バルトニアの終焉
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戦争は終わった。結果はバルトニア帝国の壊滅だ。こちらの死傷者はユキのみだった。結局、ハインリヒは見つからなかった。ユキを殺した後、上手く逃亡したのだろう。
俺はバルトニア帝国へ単独で侵入した。全戦力を派遣したため、バルトニアには最低限の兵士しかいない。もうこの国に戦力は残っていない。張りぼての城だ。ユキを生き返らせるヒントを探すために、早くこの戦いに決着をつけたい。
太陽が傾き、赤い夕日に変わっていく。その夕日と同じ色の髪が俺の前に現れた。あらかじめ救出が成功した後に落ち合う場所も決めていた。
「ありがとう、レン。無事にウェンディを助けられたよ」
ボーイッシュな少女がぺこっと頭を下げる。短い粟色の髪は癖毛でくるくるしていた。
「師匠から聞きました! ありがとうございました!」
「無事で良かったよ」
「レンさんってすごいんですね! ボク、師匠に勝った人にはじめて会いました!」
ウェンディが人懐っこい笑みで、目をきらきらさせている。
「僕では相手にならないよ。比べるのも失礼なくらいレンは強い」
何故かアリババが俺を神格化している気がする。結構ぎりぎりで良い勝負だったと思うんだが。
「ウェンディ。君は立場が分かっているのかい? 君のせいでどんな目にあったか。来ちゃだめだってあれほど言ったのに」
「うう……反省します」
「その言葉は君の口癖だ。僕は君が本当に反省したところを見たことがない」
仲の良いコンビだ。アリババは心からウェンディの心配をしていたのだろう。ウェンディが無事で良かったな。
「最後の後始末に行こう」
「そうだね。お供するよ」
「レンさんと師匠がいたら、世界征服もできそうですね」
アリババとウェンディと共に斜陽に照らされた石畳を歩いていく。向かうは権力を誇示するようにそそり立つ王城だ。
「なあ、アリババ。旅をしてきた中で死霊術師に会ったことはないか?」
「数人会ったことがある」
「本人ではない別の身体に魂を入れることができる死霊術師はいなかったか?」
「どうだろうね。僕はあくまで商人だから、彼らがどこまでできるかまで聞いたことないよ」
「まあ、そうだよな」
空が夕焼けにより赤く染まる。その光景はユキを失った寂しさを反映しているようだった。
「死者を蘇らせるアイテムは持ってないか?」
「残念ながら持っていない。生者を殺してアンデッドにする武器ならあるけど、レンが欲しいのはそんなものじゃないでしょ」
「ああ、仲間を失った。彼女ともう一度会いたい」
「僕たちは似た者同士かもしれないね」
アリババの横顔が夕日に重なり、影がかかった。少し悲しげな声が続く。
「僕は貧困街で生まれた。あの場所では命はあまりに軽かった。わずかな小銭のために、いとも簡単に命を奪われる」
「……ルミナリアか」
貧困街。正式な名前ではないがルミナリアと呼ばれている。街というより、ただ生きるのが厳しい人が辛うじて集団生活をするために集まっただけの土地という表現が正しい。
誰がそう呼び始めたかは分からないが、ルミナリアという綺麗な名前からは想像もできないほど犯罪とゴミが満ちている土地だ。
アリババの過去はゲームでは語られなかった。これは俺でも知らないことだった。
「あの土地で僕は多くのものを失った。そして、多くのことを学んだ」
この世の底辺。ゲームでのイベントもルミナリアには救いのない苦しみしかなかった。
「僕が商人になったのはお金の力を知ったからだよ。お金を手に入れることで守れるものがあると知った。だから、今僕には誰かを守れる力がある」
アリババは貧困街から世界一の大富豪へと成り上がった。それは並大抵の道のりではなかっただろう。
アリババは砂漠の国オルデアに巨大な宮殿を持っている。そのオルデアの近くにルミナリアはある。繁栄している光のオルデアと、そこから出たゴミが流れ着いた影のルミナリア。富と貧困の象徴だ。
「僕もそこで大切な人を失った。もう一度ひと目で良いからあの人に会いたい。そんな奇跡を起こせるアイテムをずっと探し求めている」
大商人アリババの根源はこの世界の吹き溜まり、ルミナリアにあった。だから、似たもの同士か。
「師匠はボクをルミナリアで助けてくれたんです」
ウェンディが懐かしそうに言う。
「あの場所は地獄です。不幸なんて言葉じゃ足りません。師匠はあの地獄からボクを連れ出してくれました」
「誰でも助けているわけじゃない。あの場所に行けばわかる。2種類の人間しかいない。生きる気力を失って死を待つか。生きるために動物のように他者を貪るか。そのどちらかだった。その中でウェンディだけ目が違っていた。彼女はその運命に抗おうという強い意志があった。昔の僕を見ているようだったよ」
「ちょ、ちょっと師匠! 照れるじゃないですかー」
ウェンディが顔を赤くしている。アリババをバシバシ叩いている。
「あの場所でもたまにいるんだ。僕らのように諦めない人が。どれだけ苦しくても決して折れない。それを強さに変える人がね」
俺たち英雄と同じだな。必死になって抗い、あきらめずに前へと進む。それができた人だけが強さを手に入れられる。アリババはそれを体現した。もう一度会いたい人に会うため、莫大な財産を持ちながらも旅をやめない。危険な地へ赴く。並大抵の覚悟ではそんな真似はできない。彼はすでに英雄の思考を持っている。
「いつか会えると良いな。会いたいその人と」
俺の言葉にアリババが優しく笑った。その表情はゲームで見た笑顔とは違った。いつもの営業スマイルとは違う。心から自然に漏れた笑顔だった。
「ありがとう」
太陽が地平線と重なる。その光を背中に浴びたアリババはどこか作り物のように美しかった。
城門が見えてきた。おしゃべりは終わりのようだ。太陽が沈んで夜が来る。
門兵が俺たちに気づいて警戒をあらわにした。
「何の用だ。ここは今厳戒警備中だ。立ち去れ」
もう遠慮するつもりもない。
「この国を滅ぼしにきました」
「へ? は? 今なんて」
俺たちは城門をぶち破って中へと入った。兵士がどこからともなく湧いてくる。最小限のルートで彼らを蹴散らしながら先に進む。アリババと俺ならもう誰も止められない。
「すごい……強すぎる」
ウェンディが後ろでつぶやいている。随分と楽な作業だ。真っ直ぐと隠れもせず、中央の道を進み続ける。攻撃してくる者は粒子に変え、逃げる者や降伏する者は追わない。
俺たちは王室へとたどり着いた。無駄に豪華な装飾のある扉の前に立つ。
「この国を終わらせよう」
「そうだね」
俺は重い扉を開けた。王座に深く腰掛ける太った男がいた。悪趣味なほど装飾品を身につけている。手を汚しながらフルーツをくちゃくちゃと食べている。品性のかけらも感じられない。
バルトニア帝国第3代皇帝ドランだ。ただ王族の血を引くだけの無能という設定だったか。ドランは面倒くさそうな表情を作る。
「なんだ? お前らは。おい! 誰かこの無礼者たちをつまみ出せ」
王の呼びかけに誰も応えない。
「おい! 誰か来い! 王命だぞ。全員死刑にさせるぞ」
「誰も来ませんよ。もうこの城に兵士は残っていません」
「ん? お前は何を言っている?」
ドランは状況を理解できていないようだ。今までずっとぬるま湯に浸かって生きてきた。自分が危険にさらされる可能性など、つゆほども考えないのだろう。
一応これでも一国の王、国取りとはいえ最低限の礼節は見せようか。
「王よ。この国は終わりました。これからバルトニア帝国はアニマの支配下になります」
「わけがわからぬことを言うな!」
ドランが怒り、立ち上がる。近くにあった槍を持った。しかし、槍の重さにバランスを崩し、転んでしまう。まるで戦闘ができる者の体つきではない。
「安心してください。国民の安全は保証します。ライガス王には私から進言しましょう」
「うるさいうるさい! 国民のことなどどうでも良い! わしが獣どもの下につくなど、ありえん!」
「あなたの身柄はライガス王に引き渡します」
ドランは立ち上がり槍を振り回す。俺はそれを軽くかわす。あまりにも遅すぎて戦いにもならない。
「認めん! わしには力がある! 金がある! 誰よりも偉い! わしの言うことは絶対だ」
「あなたは上に立つ身として、国民の気持ちを考えたことがありますか?」
「国民なぞ知らん! 奴らは働いて税金をわしに貢ぐだけの存在だ! そんな虫けらたちの気持ちをなぜわしが考えなければならん」
俺は刀を抜いた。すると急に怖くなったのか、ドランは尻もちをついて後ずさりを始めた。
「や、やめろ。か、金か? いくらでもやるぞ! 土地だっていくらでもやる! ほしい女だっていくらでも用意してやろう。わしの味方をすれば、お前は得をするぞ」
愚王。権力と富によってこの肥大した自我と身体。ライガス王とは上に立つ者としての格が違う。初めは生かしてライガスに引き渡そうと思ったが、やめておこう。
ライガスは甘い所がある。こんな男にも情けをかけるかもしれない。それはこれからできる新しい国にきっと悪影響を及ぼす。
「そ、そうじゃ。思い出した。そこのお前、いつかの商人じゃろ? この男からわしを助けろ! 褒美はいくらでも弾んでやろう。商人なら損得勘定ぐらいできるじゃろ」
アリババは呆れたように肩をすくめる。
「ええ。損得勘定はできますよ。だから、あなたには死んでもらった方が良い」
「な、なぜじゃ! 金がほしくないのか!」
「富というのは飲まれてはいけない魔物。僕はその富を飼いならしている。あなたはもう手遅れだよ」
同じ富を持つ者の差が浮き彫りになる。世界一の大富豪であるアリババの言葉には重みがあった。
「や、やめてくれ! 何でもする! 頼む!」
俺は正義の味方じゃない。少年漫画の主人公でもない。綺麗事を掲げるつもりもない。この愚王が今までどれだけの人を苦しめてきたか。ここで俺の手で終わらせよう。
刀を振るう。青い粒子が高い天井へと登っていく。
天窓には既に美しい三日月が輝いていた。