうと試みたが失敗した。召喚獣の魂は召喚術師によって管理されているため、手が出せなかった。
このままでは全員死ぬ。アトランティスの住民も、ラグナロクのメンバーも、みんな死ぬ。唯一仲が良かったアリスやガランの顔が浮かんだ。
だから、決断した。みんなを救う方法が1つだけ存在した。
我はアトランティスの中央にあるドームへと移動した。その屋上は町中のすべてが見下ろせる場所だった。
ちょうど太陽が沈み始め、水平線を照らしていた。我は日傘を閉じた。ここからは我の時間、夜が来た。
我はそこで新しい術式を構成し始めた。長年の渡る、悠久の時間によって生み出された死霊術の理論。完成していたが、実際に実行する機会はなかった術式。
この術を発動するには、大量のHPとMPが必要だった。とても自分のMPだけでは足りないし、HPは『不死』によって0にはならないが注ぎ込めるものがない。
これを解決するために、我はその場で新しい魔法を構築した。いつかフレデリックが教えてくれたことを思い出しながら、死霊術の魂を抜き取る行程を利用し、改良し、他の魔法として昇華した。
この街にはまだ生きている人間が多くいる。全員から少しずつHPやMPをもらうことにした。
【シェアドレイン】
我は集まったHPとMPをすべて魔法陣へと注ぎ込んでいく。魔法陣は広がっていき、空にまで伸び始める。そして、アトランティス全体を覆った。
「これはお前の仕業か。ルーファウス」
いつの間にかクラウス君が後ろに立っていた。クラウス君は誰よりも早くこの異常事態を起こしているのが我だと気づいた。見たことがない怒りの形相をしていた。
「我はクラウス君を助けたい」
「何が助けるだ。裏切り者が」
「友達だからこそ、我は君を止めなくてはならない」
クラウス君が一瞬で我を切り裂いた。無数の斬撃が容赦なく浴びせられた。
ショックだった。クラウス君の斬撃には明確な殺意が感じ取れた。友達に斬られたことは体よりも、心が痛かった。しかし、何度切られても我は死ななかった。
「ルーファウス! なんで、なんで死なないんだよ! どうして、お前は特別な存在なんだ!」
怒りに囚われたクラウス君が、がむしゃらに我を切り続けた。我はそのすべて受けながら、術式の発動を進めた。
「早く死ねよ! 早く! 頼むから死んでくれ!」
術式は完成した。我が編み出した死霊術の奥義。無限の時間を持つ我だからこそ、たどり着くことができた極地。
この戦いを終わらせるにはこれしかない。躊躇いはなかった。もうその過程は終わっていた。我にあったのは、ただ友達を救いたいという慈悲だけだった。
「クラウス君……我はずっと友達だ」
魔法陣を発動した。
「ルーファウスゥゥ!!」
【レクイエム】
アトランティス全体から青い粒子の奔流が、天へと昇った。