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無理ゲーの世界へ 〜不可能を超える英雄譚〜  作者: 夏樹
第6章 英雄の挑戦
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知恵の怪物



アリババは俺を目で捉えながら、後ろに下がり始める。帝国兵の雑兵に紛れるつもりだ。



帝国兵達が一斉に俺を囲み、襲いかかる。



俺は1人1人の帝国兵の配置や動きを完璧に把握する。それぞれのモーションを予想し、数秒先の未来にどこにどのような姿勢でいれば攻撃が当たらないかを瞬時に割り出す。



もはや兵士たちを相手にする気もない。俺は最低限の動きで帝国兵たちの無数の攻撃を回避し、間を抜けていく。



物理的に隙間がない場合は刀で切り裂いて、兵士たちを粒子に変える。正宗の『剣域超拡大』より、俺の一振りで何人もまとめて粒子に変わっていく。



俺を邪魔しないように、無数の氷柱が途切れない雨のように降り注ぎ、帝国兵を減らしていく。



間違いなくユキは『魔導の真髄』を獲得した。LOLではソラリスとアリアテーゼしか所持していないスキルだ。



それにより、クールタイムゼロで無尽蔵な魔力により氷魔法を連発している。アリババさえいなければ、ユキだけでこの戦争を終わらせられる。



俺は戦いながら、『剣域超拡大』の範囲のほんの少し外にハインリヒを発見した。



ハインリヒは怪訝そうな顔をして首を傾げている。なるほど、俺は針を打たれたのだろう。



ハインリヒは隠し針を武器として扱うキャラだ。これが厄介で攻撃モーションがほとんどないのに、いつのまにか針を刺されている。



針自体にダメージは全くないが、高確率で様々な状態異常を引き起こす。



何も対策をせずにハインリヒと戦うと、最初は何をされたかもわからない原因不明の麻痺になって、身動きできないまま殺されるのを誰もが経験する。



ゲームでは本当に手品師のような指捌きで、あっさりとパーティ全員に針が刺され、状態異常で殺されることも珍しくない。いつも酒を飲んでいる酔っ払いだが、バルトニア帝国で今の位置にいるだけはある。



だが、俺は神兵の腕輪がある。この乱戦の中で俺の攻撃範囲を器用に避けながら、針を打ち込んだことには驚かされるが、俺に状態異常は効かない。



ハインリヒは俺と目が合うと、両手を上げて降参のようなポーズをした。そのまま俺を無視して、すっと兵士たちの間に姿を眩ませた。



針が効かない以上、戦っても勝てないと判断したのだろう。ハインリヒは勝てないと分かるとあっさり引き下がる男だ。



ただゲームではバルトニアの鬱イベントでハインリヒが絡むものはいくつかある。その中でハインリヒが危険な男だと分かる。



勝てないときはあっさり引き下がるが、常に隙を狙っている。勝てるタイミングは絶対逃さない。酔っ払いの仮面を被っているが、中身は極めて狡猾な奴だ。俺も別にハインリヒを追わない。奴は俺にとって何の脅威でもない。



俺は何とか大量の兵士たちの間を縫いながら、アリババを追う。アリババを見失うわけにはいかない。俺の死角から一方的にエリシオンで狙われたら、さすがの俺も回避できない。



無秩序の戦闘。ただ俺の命を刈りとるためだけに帝国兵たちは襲ってくる。俺はその無秩序すら正確に読み切り二手三手先を考えて回避を続ける。



一瞬、帝国兵の隙間から見えたアリババが消えた。



俺は大量の青い粒子に包まれる。遮るものがなくなりアリババの姿が鮮明に見える。アリババの周辺にいた帝国兵が全員、一瞬にして粒子に変わったからだ。



俺は空中から、その中心に立つアリババを見下ろしていた。アリババの目も俺を捉えている。



アリババがグラディウスを出してから、どこかで地面に切先を触れさせてくると予想していた。そのタイミングに地面を離れていなければ死ぬ。



先ほどのエリシオンのことでアリババは俺を警戒していた。帝国兵の壁を利用して、グラディウスを発動すると読んでいた。



これぐらいの帝国兵の犠牲なら見逃されると判断したのか、オズワルドから決められていたのか。これで俺たちの周りに邪魔者は消えた。



もう俺の栄光への道(デイロード)はアリババへと途切れることなく続いている。









ーーーーーアリババーーーーー



この男は一体何者なんだ。



青い粒子の中で、僕は空中に舞う男を見ていた。こんな相手は初めてだった。



間違いなく彼は僕のことを知っている。時空剣エリシオンを回避されたとき、僕は気がついた。エリシオンは僕が振ると同時に攻撃が始まる。そこにタイムラグはない。つまり斬撃を認識してからの回避は不可能。



その不可避の攻撃をこの男は避けた。それはエリシオンのことを初めから知っていないと不可能だ。



そして、今のグラディウスでの攻撃。僕は念の為、攻撃の瞬間を見られないように死角を利用して発動した。それでもその瞬間、この男は空中に飛んでいた。グラディウスのことすら知っている。



空中にいる男と目が合った。あまりにも冷静で澄んだ眼差しをしていた。



今まで、貴重なアイテムを手に入れるため、何度も危ない橋を渡ってきた。戦闘にだって慣れている。それでも戦闘中にこんなにも澄んだ目をした人にはあったことがない。



怒りや殺意、欲望、恐怖、緊張、そんなものが目には滲み出る。この男の目には深い集中、理知に満ちている。自分の命すら預けられるロジックを持っている。



僕は自分のことを過小評価も過大評価もしない。その上で僕は他人と比較して頭が良いと自覚している。戦いにおいて知恵は最大の武器になることを知っている。



全身が感じている。今、僕が戦っている相手は知恵の怪物だ。



僕はアイテムがなければ、彼の攻撃で一撃で死ぬ。渡り合うためには考えなければならない。



恐らく、彼はエターナルフォースや四宝の盾の能力も知っている。その前提で動くべき。それならば彼が行動は限られる。エターナルフォースの範囲外からの広範囲攻撃だ。それを繰り返し、四宝の盾のスキルが切れる合間を狙う。



僕を殺すにはその方法しかない。ただ僕には全てのスキルクールタイムをリセットする消費アイテムや一時的に無敵時間を作り出す消費アイテムもある。それらを組み合わせればかなりの長い時間、無敵時間を途切れさせることなく、継続できる。



持久戦に持ち込むことになる。その間、彼は常にバルトニア軍の大軍に狙われ続ける。僕もエリシオンで隙を見て攻撃できる。そんな中で彼に勝ち目があるだろうか。



彼が地面に着地した。立ち止まったままこちらを見ている。僕のグラディウスのクールタイムも回復している。しかし、もう一度地面にグラディウスを打ち付けても無駄だとわかる。



周りのバルトニア兵も大量に死んでいった同僚たちを見て足が止まっている。彼は近づこうとしない。やはりエターナルフォースの効果を知っている。



僕は理解した。持久戦では決して勝てない。彼は息一つ切らしていない。持久戦で負けるのは僕だ。消費アイテムのストックがつき、クールタイムの隙を突かれて殺される。



こちらから攻撃をするしかない。バルトニア兵では彼を倒すことはできない。



『アイテムボックス』



僕は判断力がある。商人には絶対に必要な力だ。今、取り出すべきアイテムはあれしかない。



ずっしりとした重みが腕にかかる。黄金の装飾が施された槌。神界の神の武器。全てを無に帰す雷。火花のように僕の体から放電がほとばしる。静電気で僕の髪が重力を無視して広がっていく。



トールハンマー。



オズワルドの言いつけに背くことになる。バルトニア帝国軍はこれで壊滅する。アニマの侵攻は失敗に終わる。ウェンディの命も危険が及ぶ。



でも僕は迷わずにこの判断をした。ここで僕が死ねばウェンディは間違いなく死ぬ。彼をここで殺すことが最もウェンディの生存確率が高い。



後はこれを地面に打ち付ければ、僕の勝ちだ。




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