魂の行方
ギルバートの頬に涙が伝っている。俺は勘違いしていた。ギルバートはメアリーを危険な目に合わせた俺を責めているのだと思っていた。
「頼むよ。あきらめないで考えるのが、旦那だろ? 俺は……ユキを失いたくないんだ。大切な仲間だからな」
ああ、その通りだ。自分を責めたところでユキは帰ってこない。俺がすべきことはユキを復活させる可能性を探ることだ。
ギルバートに殴られた頬の痛みが俺を落ち着かせてくれる。俺は自分の弱さに気付いた。俺は独りだったらきっと、立ち直れずにずっと自分を責め続けていた。それは英雄じゃない。英雄が傲慢というなら、俺はどこまでも、誰よりも傲慢でないといけない。
それが不可能を可能にする唯一の方法なのだから。
「ありがとう。ギルバート。もう大丈夫だ」
ギルバートが安心したように俺から離れる。
「旦那、頼りにしてるぜ。いつもみたいに不可能を覆してくれ」
俺には仲間が必要だな。俺は完璧な人間じゃない。だから、不完全な部分を仲間に補ってもらう。それでやっと英雄になれる。
冷静になれたことで頭が急激に冴えてくる。先程のデュアキンスの言葉に違和感があった。
「デュアさん、ユキの魂は確保できなかったと言ってましたよね」
「ああ……私は失敗していない……別の……大きな力に引っ張られていった」
希望が出てきた。普通、確保されない魂は空中に霧散してしまう。そうではなく、何かの力に引っ張られた。
俺は氷雪の魔女のイベントを思い出した。ナルベス村の魔女狩りイベント。初めてユキと出会ったイベントだ。
あのイベントのシナリオを思い出す。氷雪の魔女の魂がナルベス村の誰かに憑依する。そして、村人は魔女狩りを行い、その魂が宿った者を殺す。
それを何度も繰り返してきた歴史がある。つまりユキの魂は一度死んでもまた時間を経てナルベス村に戻る可能性がある。これが魂を引っ張っていた力の正体だろう。
ただナルベス村でのユキの復活をただ待つのは消極的過ぎる。ナルベス村の歴史では氷雪の魔女の復活は不定期で、何十年というスパンが空いたこともある。雪が降り止まなくなることで、魔女の復活に気づくことができる。復活するか分からないユキを何十年も待ち続けるのは、諦めるのとそう違わない。
それにあの時は呪いでユキはナルベス村から外に自力では出られなかった。もし外で死んだ場合、ナルベス村で復活してくれるかも分からない。
「デュアさん。死霊術師として今から話すことを聞いて意見が欲しい」
俺はナルベス村のユキの生まれ変わりのことを説明する。死霊術師としての見解で何か分かるかもしれない。俺が一通り説明し終えると、デュアキンスは首を横に振った。
「そんなことは……ありえない」
それは確信を持っている言葉だった。死霊術師にとって、ナルベス村のことは信じられない事象のようだ。
「でも事実なんです」
デュアキンスが考え込むような仕草をする。
「魂は……他の器には入らない。それが……死霊術の……常識だ」
魂はその者の身体にしか戻らない。それが死霊術師の大原則。だから、記憶の泉は魂に刻まれた記憶から、元の身体を再現することで復活させることができる。魂が戻るまでに元の身体が腐ってしまった場合、アンデッドと呼ばれる存在になる。
俺はその大原則を覆した人物のことを聞いたことがある。
ゼーラが作った組織ラグナロク。そのリーダーだった男、クラウスが探している人物のことだ。ユースタスが言っていた。人智を超えた死霊術師だと。
その死霊術師に会うことができれば、ユキを復活させる手掛かりになるかもしれない。
その死霊術師が生きていたのは遥か昔のことだ。しかし、クラウスが今の時代で探していたことを考えれば、まだ生きている可能性はある。魔族ですら、その時代からは生きられない。神族のように永遠の命を持っているのだろう。
すべきことは決まった。俺はその死霊術師と会わなければならない。そして、ユキの魂の行方を探す。
「人智を超えた死霊術師を探そう」
それがユキを復活させる唯一の道だ。
ーーーーーリンーーーーー
天井から光が漏れた。
「おらあああ!」
断続的な衝撃音と爆発音が響く。助けが来た。ドラクロワが振るうデストロイヤーの破壊力は凄まじく、私たちを埋めていた岩や土が吹き飛んでいく。
「ふう……。おーい、リン、大丈夫か?」
「ええ、ありがとう。ドラちゃん」
「ふん、俺のデストロイヤーはスコップじゃねえんだけどな」
文句を言いながら、ロープを垂らしてくれる。ドラクロワのデストロイヤーとフレイヤの爆裂魔法がなければ、ここまで掘り進めるために何日もかかっていただろう。
私とライガス、ウルカンとヒョウの獣人は外へと出た。外に出ると、オズワルドが縄で拘束されていた。正直意外だった。ドラクロワとフレイヤは失礼だが頭が良くない。ここまでのことでオズワルドが黒幕だと気づくとは思っていなかった。
「リン、実はな。俺は見事に見抜いたんだ! このオズワルドが裏で糸を引いていたってな!」
ドラクロワがドヤ顔で犬歯をきらりと光らせる。
「うそはよくないぞ! ドラクロワ。敵の獣人をボコボコにしてたら、勝手にあいつらが情報を漏らしただけじゃないか」
「ああ? そうだけどよ。やつらが情報をくれたことから俺が見抜いたのに代わりはねえだろ」
「いや、見抜くも何も、「オズワルドさん、話が違うじゃないか! こんな強い奴らがいるなんて聞いてない」って叫んでからな。誰でもわかるぞ」
珍しくフレイヤが正論を言っている。その後、話を聞くと、どうやらオズワルドがウルカンの部下何人か唆してドラクロワとフレイヤを襲わせたらしい。
私があんなに苦労した覚醒獣人を倒したのか。やっぱり火力の違いっているのは戦闘において重要だと再認識した。
『龍脈』による大幅なステータスの底上げをされているドラクロワの攻撃力が『竜化』によって更に跳ね上がる。このパーティで物理ダメージにおいて、ポチとドラクロワは別格になっている。特に今回のような防御力と最大HPが高い敵にはアタッカーのポチとドラクロワでないと、かなりの長期戦を強いられる。
「オズワルド……」
ライガスが悲しそうな目でオズワルドを見下ろした。オスワルドは私が別れる前とは別人のようだった。もう隠す必要がなくなったからだろう。仮面が剥がれ、敵意と嘲笑が満ちている。
「ウルカンとまた仲良しに戻ったのか。君にはがっかりだよ。ちゃんと殺し合ってくれるものと思っていた。早く私を解放してはどうだ? 今アニマの状態がどうなっているか知っているのか?」
オズワルドは微塵も私たちを恐れていない。今頃バルトニア軍がアニマを占拠したと思っているのだろう。アニマの国民を人質にして自分を解放させようという魂胆だ。
「どうなっているの?」
「バルトニア軍が侵攻している。ライガス。お前がいないアニマではとても持ちこたえられないほどの戦力を用意してな。ははははは」
オズワルドは勝ち誇った笑顔を見せる。この人はきっと今まで勝ち続けていたのだろう。少しも自分の勝利を疑っていない。
「じゃあ、自分の目で確認しましょう。あの人がいる限り、アニマが負けることはないから」
「ははは。あのグランダル王国の英雄様か。あの程度の男に一体何ができる。こちらは1人で国を滅ぼすほどの戦力を手にしている」
「ふふ。じゃあ、賭けましょうか。私はアニマの勝利に賭ける。負けたら大人しく、牢獄で暮らすか、獣人たちに八つ裂きにされて」
「いいだろう。私が勝ったら解放してもらおう。獣人共を全員奴隷としよう。どちらにせよ人質は大量にいる。お前らはそうせざるを得ないがな」
こんな分の良い賭けはない。