傲慢と自責
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俺は必死に走り出した。手遅れになる前にユキのもとへたどり着かなければならない。
俺は間違えた。よく考えれば予想できたはずだった。あの時、俺はあいつを殺しておくべきだった。
ウェンディを捕らえたのは誰なのか。ウェンディが本気で暴れればバルトニア兵でも手に負えないはず。そのウェンディを無力化できる存在。そして、ウェンディが捕えられた今、円月はどこにあるのか。
円月はユキにとって最悪の武器だ。割合ダメージを与えることができるため、物理ダメージ無効、氷属性吸収、他の属性無効の鉄壁を誇るユキにダメージを与えることができる。俺のパーティの中で最も安全だと思っていたユキを倒すことができる希少な武器だった。
それなのに、俺はそのことを見落とした。致命的なミスだ。
ハインリヒ。常に酒を飲みながらバルトニア帝国軍の幹部まで上り詰めた男。決して無理はしないが、行ける瞬間は見逃さない狡猾さを併せ持っている。あの時、俺は奴を殺しておくべきだった。隠し針でウェンディを捕らえ、円月を奪い、今この戦争の要であるユキに攻撃を仕掛けている。
視界の先にいるハインリヒが円月を再び投げるモーションをする。円月はあまりにも速い。とてもユキでは回避できない。
円月は最大HPの30%のダメージを与える。4回ヒットすれば、ユキは死んでしまう。既に2回はヒットしている。
だめだ。距離がありすぎて、俺ではハインリヒを止められない。高速の青白いエフェクトがユキを襲う。ユキのHPはあっさりと尽きた。
最後の瞬間、ユキと目があった。彼女は何かを口にしようとしていた。しかし、それを見届けることなく、ユキは青い粒子に変わった。
俺はまだ諦めない。
俺には『リバース』がある。30秒以内に『リバース』の効果範囲にユキがいた場所を入れることができれば、生き返らせることができる。
必死に走った。大切なユキを失いたくない。ハインリヒは俺に気付き逃げていく。俺はハインリヒを無視して、ただユキのいた場所に向かう。今はハインリヒなど相手にしている暇がない。
時間感覚が極めて正確だからこそ、分かってしまう。このままでは間に合わない。一か八か『イリュージョン』を発動する。運が良く、少しだけ前に進めた。それでも間に合わない。
俺の計算はタイムリミットを告げている。それでも俺は諦められなかった。消えたユキの下へとたどり着き、スキルを発動する。
『リバース』
きっと俺が時間を数え間違っていると、そう願った。
しかし、その願いは叶わなかった。俺の時間感覚は残酷にも、こんな状況でも正確だった。
ユキが死んだ。
「デュアキンス!」
俺はまだ可能性を追い求めていた。このままユキを失うなんて絶対に嫌だ。すぐに近くにいたデュアキンスに駆け寄る。
「デュアキンス! ユキの魂を確保したか!?」
死霊術師が魂を確保できれば、奈落の最奥にある記憶の泉でユキを復活できる。
「ああ……魂は……確保した」
それを聞いて、俺は涙が込み上げた。ぎりぎり助けることができる。しかし、デュアキンスの次の言葉は俺の希望をあっさりと打ち砕いた。
「……確保した魂は1つだ。もともとその身体の持ち主の魂だけ……宿っていた氷の魔女の魂はない」
「……」
確保したのはメアリーの魂のみ。ユキの魂は確保していない。確保されていない魂は劣化し、永久に消滅する。それはこの世界での永遠の別れを意味していた。
「なんで! ユキの魂を確保しなかった!」
俺はデュアキンスの胸ぐらを掴んで怒鳴った。デュアキンスはどこまでも落ち着いた声で答えた。
「確保しようとしたが……できなかった。あの魂はどこかに導かれるように……私の手を離れていった」
俺は膝をついた。ここが戦場であることも忘れていた。みんなを守ると決めたはずだった。俺はそれを成し遂げられなかった。
ユキともう会えない。その事実が受け入れられなかった。まるで現実味がない。
俺は自惚れていた。みんなを守れる気でいた。この絶望が蔓延する理不尽な世界で、俺だけは全てを守りきれると、そう考えていた。俺は自分の力を過信していた。
英雄の傲慢。それがユキを死なせた原因だ。
今までたまたま上手くいったから、これからも大丈夫なんて呑気に考えていた。元々このLOLで仲間を守り切るなんて不可能だった。俺が立てた誓いなんて、この世界はあっさりとへし折ってくる。
きっと次は他のみんなも死なせてしまう。そもそも俺が彼らを危険に巻き込んでいるだけだ。ソラリス復活なんて、ただ俺のエゴだ。この世界は現実なのに、俺はゲーム感覚が抜けていない。その巻き添えにしている。
もう仲間と一緒にはいられない。俺には守り切る力もないし、彼らも俺と一緒にいない方が幸せに暮らせる。
ユキ。ごめん。謝っても許されないのは分かっている。俺と一緒にいたから、だからユキは死んでしまった。きっとユキは最後の瞬間、後悔しただろう。俺のせいでユキは……。
「旦那! しっかりしろ!」
ギルバートが俺を無理やり立たせる。普段は穏やかなギルバートが大きな声を出している。
当然か。ギルバートの娘であるメアリーを危ない目に合わせた。デュアキンスがいなければ、メアリーとも二度と会えなかった。責められて当たり前だ。
「ごめん……俺が」
「謝るなよ」
「俺のせいだ、俺が油断したから」
「しっかりしろ!」
ギルバートに殴られた。頬が痛い。怒りを向けられることは分かっていた。俺はギルバートに恨まれて当然だ。
次の拳が来ると思い、目を閉じた。全てを受け入れようと思っていた。しかし、痛みはいつまで待っても訪れなかった。
目を開けるとギルバートが俺の肩を掴んだまま俯いていた。俺を強く掴んでいた力が弱まっている。テンガロンハットに隠れて表情が見えない。
ギルバートは懇願するように、声を絞り出した。
「……頼むよ。らしくないだろ。ユキともう一度会うためには……旦那を頼るしかないんだ。旦那は俺たちの英雄でいてくれ」