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無理ゲーの世界へ 〜不可能を超える英雄譚〜  作者: 夏樹
第6章 英雄の挑戦
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一輪の花



俺たちはダンテに案内されて、彼の植物園に向かった。温室のような見た目で天窓から柔らかい陽光が差し込んでいる。その光の下で、様々な植物が青々とした葉を茂らせている。



西洋の庭園にあるような白い椅子とテーブルに俺たちは腰掛ける。椅子が足りなかったため、ポチとドラクロワは床にどさっと座り込んだ。



ダンテが手慣れた動作でお茶の準備を始めた。すぐに湯気の立った琥珀色のお茶がティーカップに用意された。



「さあ、どうぞ」



ダンテは嬉しそうに言った。誰かに自分のお茶を飲んでほしいのだろう。今魔王城にはアリアテーゼしかいない。麗しい美女なので見た目的にはお茶が似合うが、性格を考えるとあまりお茶を嗜むイメージがない。暗い部屋で怪しげな魔法の研究をしているイメージだ。キレると怖いし。



「やっぱり美味しい。ほっとする味」



リンが素直に感想を述べる。ダンテは笑顔を見せた。



「ありがとうございます。私はリンさんにまた会えて嬉しいですよ。大切な茶飲み友達ですから」



フレイヤは熱いお茶なのに豪快に一気飲みした。



「ん! うまいな! おかわりをくれ」



まるでマナーなど欠片もないが、ダンテはそれも嬉しかったようでおかわりを注いでいた。



俺もお茶を口に含む。上品な味わいだ。鼻を抜けるような清々しさを感じる。



「それで……どのような御用でいらっしゃったのですか?」



ダンテが自身もお茶を口にした後、本題を切り出した。



「急に押しかけてすみません。実はダンテさんに聞きたいことがありまして」



俺はユキのこと、人智を超える死霊術師のこと、ネロが手に入れた植物の情報などについてすべて説明した。ダンテは終始穏やかな表情で相槌を打っていた。



「それは大変でしたね。私で力になれることがあればぜひ協力させてください。あなたは魔王様の復活に向けて動いてくれているのですから」



「魔王の復活はかなり進んでいます。あと1つアイテムを手に入れられればそれで封印は解けます」



「そうですか。では次にプロメテウス君に会った時に伝えておきましょう。レンさんの方が先に封印を解くことができそうですよと」



「……ええ、そうですね」



プロメテウスが死んだかどうかはまだ確定していない。今は伝えるべきではない。



「レンさん。確かにあなたの言う通り、この植物園には意思を持つ植物がいます。それがユキさんの復活のヒントになるのなら幸いです。少しお待ちください」



ダンテはそう言って、植物園の奥へと姿を消した。噂は事実だった。しばらくして、ダンテは小さな鉢植えを持って戻ってきた。その鉢植えには綺麗なオレンジ色の花が咲いていた。



「彼女はマリーゴールドです。私はマリーと呼んでいます」



花には詳しくないが、確かマリーゴールドという花があった。これがその花なのかは判断できない。俺はしばらく待ったが、花は静かに風で揺れているだけだった。



もしかしてダンテは植物に名前をつけて愛でるタイプの人だったのかもしれない。会話ができるというのは脳内で話すみたいな感じで、実は全ての植物と対話している系の人だったり。



俺がそんな憶測をしていると、ダンテは眉を寄せた。



「レンさん……私を変人だと思っていませんか?」



図星だったので、とりあえず目線をそらしておく。やはり魔王軍幹部、鋭い男だ。



「マリー、どうして黙っているんだい? ほら? レンさんに挨拶をしなさい」



そう小さな植木鉢に話しかけている。なんだか、かなりシュールな絵だった。花は当たり前のように何の反応もない。



「ほら、マリー。せっかくレンさんが会いに来てくれたんだ」



美しいマリーゴールドが震えた。










「あああああああ! あんたはアホか!」



葉っぱが人の腕のように動き、怒りを表現する。頭に直接響くような綺麗な声だった。



「でも、レンさんが……」



「私にとってはこいつと初対面なの! 信頼できるかわかんないでしょ! 脳みそ足りてる!?」



あの魔王軍幹部、冥王ダンテが小さな一輪の花に怒られている。



「レンさんは信頼できる方ですよ」



「だーかーらー。あんたの感想なんて聞いてないの! 私が判断するって言ってんの! そろそろボケてきた?」



俺はあまりの剣幕に口を挟めずにいた。可憐な一輪の花の割に随分と口が悪い。



「ちょっとそこのあんた! 今口が悪いって思ったでしょ?」



おまけに鋭い。



「私はマリーゴールド! 可憐な美しい麗しの美女よ」



葉っぱを茎に手を当てて偉そうにしている。



「よろしくお願いします。マリーゴールドさん」



「ええ。よろしく。マリーでいいわ」



マリーは落ち着いたのか。ダンテに「みず」と指示を出した。ダンテはそそくさとジョウロを用意して、水をあげていた。ダンテの威厳が跡形もなく消え去っていた。



「それで……どうして私に会いたかったの? 私の存在なんてほとんど誰にも知られてないのに」



俺はダンテに説明したことを改めてマリーに話した。マリーは俺がすべて話し終えるまで無言で聞いていた。



「ダンテ! あんた、外で私のことぺらぺら喋ったの!?」



「そ、それは……つい庭園の自慢をしたくなって」



「はあ、呆れた」



マリーは葉っぱで肩をすくめるような仕草をした。その後、俺に向き直る。



「あんたはさ。その後、その死霊術師をどうするの?」



「魂の行方を聞くだけだ」



「そう。あの人に害を加えたり、力を利用したりはしないってことね」



「ああ、もちろん。そんなことはしない」



マリーはあの人と言った。間違いなくルーファウスのことを知っている。



「あんたの知っていることを教えなさい。あの人の名前は?」



「ルーファウス」



「もとは何をしていた人?」



「死霊術師、遥か昔にラグナロクという組織に所属し、そこのボスを裏切った」



「随分と調べたのね。普通なら死者を蘇らせようなんて、ただの傲慢よ。大切な人が死ねば誰もが思うこと。その傷を時が癒やしていく。それがこの世の摂理」



小さな花びらが震えた。



「それを認められないのはただのガキよ。現実が受け止められなくて泣きじゃくるガキ。または世の中を知らず、自分なら何でもできると自己肥大させたバカね」



「ああ。確かにそうかもな」



マリーの言っていることは間違っていない。死者が蘇るなんていうのはフィクションの世界だ。現実にそんなご都合主義は存在しない。いつも残酷で、ただ人はその事実を受け入れるのみ。



「それでも俺はユキを蘇らせる。これは覚悟とか、夢とか、そんなもんじゃない。マリー、君が情報をくれれば、俺はそれを実現できると信じている」



「……」



マリーが俺を見ている。正確には目なんてついていないんだが、じっと見られているような気がした。マリーはダンテの方へと茎を曲げた。



「ダンテ。こいつらが裏切ったら始末できる?」



「マリー。そんな物騒なことを言ってはいけないよ。まあ……」



ダンテが俺たち全員を見回した。その一瞬、凄まじい寒気を感じた。



「できますが」



今、ダンテは俺たちの戦力を分析した。何かのスキルだろうか。



「……戦いたくはありません」



ダンテが俺の手を見て、次にリンの手へと視線を向けた。俺とリンだけ、先程の瞬間、反射的に武器の柄に手をかけていた。ダンテはそれに気づいている。



マリーは満足そうに頷いた。



「それならいいわ。ボケているけどダンテの実力は本物だしね」



「ボケてもおりません」



「はいはい。じゃあレン、あんたに昔話を教えてあげる」



マリーに認めてもらえたようだ。これでルーファウスの情報を聞くことができる。ネロの情報は正しかった。



「私のお姉ちゃんがラグナロクの一員だったの。私は力がなかったからラグナロクではなかったんだけど、お姉ちゃんは闇魔法の能力が高くてね。スカウトされてた。私が巻き添えになって死んだとき、ルーファウスが私たちの魂を保管してくれた。だから私たちは肉体がなくなっても、違うものに魂を宿して生き続けている」



私たちと言った。つまり他にもマリーのように現在も生きている存在がいることになる。



「他にもいるのか?」



「ええ、私の知っている限り4人よ。 私の姉とその同僚、あとは……クラウス」











俺の中で何かが弾けた。今まで見落としていた欠片が一気に線となってつながっていく。
















俺はクラウスは封印されていたから現代で復活できたのだと思っていた。しかし、事実は違う。彼はマリーのように魂を別のものに入れられている。彼は人型だった。何に魂を入れていたかは明白だ。



あの甲冑だ。それ以外に考えられない。つまり奴の甲冑は()()()()()()()()()()



俺はゼーラ神山の戦いの光景を思い返す。あの時、なぜクラウスは逃げようとしなかったのか。なぜ目眩ましになる暗闇の魔法を使ったのか。俺は少し疑問に思っていた。



今ならわかる。求められる答えは1つしかない。クラウスは生きている。俺のように死を偽装して生き延びた。



そして、クラウスのことから、俺は自分でも信じられない1つの仮説へとたどり着いた。



「マリー」



ダンテが急に会話に割って入った。明らかに声質が違う。



「招かざる客が来ているようです」



ダンテは目を閉じる。おそらく俺たちが来た時のように、広範囲の気配察知スキルを使用している。



「これは……かなりの強者です」



運命というものは本当に存在するのかもしれない。このタイミングで魔王軍に乗り込んでくる強者。ネロが漏らした情報から、ここまでやってきたのだろう。



ラグナロクのリーダーであり、空虚な甲冑に囚われた執念の怪物。クラウス。奴はどこまでもルーファウスを追っている。



ダンテの姿がいつの間にか消えていた。初めからここにいなかったように思える。クラウスを迎え撃ちに行ったのだろう。



「俺たちも行こう。……クラウスが攻めてきている」



動揺が広がる。クラウスは死んだものと皆が認識していた。唯一リンだけは、マリーとの会話から俺と同じように、クラウスが生きている可能性へと行き着いていたようだ。全く驚いていない。



皆が武器を持って屋内庭園を出ていく。俺は最後にマリーへと振り返った。どうしても聞いておきたいことがあった。自分でも信じられない仮説を裏付けるために。














「マリー。君のお姉さんの名前を教えてくれないか?」












一輪の花がその名を告げた。




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