情報の提供
長い夜だった。
アニマにライガスが無事に戻ってきて、正式にバルトニア帝国はアニマのものとなった。
オズワルドの顎が外れるような驚きの表情が印象的だった。オズワルドがこの後どうなるかはライガスに任せておく。子供のように喚き立て、牢獄へと引きずられていった。
リンはライガスとウルカンを2人とも生きたままこの戦いを終わらせた。見事としか言いようがない。リンに任せて正解だった。もうリンは俺と並んで立てる英雄の1人だ。
ライガスはバルトニア国民に宣言した。アニマの領土とするからには、あなた方国民を守ると。人間も獣人も幸せに、争いもなく不自由なく暮らせる国を作ると約束した。
すぐに国民からは拍手が起きた。今まで重税で苦しみ続けた彼らは種族の違いがあったとしても、新しい王を歓迎した。同じ人間であるドランから苦しめられたことが大きいのだろう。
俺たちも後始末に夜通し奔走した。ある程度、片付いたのは朝日が昇る頃だった。俺は仲間たちと合流してアニマのテントに戻った。ようやく仲間とゆっくりと話ができる機会が生まれた。
慌ただしく動き回っていたときは薄れていたが、こうやって時間ができるとユキを失った喪失感がまた心を満たしてくる。
「みんな、聞いたと思うがユキが死んだ。俺が守りきれなかった。ごめん」
「レンが謝る必要なんてない。だって、まだ諦めてないんでしょ?」
リンの強い言葉に背中を押される。はじめはみんな驚いていたが、ギルバートが上手く説明してくれた。誰も俺のことを責める人はいなかった。
「ああ、ユキの魂は消えていない。どこかに連れていかれた。だから、俺は魂の行方を追う」
俺はこの後、ユースタスやクラウスが言っていた死霊術士を探し出すことを伝えた。この広い世界からたった1人の人物を探す。まさに雲を掴むような話だ。
「クラウスが死ぬ前にもっと情報を聞き出せればよかったけど」
「クラウスの強さは異常だった。とても聞き出せるような相手じゃなかった」
「たしかに……あの時サキエルがいなかったら負けてたかもしれないしね」
「それでどうするんだ? 宛はあるのか? がむしゃらに探して見つかるほどこの世界は狭くない」
ギルバートの指摘は最もだ。何のヒントもなしに探すのは厳しい。俺に1つ心当たりがあった。
「ああ、あいつに聞くのが一番良い」
俺は黒い水晶を出して中央のテーブルに置いた。クラウスの協力者として、一緒にその死霊術師を探していた経緯がある。散々俺たちを苦しめた存在だが、味方になればその頭脳は何よりも心強い。
天才ネロ。自分でこの世界がゲームだと気づいたNPC。天才というスタッフが作った設定が、現実になった世界でスタッフの思惑すら超えてきている。
「いけすかねぇ野郎だが仕方ねぇな」
ドラクロワが不快そうに言う。心底ネロのことを嫌っているんだろう。気持ちはとても分かる。俺は黒い水晶を起動させた。すぐに水晶から返答があった。
「何かあったの? レン君」
「ネロ。聞きたいことがある」
「ふふ、もちろんいいよ。レン君には迷惑をかけたし、なんて言ったって大切な友達だからね」
「クラウスが探していた死霊術師。その人物に会いたい」
「もしかして誰か仲間が死んじゃった?」
予想外の質問に言葉が詰まる。ネロはわずかな情報でこちらの意図を見透かしてくる。
「え? デリカシー? 今のだめなの?」
どうも向こう側で、ネロは他のメンバーと会話しているようだ。
「ごめん。レン君。なんかデリカシーがなかったらしい。メリーに叱られた」
何だかネロは少し変わった気がする。怪物狩りのメリーのおかげだろうか。
「いいよ。僕が持っている情報は全て教えるよ。これでもクラウスを仲間に引き入れるために、ある程度の情報は得たからね」
ネロは人智を超えた死霊術師に関して持っている情報を語りだした。
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僕がクラウスに出会ったのは古代遺跡だった。グランダル王国図書館にあった書物から情報を得てね。いくつかの興味がある遺跡をピックアップしていたんだよ。
はじめは専門家ってのを雇ってみたんだけど、まるで役に立たなかったから、自分で古代文字などを学んだ。
古い本には遥か昔の伝説が語られているものがいくつかあった。この世には太古に失われたロストテクノロジーが存在する。
普通なら技術は積み重ねられ、進化しつづけ、時代が進むにつれてテクノロジーは発展していくもの、でもこの世界ではそれがない。衰退し、進化しない。それはきっと世界観というものを守るための何者かの意思が原因かもね。
歴史とは本来、過去の成功や過ちを語り継ぐことにより次の世代が学習するためにある。ある人が50年かけた研究を次の人は1日で手に入れられる。そうやって歴史は人々を進歩させる。だけど、この世界ではその歴史がまともに機能していない。
グランダル王国図書館には歴史書がいくつもある。全て読んだ僕にはどれがフィクションで、どれが事実かおおよその検討がついたよ。王国はその歴史を貴重品として外に出さないようにしている。本当なら子供たちの教育に歴史を取り込むべきだと僕は思うけどね。
ごめん。話が逸れたね。
僕はその失われた力を手に入れることに興味を持った。あのときはレン君と遊びたくて、そのための力を手に入れるのに必死だったから。
レン君が持っている飛空艇、あれも失われた技術でしょ。レンブラントという大昔の科学者が作り出した。彼に関しての書物もあったよ。
レンブラントには当時1つの目標があった。それが永遠の命。詳細はわからないけどね。どうも友人たちとその研究を続けていたらしい。
そこからどうなったかはわからない。僕の見たどの書籍にも記載はなかった。結局レンブラントは現代に生きていないし、彼の技術は失われている。きっと永遠の命の研究は失敗したんだろうね。
僕は彼の研究所でバクバクのことを知り、アドマイアを起動させただけで出発しちゃったけど、もっと調べられることはあったかもしれない。あの頃は警備しているロボットに勝てなくてさ。仕方なく奥には行かなかったんだよね。
話を戻すね。僕がいくつか回った遺跡の1つにクラウスが封印されていた。はじめは何が封印されているなんてわからなかった。
封印術に関しても人並みの知識はあったけど、かなり高度な代物だったよ。多分エルドラドの封印術の権威でも解除は無理だったろうね。
僕がクラウスの封印を解けたのは運が良かっただけ。単純に遺跡自体が劣化していたんだ。封印の魔法陣の一部が物理的に欠損していて、機能を果たしていなかった。古代文字を多少読めれば、大した作業じゃなかった。
クラウスは自分を裏切り、その遺跡に閉じ込めた男を恨んでいた。名前はルーファウス。永遠の命を持つ、人智を超えた死霊術師だよ。君たちがこれから探す人物だね。
当時、優秀な死霊術師としてクラウスがスカウトしたらしい。それが予想外に優秀すぎた。ルーファウスは人々を恐怖に陥れようとするラグナロクを裏切った。当時、誰も止めることができないほどの絶対的な力を持っていたクラウスに真正面から歯向かった。
結果はルーファウスの勝利だった。クラウスは遺跡に封印された。なぜクラウスを殺さなかったかはわからないよ。それを知るのはルーファウスだけだろう。
当時のクラウスは今の何倍も強かったはずだよ。それに勝つんだから、ルーファウスという死霊術師もとんでもない強さだよね。
僕はクラウスを仲間に引き入れる条件として、ルーファウスを探すことを手伝うことにした。
それだけの能力を持つ死霊術師だ。そんな才能が埋もれているはずがない。きっと歴史に名前が残る。そう思ったけど予想が外れたんだ。グランダル王国の書籍にも、他の国の書籍にも、そんな名前が残るほどの活躍をした死霊術師が見つからないんだ。
可能性としては死んでいるか、あえて死霊術を使わずに隠れているが、クラウスは死んでいることに関しては否定した。永遠の命があるからね。だから、ルーファウスはそれだけの才能がありながら、力をひけらかすこともせず、ただの凡人を装っていることになる。
一応、各地の力のある死霊術士をリストアップしてクラウスに渡したよ。少しは役に立つふりをしておかないとクラウスの手綱は握れないからね。でもあれはただのパフォーマンス、僕の目から見ればあの候補者の中にルーファウスがいないことはわかりきっていた。
もちろんレン君の友達のデュアキンスさんも僕のリストには入っていたよ。極めて優秀な死霊術師だからね。でも彼はルーファウスじゃない。
でも、僕は1つだけ。大きな情報を手に入れたんだ。これは切り札だからね。クラウスには決して渡さなかった。
クラウスを利用するには、決してルーファウスを見つけちゃいけなかった。僕と一緒にいれば見つかるかも、という印象を持たせ続ける必要があった。
彼との最後の会話のときに、少し楽しくなっちゃってヒントを出しちゃったけどね。レン君はサキエルの姿で上にいたから聞こえなかったかもしれないけど、僕はこう彼に伝えたんだ。
探している人は魔王城の近くにいる。まあ、あの状況でクラウスが僕の言葉を信じるかはわからないけど。
僕は噂レベルのものまで情報を収集した。ゼーラ教の白を利用してね。コーネロはちょっと革命を手伝ってあげたら僕をすっかり信頼してたから、白を動かす権限をもらっていたんだ。
白の情報収集能力はすごいよ。全国各地に散らばっている諜報員だからね。僕のもとに多くの情報が流れ込んだ。
情報は集めるだけじゃなくて、その後に取捨選択することが大事なんだ。幸い、僕はその仕事は得意分野だった。その中からルーファウスと関係がないと思われるものを除外していった。
そうしたら、目を引く有力な情報が1つだけ見つかったんだ。
魔王軍のダンテは知っているよね。先代の魔王。彼はよく僕の生まれ育った最果ての村に来て、お茶を卸してくれる。あのお茶結構美味しいんだよね。最果ての村にも白はいてさ、そこでダンテが会話の中である情報を漏らしたんだ。
彼の植物園には話ができる植物がいると。
話ができるということは、魂が宿っている可能性がある。植物は本来、切っても焼いても粒子は発生しない。つまり元々の魂の持ち主でないものに魂を入れたことになる。それは死霊術の大原則を無視することになる。可能性があるとしたら、ルーファウスだけだ。
もちろん信憑性はわからないよ。でも、あのダンテだ。僕はしばらく魔王城にいたことがあるから、彼がそう簡単に嘘をつくような人物じゃないことは分かる。
ルーファウスが魔王城の近くにいるかどうかは正直わからない。でも、ダンテがルーファウスのことを知っている可能性は十分にある。
これが僕が与えられる全ての情報だよ。