アニマ防衛戦
アニマに残された俺達はのんびりと過ごしていた。最初からアニマの警備は厳重だったし、別にライガスがいないタイミングでもその部分に変更はない。有事のときに動けるように、アニマの街にいればいいだけだ。
このまま何もなければ苦労せずに勇気のエメラルドが入手できる。それが一番だ。俺はそんなことを考えながら、武器などの手入れをしていた。
暇になったので、外に出てぶらぶらと歩き出す。奈落で使えるアイテムを今のうちに集めておこうと、アニマのお店を回る。
デュアキンスが1人で空を見上げていた。
「デュアさん。どうかしたんですか?」
「……この森は……不思議だ」
デュアキンスはいつも言葉が少ないから解読が難しい。
「何が不思議なんですか?」
「魂の気配が……多すぎる」
「数が多いですか。たぶんこの森には奈落への入口があるからですかね」
「ああ……魂は奈落へと向かう……レン」
「なんですか」
「不吉だ……私を側においておけ」
「……ありがとうございました。デュアさん」
言葉は少ないが、デュアキンスの言っていることは分かる。死靈術士であるデュアキンスが近くにいれば、もし死んだ時に魂を保管してもらえる。そうなれば奈落の最深層、記憶の泉で復活させることができる。
デュアキンスは何か不吉な予感を感じているから、このような提案をしてくれたのだろう。
デュアキンスはそのままゆっくりとテントの中に入っていった。俺はまたふらふらと歩き出す。途中で今度はユキを見かけたので、昨日の巻物に関して聞こうと思い声をかけた。
「ユキ。昨日の巻物はどうだったんだ?」
ユキはよくぞ聞いてくれたとばかりに前のめりになる。いつもより目がきらきらしている。
「すごい巻物だった! 新しいスキルも手に入れたの。『魔道の……」
その時、アニマ全体に響くように巨大な鐘の音が鳴り響いた。ユキの言葉はその鐘の音でかき消された。
各地に設置されている鐘があり、最初にどこかで鳴ると連鎖するように他の場所でも鳴らされる。危機感を煽るような不穏な音だ。これは緊急事態の時にしか鳴らされない。
俺たちは急いで正門へと向かう。既に正門には準備を終えたアニマ軍の獣人が配置についていた。有事のときの動きは日頃から訓練しているのだろう。誰も慌てておらずに統率が取れている。俺はすぐに現場の指揮をとっているマーくんに話しかける。
「バルトニアに動きがあったのか?」
「そうだ。バルトニア軍の大量の兵士が隊を編成してこちらに向かってきていると先遣隊から連絡があった」
これで確定した。オズワルドは黒だ。
このタイミングでバルトニア帝国に動きがあったということは、完全にライガスの不在を狙っている。
ライガスを連れ出した密猟者討伐自体が罠だ。そもそも密猟者もバルトニア帝国側のマッチポンプ。リンに忠告しておいて正解だった。
俺達はこっちのアニマ防衛戦に専念しよう。戦力的には負けるはずがない。
「迎え撃とう。俺たちなら大丈夫だ」
「助かるぞ! レン」
「攻めてくるなら前から来るのか?」
「ああ、真正面から攻めてくる。周辺のジャングルは危険すぎるからな。大軍で足を踏み入れれば甚大な被害が出るだろう。塀にも囲まれている。念のため、見張りはつけているが」
「そもそもこっちが進軍に気づいている時点で隠す気はないか」
「俺たちは甘く見ているようだな。奇襲などしなくても勝てると思い込んでいるのだろう」
俺は仲間達を配置につかせる。ギルバートは見張り台の上から射撃、ユキは中盤で氷魔法を使用して広範囲に相手を蹴散らす。ポチは俺と一緒に突っ込ませて、好き放題暴れればいい。元々作戦とか理解できないからな。
デュアキンスはユキと同じ中盤に組み込んだ。彼自身は俺達と違って強くない。身の安全は守らないといけない。ただ前線から離れすぎるといざというときに魂を保管できなくなる。
俺たちがいれば、バルトニアの兵力が万単位でも問題ない。現実世界では無双系のゲームも経験済みだ。正門で待機する。まだバルトニア軍の姿は見えない。
数分の静けさの後、その時は来た。全員が一斉に武器を構える。
遠くの丘の上に大量のバルトニア軍が現れた。先頭の男は巨漢で豪華な鎧を纏っている。イワンだ。
完全に重量級のアタッカー。意外に素早さも高く、『ぶった斬り』というただの攻撃スキルが、予備モーションが短いのに広範囲攻撃という英雄にとって厄介な存在だ。
恐らくハインリヒもいるだろうが、あいつの体格は標準的だから、他の雑兵に混じってしまっている。ハインリヒからの不意打ちには注意すべきだ。
バルトニア軍は堂々とこちらに進んでくる。先頭のイワンが声が聞こえる範囲まで来ると、拡声をする魔道具を掴んだ。
「アニマの諸君! 今までの友好的な国交に感謝する! しかーし、それも本日で終了する! これから貴様らを蹂躙する! 劣った種族は支配されるこれがこの世のルールだ! アニマはバルトニアの一部とする! 光栄に思え」
イワンが大剣を抜いて、天に翳す。
「我ら! バルトニアに! 勝利を!」
そう叫び、バルトニア兵はイワンを先頭に一斉に走り出した。
「俺たちはアニマを守る! 行くぞ!」
マー君の掛け声でこちらの獣人達も走り出す。全員青い微光に覆われている。覚醒しているからだ。俺も走りながら刀を抜く。
バルトニア軍へと近づいていく。俺の目は異物を捕らえた。一瞬映った何かが俺の思考を加速させる。近づいてくる敵軍。その雑兵の中に何かいた。
俺は必死に目をこらしてそれを探す。人が重なり合って見えない。
そして、一瞬だけ、兵士と兵士の隙間からそれが見えた。俺は言葉を失った。
ターバンのような布を頭に巻き付け、長い赤髪が溢れている。砂漠の民特有の服装で、民族模様の施されたオレンジ色の上着を着ている。
ありえない。なぜあの男がここにいるんだ。
戦力的には負けるはずがない。数分前に思っていたことが、全て覆った。
「全員止まれえぇ!!」
俺は声を張り上げる。このまま行かせたら獣人達は全滅する。
バルトニア軍なんて比べ物にならない。あの男1人でこちらは負ける。
このLOLの世界で最大の富を手にする男。砂漠の国に広大な敷地の宮殿を持つが、いつも希少なアイテムを探して世界を旅している。
大商人アリババ。
ゲームでは仲間になるキャラではない。世界中を旅しているので、ランダムで遭遇することができ、その際に貴重なアイテムや莫大な金額と引き換えに、レアアイテムを売ってくれる。
アリババに会えること自体、ゲームでは滅多にないことだった。更にその時にアリババが求めてくるアイテムや必要な金額に達成していないと、彼からアイテムを買うことは出来ない。
幸運に恵まれ、そのアイテムを購入できた者は信じられない性能に驚愕する。まさに公式が用意したバランスブレイカーだ。
アリババ自身は強くないが、彼は自分の持つぶっ壊れた性能のアイテムを自由に呼び出して使用できる。無理矢理アリババのアイテムを強盗しようとすると、300レベルを超えていようが瞬殺される。
ゲームでは一部の廃人プレイヤーがアリババグッズコンプリートを目指していた。俺も一時期チャレンジしていたが、アリババに遭遇することが難しく、更にアリババが交換条件に求めてくるアイテムもランダムで変わるし、入手難度もアホみたいに高い。ネットで調べても全く出てこない、ゲームで実装されているかわからないようなアイテムまでリクエストされる。
結果、コンプリートは英雄達の誰もしていないだろう。一応ネットではアイテムの情報共有をされている。それ以外にもまだ誰も手に入れていないアイテムがあるかもしれないが、わかっている範囲のアイテムだけでも異常な特殊効果がある。
「マーくん! 全員の進軍を止めろ!」
俺の声で獣人達は止まらない。マーくんに声をかけるが、周囲の音で俺の声が届いていない。俺は後ろを振り返り、ユキと目を合わせる。
ユキには俺の声が届いていた。ユキは頷いて、魔法を発動する。
「え……」
一瞬で俺達アニマ軍の前に巨大な氷の壁が生まれた。あまりにも発動速度が早い。ほぼノータイムだった。まるでソラリスのように。
氷の壁により、獣人達が止まる。俺はあまりの魔法発動速度に驚いていたが、すぐに我に返ってマーくんに近づいた。
「マーくん! 敵にやばい奴がいる。全員退避させろ!」
「できん! それだとアニマの中まで攻め込まれてしまう!」
「俺が食い止める」
「1人でこの大軍は無理だ!」
「違うんだよ! 敵は1人なんだ! 俺は犠牲を出したくない! 俺を信じてくれ」
俺は必死にマーくんに訴える。アリババが1人いれば覚醒獣人は呆気なく皆殺しにされる。この場でアリババを相手にできるのは俺だけだ。マーくんは振り返って大声を上げた。
「全員後退する! 団長命令だ! 文句は聞かん! 従え!」
「ありがとう。マーくん」
統率がとれている。全員が一斉にアニマへと後退を始める。マーくんが信頼されているからできることだろう。
「ユキ」
「わかった。気をつけて」
俺の目前の氷の壁だけが砕け散る。すでにバルトニアの大軍はかなり近づいている。
俺は息を吸い込み、一歩ずつゆっくりと歩き出す。
ああ、この感覚、久しぶりだな。アリアテーゼ、ライオネルやカーマイン、ベルゼブブ。俺は何人もの強敵を倒してきたが、それは全て事前に戦闘になることがわかっていた。俺は知識により、入念な準備をしてその圧倒的理不尽を乗り越えてきた。
今回は違う。ウォルフガングと出会ったときのことを思い出した。あの時と同じだ。何の準備もなく、前触れもなく訪れた絶望。
集中が加速していく。時の流れが遅くなっていく。こちらに向かってくる大軍が色を失っていく。ただ一人、アリババが鮮明に色づいて見える。
最強の商人、一振りで大軍を殲滅する異次元のアイテムの所有者。
さあ、無理ゲーを攻略しよう。
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