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無理ゲーの世界へ 〜不可能を超える英雄譚〜  作者: 夏樹
第6章 英雄の挑戦
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大臣の計略



________バルトニア帝国大臣________



そろそろ動いている頃か。私たちがここまでくればアニマの鐘の音は聞こえない。そのタイミングを見計らって進軍させた。



当初ライガスがいなければ戦況は五分だと睨んでいた。アニマよりも遥かに兵力は多いが、覚醒獣人の個々の戦闘力は強大だ。



死者数でいえばバルトニア帝国の方が甚大なダメージを負う。それでも良かった。アニマの占領さえ完了すればどれだけ犠牲が出ても良い。もうこの辺りにバルトニア帝国を攻めてくる第三国はないから、兵力が減っても大した問題ではない。



はじめはそのように考えていた。しかし、私は最大の戦力、いや兵器を手に入れた。



アリババ。あの男が持つ武器を使えばバルトニアの勝利は約束される。あとはこっちがライガスとウルカンを上手く始末すれば良い。



唯一の懸念点は私の計画に挟み込まれた異物だ。私は同行者の3人を観察する。あのグランダル王国の英雄の仲間たち。



私は常に各国の情報収集を行っている。当然遠く離れているグランダル王国も例外ではない。



あのレンという男、平凡そうに見えたが、まさかそれほどの男だったとは。それでもアリババが負けることはないと信じたい。



同行者は小娘に、頭の弱そうな魔法使いの女、竜人の戦士。見た目で油断するわけにはいかない。注意は払っておくべきか。



「もうすぐです」



先頭で道案内をする帝国兵の部下が報告をくれる。



「戦闘準備をしておきましょう」



私は軍刀を抜刀した。他の者たちも武器を構える。ライガスは人間では持ち上げることさえもできないほどの両手剣を軽々と片手で持ち上げていた。



小娘は短剣の二刀流。片方は高級そうな逸品だったが、もう片方は木刀だ。妙な組み合わせだな。赤髪の女性は魔法使いだからか武器の類いは持っていない。竜人は巨大な斧を持っている。



「見えてきました」



先導する兵士が身を屈めて、静かにするように合図する。私たちはその向こう側に目を向ける。



生い茂る木々の先に、木で作られた大きな建物があった。そのすぐ横には盛り上がった大量の岩と土砂による山の斜面があった。



ライガスが鼻を鳴らす。くく、そうだろう。臭うだろう。お前達獣人の皮を干している。獣人は死んだら粒子に変わってしまう。だから、毛皮を手に入れるためには死なないように生きたまま剥ぐ必要がある。これが中々難しい。



ライガスの表情は変わらない。なるほど覚悟はしていたということか。さすがは一国の王だ。



「何の臭い?」



リンという小娘が獣人に遅れて臭いに気づく。



「同胞の臭いだ。それと……糞尿のようなすえた臭いもしている」



ああ。そうだ。私はあえて強烈な臭いのするものを用意した。全ては獣人の鼻を惑わせるためだ。獣人は人間よりも何倍も嗅覚が鋭い。視覚、聴覚に次ぐ感覚器官だ。その一つを腐臭で塞ぐ。




「ライガス王、この腐臭は獣人の優れた嗅覚を奪うための可能性があります。用心してください」



当たり前のように、リンという小娘が言った。



「むっ、確かにその可能性はあるな」



このガキ、あっさりと私の思惑を見抜いてきた。今すぐ殺したくなるが我慢する。まだ私が仕込んだとは思われていない。普通なら密猟者が獣人に襲われないように細工したと思うだろう。



建物に近づいていく。ライガスが耳を澄ましている。建物の中からは物音1つしない。



「留守にしているのか? 人の気配は感じぬ」



「それなら今のうちに侵入して、生きている者たちがいれば救出すべきでは?」



ライガスの手下が進言する。くくく、中々良い働きをしてくれる。そうだ。ライガス、部下の進言通りにあの建物に入れ。



そうすればお前は終わる。私は笑いそうになるのを必死に耐える。



「ライガス王、狭い屋内に入るのは危険です。待ち伏せによる奇襲を受ける可能性があります」



この女。なんなんだこいつは。今すぐ首を切り落としたい衝動に駆られる。



「ならどうすれば良いか」



ライガス王もこんな小娘に助言求めるとか、情けないと思わないのか。本当に腹が立つ。ここは私が自ら誘導すべきか。



「ライガス王。畏れながら覚醒したライガス王ならば、たとえ奇襲を受けたとしても問題ないかと思います」



「確かに。覚醒した我の防御力は高い。状態異常への耐性も万全だ。奇襲程度で我が負ける可能性は万に一つもないだろう」



小娘がじっと私を観察している。大丈夫だ。この発言は別に違和感などないはず。



「我が先導して中に突入しよう。それが一番勝算がある」



そう。それで良い。くくく、さすがライガス王。操りやすくて最高だ。



リンもライガスが決めたことに反論はしないようだ。これで私の勝ちは盤石になった。



ライガスが周囲に注意しながら建物へと近づく。全身から青いオーラが滲み出ている。他の者達も後に続く。見張りなどは1人もいない。ライガスの耳がぴくっと動いた。



建物からの音に気づいたのだろう。ライガスは一気に建物の扉を開ける。いや、ぶち破ったと言った方が適切だ。



部屋の中央には縛り上げられて衰弱した獣人がいる。ライガスは先ほどその獣人の呻き声を聞いた。ライガス、先に建物の中を見回して 密猟者の姿がないかを確認した。建物の中には他に誰もいない。



「もう大丈夫だ。今助ける」



ライガスがそう言って駆け寄る。



まさに傑作だ。全て私の思惑通りに進む。



その縛られている獣人は密猟者に捕えられたアニマの獣人ではない。ウルカンの部下だ。



ウルカンは自分を慕っている部下にさえ容赦しなかった。ライガスを騙すために瀕死状態まで痛めつけて縛り上げた。やはり獣は外道だ。



「ダメ! 止まって!」



リンが叫ぶ。この女は鋭すぎる。だが、残念ながらもう遅い。ライガスは止まらない。ライガスが縛られた獣人に駆け寄る。



ライガスに通用する罠が何かを私は考えた。状態異常も効かず、鉄壁の防御力により攻撃は通らない。魔法耐性はないから魔法は効くが、膨大なHPの前では焼石に水。



一見すると完璧に思えるが、実は極めて原始的な罠が有効だ。



ライガスが建物の中央に向かう。そのとき、床がいきなり崩壊した。



落とし穴だ。単純だが極めて効果は高い。どれだけステータスが高くてもライガスは空を飛ぶことが出来ない。重力には逆らえない。



ライガスが落下していく。ウルカンの部下の獣人諸共だ。



元々この場所には自然にできた洞窟があった。竪穴で地下深くに開けた空間がある。人間には用意できないほど深い穴だ。落下によるダメージもかなり受けるだろう。その入り口となる竪穴の真上に建物を建造した。ライガスを嵌めるためだけの建物だ。



着地点にもダメージトラップを多数設置している。そして、この下の洞窟でウルカンとその部下達が待機している。落下とトラップによりダメージを受けた手負いのライガスを殺してもらう。



それが、()()()()()()()()()()だ。



くくく。愉快愉快。獲物が罠にかかる瞬間というのは狩りの醍醐味だ。



外で爆発音が鳴り響く。小屋のすぐ外にある土砂の斜面に爆薬をしかけてあった。爆発により大量の岩と土砂がこの小屋を潰すように。



ウルカンは気づいていないが、私にとってウルカンに伝えた作戦は穴だらけだった。ウルカンがライガスを殺し損ねる可能性もあるし、ウルカンが勝ったら今度は奴がバルトニア帝国を狙ってくる。だから、2人とも死んでもらうのが理想だった。



だから、生き埋めにすることにした。どれだけ強いステータスを持っていたとしても、空気や水、食料が必要だ。それらが一切ない地下深くに閉じ込める。戦闘ではなく、別の方法で殺す。これが私の真の作戦だ。



「早くここを出よう! 恐らく外にあった土砂が流れ込んでくる!」



また爆発音が聞こえ、激しく何かが迫ってくる音が聞こえる。私たちは一斉に出口へと走り出した。



そんな中、1人だけ真逆に走る姿があった。私の横をすれ違う。目に迷いがなかった。



土砂により一気に屋根が崩壊し、小屋が潰れる。私たちはぎりぎり外に飛び出して助かった。



あのリンという小娘は最後、穴が土砂で埋まる寸前にその中へと滑り込んでいった。少しは利口かと思ったが愚かな女だ。判断を間違えた。自ら死に向かっていった。



小屋の外に出ると、いつのまにか何人もの獣人達に囲まれていた。獣人も一枚岩ではない。ウルカンの部下の中にも、ウルカンの暴虐ぶりに嫌気のさしているメンバーが何人かいた。私は帝国での高待遇を約束し、彼らを懐柔していた。もちろん事が終われば全員始末する予定だ。



こいつらの臭いにライガスが気付かないように、わざわざ腐臭を用意していた。



「お、お前達は何者だ!?」



私は必要もないと思うが一応演技をしておく。今からこの覚醒獣人達に、ライガスの側近の獣人たちとレンの仲間たちを皆殺しにさせる。



「なあ、フレイヤ。これはそろそろ暴れてもいいってことか?」



「たぶんな! リンがいないと私たちじゃ全然わからないけどな!」



「売られた喧嘩は買わないといけねえ」



「いいね。大花火の時間だ」



ふん。覚醒獣人を相手に何ができる。私は巻き添えを受けないようにさりげなく場を離れた。



これで私の勝利は確定した。やはり私は敗北を知らない。



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