霧の秘術書
俺は巻物の文字を目で追う。達筆すぎて、何も読めなかったが、無事スキルを手に入れた。読むという行動に意味があるらしい。
『濃霧』最大MPの100%を消費して、魔法効果をかなり弱める魔法の霧を一定時間発生させる。
『霧雨』最大MPの100%を消費して、一定時間、物理攻撃が広範囲攻撃になる。
以上の2つのスキルを手に入れた。どちらも非常に強力だ。
『霧雨』は効果中、物理攻撃を行えば武器から白い霧が広がり、広範囲にダメージ判定をする。それも距離による減衰なしだ。
乱戦で敵が複数いる時に真価が発揮される。例えば『狂戦士の怒り』で攻撃力底上げの後、『捨て身斬り』を放てば、広範囲に高ダメージを与えることも可能となる。
『濃霧』も非常に使える。味方の魔法も減衰するので、魔法使いキャラが仲間に入れば不利益はあるが、魔法を使わない脳筋パーティならデメリットはない。アリアテーゼ戦などではなくてはならないスキルだ。
更に『濃霧』があれば、《ウルトラシリーズ》にも対応できる。
《ウルトラシリーズ》とは英雄達が名付けた頭のおかしい補助魔法のことを示す。
リンも使えるスキルで、『ガードアップ』『パワーアップ』『スピードアップ』などの補助スキルがある。これはそれぞれのパラメータを一定時間、1.2倍にする効果がある。
これの上位互換で、『ハイガードアップ』『ハイパワーアップ』『ハイスピードアップ』があり、パラメータを2倍にする。これでも破格の効果だ。
そして、頭がおかしいとしか思えないのが、『ウルトラガードアップ』『ウルトラパワーアップ』『ウルトラスピードアップ』だ。効果はパラメータを一定時間100倍にする。
1.2倍、2倍の次が100倍だ。考えた奴はゲームバランスという言葉を知らない。
ちなみにこれは敵用のスキルで、味方では覚えることができない。
『ウルトラガードアップ』を使われると、基本的にウィークポイント以外のダメージが全て0になり、物理攻撃で倒すことができなくなる。
『ウルトラパワーアップ』を使われると、すべての攻撃で一撃死する。広範囲攻撃などをされたら為す術がない。
『ウルトラスピードアップ』を使われると、どんな敵でも瞬間移動するようになる。もはや早すぎて目で追えない。素早さは相対的に作用するので、敵からしたら時を止めた世界でこちらを自由に攻撃できる状態だ。
後半のダンジョンではこの《ウルトラシリーズ》を使ってくる敵がいる。『濃霧』は補助魔法にも有効なので、《ウルトラシリーズ》の攻略には必要不可欠なスキルだ。
更にこの時点で、入手が出来たことでもう一つのメリットがある。それはプロメテウスの弱体化だ。
本来ゲームでは、既にプロメテウスは霧の秘術書を手に入れており、『濃霧』と『霧雨』はプロメテウスが使用してくる。
プロメテウスは設定として、魔王の側近として仕えてはいるが、クーデターを起こそうとしている野心家だ。アリアテーゼと戦闘になった時のことを考えて、魔力を霧散させるという特殊な術が書いてある霧の秘術書を狙った。
プロメテウス戦ではそれらのスキルにかなり苦しまされた。それがなくなるだけでもプロメテウスは倒しやすくなるだろう。
プロメテウスは馬鹿げたパラメータを持つ敵ではあるが、魔王軍幹部の中では一番倒しやすい。
そもそも魔王軍の参謀、ブレインとしてキャラであり、前線で戦うタイプではない。
間違いなく魔王軍幹部最強はウォルフガングだろう。あれは普通にプレイしている一般人では絶対に倒せない。英雄の中でも討伐できた者は少ない。
超肉弾戦タイプ。魔王城まで行くまでにかなり高レベルまで仕上げ、最強と思われる装備で完全武装したとして、それでもかするだけで一撃死する攻撃力を持つ。
防御力も鉄壁であり、ウィークポイントは存在しない。攻撃力やダメージ量を何かしらの方法で底上げしなければ、全ての物理攻撃が0ダメージになる。
一方魔法防御は紙同然なので、高ダメージを与えられる。しかし、最大HPも膨大であり、魔法で削りきるにも、かなり長時間になる。
何よりもヤバイのが、それだけのパワータイプであるにも関わらず、素早さが異常に高い。攻撃を当てること自体が至難の技だ。むしろ、攻撃を回避することもままならない。そして、少しでもかすったら昇天する。
更に回避不能の極大射程攻撃『グランドゼロ』を放ってくる。余裕で一撃死する攻撃力の10倍の威力というオーバーキル過ぎる性能だ。
もはや倒せる気がしない正真正銘の化け物だった。ただウォルフガングはこちらから魔王城に行かなければ会うことはないのが唯一の救いだ。
俺はスキルを覚えたら巻物をもう一度巻き直し、ポイっと投げ捨てた。
その光景を見て、リンが悲鳴を上げた。
「 何をやってるの!? 」
信じられないという表情で俺を問い詰める。俺は慌てて弁明した。
「いやいや、違うって、俺が持っているより、ここに隠した方が安全だろ?」
俺は投げ捨てた秘術書を指差す。そこはフランバルト大樹海の枝の下だ。つまりゲームのキャラクターは透明な壁に阻まれて行くことが出来ない。
「たしかにそうだけど……」
俺の弁明に、リンは一応納得するも、なぜか釈然としないようだ。なぜか分からない。俺は最善の行動をしているだけなのに。
そんな空気をリセットするために、俺は話題を変えた。
「よし! 早く城下町に戻ろう、次はリンに強力な武器を用意したいからな」
「強力な武器?」
リンが興味を示した。強さを求めるリンが食いついてくるのは予想通りだ。
「ああ、リンにはとっておきの武器を用意してある、だから早く城下町に帰ろう」
俺は何とかリンの機嫌を取るのに成功し、足早に城下町へのルートを辿り始めた。
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多くのRPGには生産要素が盛り込まれている。戦闘だけではなく、鍛治、工芸、採集、料理、釣り、ペットの育成などやり込み要素が組み込まれている。
このLOLにもそれらのシステムがいくつか用意されている。その一つが鍛治だ。
鍛治は主に町の鍛冶場で行える。作成と強化の2種類を行うことができる。
作成はその名の通り、必要な材料を揃えて武器や防具を作ることができる。全武器中攻撃力1位の武器は、作成でしか手に入らない。
強化は武器の耐久値の回復をすることができる。武器や防具は戦闘で使用するたびに耐久値を消耗していく。耐久値が0になると武器は粉々に砕けてしまう。だから、定期的に強化でメンテナンスして、耐久値を回復させる必要がある。ちなみにポチを仲間にするために使ったよく分からない骨は最大耐久値が1だから、戦闘に使った瞬間砕け散る。
そして、強化のもう一つの効果はスキルの追加だ。武器にもスキルが付いている。例えば、魔剣ダイダロスには1つのスキル『吸魔の剣』がある。これは触れたもののMPを吸収し、その量によって次の一撃の攻撃力を増加させる効果だ。
聖剣デュランダルには『インフィニティソード』と『選ばれし者』のスキルがついている。『選ばれし者』のせいで、勇者以外の職業では攻撃力が大きく下げられてしまう。『インフィニティソード』のように装備することで使えるようになるスキルは全て武器に付加されている。
その武器に空きスロットがあれば、材料となるアイテムを用意することで様々なスキルを追加できる。空きスロットがある武器は貴重だ。空きスロットは最大で4つまで、またその武器だけのユニークスキルは外すことができない。
そして今、俺たちはグランダル城下町まで戻ってきて、そのスキル追加のために露店で必要な材料のショッピングを行なっていた。
必要なものを買い揃え、満足げに笑う。さあ、英雄達の御用達、非常に強力な力を持つ武器、訓練用木剣を鍛えよう。