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無理ゲーの世界へ 〜不可能を超える英雄譚〜  作者: 夏樹
第6章 英雄の挑戦
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友人



翌朝、俺たちはライガスに呼ばれ、ライガスのテントに向かった。



テントの中にはライガスと、その横で胡座をかいているウルカンがいた。手は縄で縛られている。ウルカンはもう今までの強さを取り戻すことはできない。今ならマーくんでも勝てるだろう。



後でライガスに聞いて分かったことだが、ウルカンは密猟者に獣人が攫われ、殺されていることをオズワルドから聞いていなかったらしい。



ウルカンはあくまで人間を憎むスタンスを取っている。ライガスに恨みを抱いていたことをオズワルドに利用されたが、獣人側であることに変わりない。



オズワルドは密猟者として獣人を殺していることをウルカンに知られたら、機嫌を損なう恐れがあると考え、ウルカンには隠していたようだ。



「座ってくれ。昨日は慌ただしくしていたからな。まともに礼も言えていない」



俺たちのパーティメンバーは用意されたクッションのようなものに座った。



「レン。そしてその仲間の皆、この度は本当にありがとう。アニマを代表して心より感謝する」



ライガスは深く頭を下げた。一国の王が頭を下げるなど余程のことだ。それができるだけでバルトニア帝国の愚王との器の違いがわかる。



「お前たちのせいで俺は弱くなったままだからな、礼なんて言わないが……本当にバルトニアを支配しちまったのは褒めてやるよ」



ウルカンがぶっきらぼうにそう言った。心なしか俺の知っているウルカンよりも丸くなっている気がする。



「おい、ライガス! バルトニアの王には俺が君臨してやってもいいぞ。理想の国家を作ってやろう」



「ウルカン。それは絶対にないから安心してくれ」



こう見るとライガスとウルカンは良いコンビなのかもしれない。保守的で穏健派のライガスと、攻撃的で急進派のウルカン。



ライガスのような甘い考えだけで生きていけるほど、この世界は甘くない。だが、ウルカンのように目的のために手段を選ばないのもいけない。



「約束だ。これを渡そう」



ライガスが近づいてきて右手を差し出した。大きな手のひらに翡翠色の宝石が転がっている。勇気のエメラルドだ。



「ありがとうございます」



俺は勇気のエメラルドを受け取る。これでソラリス復活のために必要な宝石は残すのはあと1つ、奈落のアメジストだけだ。



「我々アニマは今後君たちに全面的に協力することを約束しよう。何か力を貸せる時があればいつでも言ってくれ」



「ありがとうございます。その時はぜひよろしくお願いします」



俺は差し出されたライガスの手を掴んだ。アニマの覚醒獣人はかなりの戦力だ。そして、ライガス自身も戦闘においては極めて有能だ。協力してもらえるのはありがたい。



「それと、我は今までバルトニア帝国の領地だった小人族に自治を認め、独立させることを約束した」



後ろにいたぺぺが前に進み出て、深く頭を下げる。



「本当にありがとうございます。今後はアニマと友好的な関係を築くべく、小人族を導いてまいります」



昨夜、族長の息子であるぺぺは正式に族長を受け継いだ。ぺぺとライガスなら上手くやれるだろう。



いろいろ考えていたが、俺は結局バルトニア帝国を滅ぼした。今思うと最適解だった気がする。ここだけはドランが腐った奴でよかったのかもしれない。躊躇う必要もなかった。



その後、ライガスから他にもいくつか褒美をもらえた。アニマの名産品などのアイテムだ。ありがたく頂戴しておく。ポチが一番喜んでいた。



テントを出ると、獣人のみんなが俺たちを囲むように立っていた。その中央に一際存在感を放つ熊の獣人、マーくんがいた。



「レン! ありがとう! 俺たちの国を守ってくれて」



獣人たちから拍手が巻き起こる。バーバラやニーナも笑顔で拍手していた。



「俺はお前が大好きだ!!」



マーくんが感極まってハグをしようと突進してくる。あまりの迫力に、俺は反射的に英雄の回避術で避けてしまった。マーくんはそのまま木に突っ込んで、木を薙ぎ倒し、動かなくなった。



「団長! 大丈夫ですか!?」



兵士たちが慌てて駆け寄っていく。ニーナはそんなマーくんを見て声を出して笑っていた。本当に平和な光景だ。



黒豹の獣人バーバラは俺に歩み寄ってきた。



「ありがとう。旦那の仇、とってくれて」



「生きたまま会わせることができなくて悪かったな」



「いいの。覚悟はできていたから。あの人もきっとあなたに感謝している。あなたがいてくれたから、私は人間を恨まずに済みそう」



バーバラは強い女性だ。俺はまだまだ中身が子供だなと感じた。ユキを失ったとき、俺は冷静さを失い自信をなくし、自分を責めていた。



バーバラもきっと泣いたのだろう。涙の跡が残っている。それでも、強く前を向かおうとしている。



「あのね。これをあなたに渡したくて」



それは特殊な形状をした鍵だった。木製だが金属のように固い素材が使われている。



「これは?」



「セルバの家の鍵よ」



セルバ。バーバラが仲良くしていた、彼女の旦那と一緒に密猟者に攫われた獣人だ。あの獣人が残した巻物により、ユキは『魔導の真髄』を習得した。



冷静に考えれば明らかにおかしい。魔法が使えない獣人が魔導の真髄へと行き着いている。そんなことがありえるのだろうか。



『魔導の真髄』のスキルを持つキャラクターは2人だけ。ソラリスとアリアテーゼだ。それ以外にゲームでは習得しているキャラはいなかった。



「これは私の想像だけど、セルバは以前、別の人生を生きたんだと思う。明らかにここにいては知ることのできないことまで知っていたから」



別の人生を生きてきた。俺はそれをしてきた人を知っている。ユキと同じだ。



死んだら魂は時を経て、記憶を保持したまま別の肉体へと宿る。セルバはユキと同じ術にかかっているのかもしれない。



だから、魔導の真髄へと行き着いた。今回がたまたま魔法が使えない獣人の身体だっただけなのかもしれない。



今回死んでもまた輪廻して生まれ変わる。ユキと同じで再び会うのは難しいが、部屋を調べさせてもらえれば何か掴める可能性はある。



セルバの正体がルーファウスということも考えられる。魂が輪廻するため、ある意味永遠の命がある。ユキのように違う誰かから術をかけられたのではなく、自分で術をかけた張本人かもしれない。



ダンテのいる魔王城とは随分と離れているが、セルバが前の人生でダンテに出会っていることも考えられる。



ダンテも魔族だ。永遠の命ではないが人間よりも遥かに寿命は長い。可能性はある。



ただ『魔導の真髄』だけは少し違和感がある。死霊術師は魔導士とは別物だ。死霊術を極めたルーファウスは魔法も極めていたのだろうか。



「ありがとう。バーバラ。セルバの家に案内してくれるか?」



「ええ、こっちよ」



俺は一旦みんなと別れて、1人でバーバラの後ろについて行った。



細い小道をしばらく進み、植物で影になった薄暗い空間に出る。そこにポツンと木をくり抜いたような建物があった。



「ここよ」



バーバラが鍵を使ってドアを開けてくれる。俺はセルバの家へと足を踏み入れた。



明らかに他の獣人たちの家とは違った。大量の紙が散らばっており、チョークのようなもので文字が書かれている。それは遺跡などにあるような古代文字に似ていた。



まさに片付けができない研究者という部屋だ。このあたりの文字は、ユキやネロなら解読できるかもしれないが俺ではどうにもならない。



古代文字以外の文字がない。セルバは日常的に古代文字を利用していたことになる。遥か昔から生き続けている仮説が信憑性を増した。



研究者という割に本のようなものはほとんどない。アニマという土地だから手に入れることが難しかったのか。それとも本から得られる知識はもうないのかもしれない。



「セルバは偏屈な人だったけど、真実を見ていた気がする。説明するのは難しいけど経験が私たちと違いすぎて、視野が違うって感じ。別の価値観を持っていた」



バーバラが少し悲しそうな顔をした。



「だから、私は彼と話すのが好きだった。自分の見識が一気に広がっていく感覚。知的好奇心が満たされていく感覚が好きだった」



バーバラは大切な友と夫を同時に亡くした。その傷は決して癒えないのだろう。俺はかける言葉を見つけられず、散乱している紙に視線を落とした。



その時、積み重なった紙の1枚に目が止まった。俺はそれを拾い上げる。



「これは……」



唯一現代の文字で書かれた紙だった。



俺は中に目を通す。そして、なぜ古代文字ではなく、現代の文字で書かれていたのか理解した。これを読むべきは俺ではなかった。



「バーバラ」



俺はその紙をバーバラに差し出す。それはセルバから友に向けた手紙だった。




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