消えない怒り
________クラウス_________
吹雪が止んだ。やっと雪原地帯を抜けたか。
皮肉ではあるが、この身体で良かったところは一切疲れを知らないところだ。睡眠の必要もなく、常に全速力で移動し続けることができる。
あまりに寒く、人間が耐えられない地域でも平気で通ることができる。おかげで、ゼーラ神山からここまで最短距離をノンストップで進むことができた。この雪原を抜ければまもなく魔王城だ。
俺はこの時代に目覚めてから日が浅い。魔王の噂は聞いたことがあるが、俺が生きていた頃には魔王城も存在しなかった。
今はその強大な力を持つ魔王が封印されているらしい。その部下も強いとの噂ではあるが、俺には敵わないだろう。力ずくで口を割らせよう。
ネロの言葉がどれだけ信頼できるかは分からないが、もしルーファウスのことを本当に知らなければ、殺して次に向かえば良い。地道な作業になるが俺には永遠の時間がある。
そうだな。ルーファウスの情報が得られなければ、憂さ晴らしに封印されている魔王ごと俺が皆殺しにして魔王城を乗っ取るか。拠点として城を構えるのは悪い案じゃない。ラグナロクを結成した時のように部下も揃えよう。人を探すには人手がいる。
いっそのこと、この時代で魔王でも名乗ってやろうか。かつてウラノスが望んだように、俺がこの世界を支配すれば、いずれルーファウスも見つけ出せるかもしれない。
俺はもう天界には関係がない。俺が何をしようが、ゼウスが動くことはないはずだ。あいつは不干渉を守る。ゼウスさえいなければ俺に敵う者はいない。
全盛期よりは弱体化したが、この時代に目覚めてから俺は自分の強さを自覚している。俺はまだ圧倒的な強者だ。
力こそが全て。強さが生物の根源的な優劣だ。どれだけ権力や金があろうと無意味。殺せば何の意味もなくなる。
若い頃、俺はそれを信じて強さを追い求め続けた。地上では間違いなく最強だった。だから、さらなる高みを目指して、俺は天界へと至った。
神族は恐ろしい強さを持っていた。その中でも、ゼウスだけは次元が違っていた。他の神族とはまるで別物だった。戦った俺は遥かなる高みを知った。
俺はあの時理解した。ゼウスはこれから無限の時間があったとしても俺がたどり着ける領域じゃない。この世界で最強になることはゼウスがいる限り不可能だ。
若かった俺は案外あっさりとそれを受け入れた。それだけゼウスとの力量差があった。最強になるという目的を失った俺はあることに気づいた。
どうせゼウスは神界から出てこない。それなら地上で弱者共を相手にすればよい。そうすれば俺は強さによってすべてを手に入れることができる。
ウラノスに便乗したのもそれが理由だ。あいつに協力していれば、地上を征服できる。全てを俺のものにできる。そうして、俺はラグナロクを作り始めた。そのせいで俺はルーファウスと出会うことになった。
「クラウス君。私は友として君を止めなければならない」
あの時のルーファウスの声が耳に残って消えない。いつもは弱気で俺の言うことを聞いていたくせに、あいつは俺に歯向かった。しかも、俺のことを勝手に友と呼んだ。
俺は何度も何度も怒りに任せてあいつを切り刻んだ。何百回も殺したはずだった。それでもあいつはただ悲しい顔をするだけだった。あいつはどんなことをしても粒子には変わらなかった。
ルーファウスはラグナロクの他のメンバーを説得し始めた。こんなことは間違っていると。いつの間にかあいつの味方をしている者が増えていった。俺はそいつらを容赦なく殺した。
そして、ルーファウスは俺の魂を奪った。俺は圧倒的な強者だったはずだ。天界でも通用するほどの力があった。俺の上にはゼウスしかいないと信じていた。それなのに俺はルーファウスに負けた。
勝ち目なんてなかった。何度殺しても絶対に死なない。技術も力も何も無い。あいつはただ悲しい顔をして指を鳴らしただけだった。それだけで俺は死んだ。
次に目が覚めたとき、俺はこの身体になっていた。身動きは取れなかった。ルーファウスは俺に言った。ウラノスは負けたと。もうラグナロクは存在しないと。だから戦う必要はないと。
懇願するように、ルーファウスは手を俺に差し延べた。
「過ちは誰にだってある。これから一緒に罪滅ぼしをしよう。私は友としてどこまでも付き合うよ」
だから、俺は答えてやった。お前を友なんて思ったことは一度もない。俺はまたこの世界の人を殺し尽くす。
お前もいつか必ず殺してやる。
ルーファウスはまた悲しい顔をした。しかし、どこか覚悟を決めたような表情だった。ルーファウスは俺に背中を向けた。奴は何かを言ったが俺には聞き取れなかった。まばゆい光に包まれて、俺はそのまま封印された。
それからネロに封印を解いてもらうまで果てしない時間を過ごした。復活して真っ先に俺が頭に浮かんだのは復讐だった。馬鹿らしいことなのかもしれない。俺は弱体化したと言っても、この時代では十分に強い。生前のように力で蹂躙して、良い暮らしをすることだってできるはずだ。
それでもあいつを殺さない限り、俺の心に平穏は訪れない。それだけは確かだった。あいつの顔が、あいつの声が、俺の意識から消えない。血の煮える思いが蘇る。
目の前に巨大な白熊のようなモンスターが現れる。俺はそいつにルーファウスの姿を投影し、剣を抜いた。怒りに任せ、連続で切り刻む。
モンスターはあっさりと青い粒子に変わっていく。しかし、ルーファウスの幻影だけは消えない。そう、あいつは絶対に死なない。いつまでも悲しそうな表情で俺を見ている。
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俺たちは魔王城の近くの森に飛空艇を停めた。以前訪れたときは、敵地に赴くような気持ちだったが、今回は違う。
プロメテウスはいないし、アリアテーゼもダンテも俺たちに敵対はしない。むしろダンテにとっては魔王の封印を解こうとしている味方だと思われているはずだ。
針葉樹林の森に囲まれ、石造の橋の向こうに壮大な魔王城がある。美しい光景だった。他のゲームの魔王城は禍々しいイメージだが、LOLでは違う。魔王軍幹部も憎めない奴ばかりだ。いや、プロメテウスは例外か。
プロメテウスが死んだ可能性があることはダンテには伝えないで良いだろう。連絡が途切れただけで死んでいない可能性もあるし、ダンテはあのプロメテウスのことでさえ家族のように思っていた。悲しませる必要はない。
「きれいな場所だな」
初めて魔王城に来たフレイヤは辺りを見回して素直な感想を漏らした。
「俺はいつも殺風景だなって思ってたけどな」
古巣に帰ってきたドラクロワは特に感慨などないようだ。
俺たちが橋を渡っていると、いつの間にか前に人影があった。急に現れたように見えたが、初めからその場にいたような気もしてくる。不思議な感覚だった。
その人物は丁寧に頭を下げた。
「お久しぶりです」
ゆったりとしたブラウンのカーディガンに、丸メガネ。長い灰色の髪を後ろで縛っている男。優しく、おっとりしているように見え、魔王軍幹部であり、先代の魔王。
強さが未知数の存在だ。きっと遠くから近づく俺たちの気配を感知して現れたのだろう。気配察知の能力も極めて高い。
冥王ダンテは頭を上げ、優しい笑顔を見せた。
「さあ、中に入ってください。ちょうど美味しい茶葉があります。振る舞いましょう」