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無理ゲーの世界へ 〜不可能を超える英雄譚〜  作者: 夏樹
第6章 英雄の挑戦
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羨望と嫉妬



夜も深まり、宴は終焉へと向かう。家に帰る者、片付ける者、まだ酒を飲み続ける者が混在していた。俺はユキとフレイヤを探して歩いていた。



辺りを見回すと女性陣の姿を見つけた。木の陰に隠れているように見える。周りには昼間に会った獣人の兵士達もいた。



「おい、リン。何を見てるんだ?」



俺が声をかけると一斉に皆が振り返り、人差し指を立てて静かにするように忠告してきた。俺は理解できないまま彼らに近づいた。



木の向こうには小川があり、その岸辺にマー君とニーナが横に並んで座っている。なるほど、そういうことか。



俺は彼らの野次馬根性に呆れながら仲間に加わった。小さいがマー君とニーナの声が聞こえてくる。



「今日はお疲れ様、ありがとう。マークロン」



「ああ、俺は当然のことをしたまでだ」



「明日、王が密猟者のところに行くんだよね?」



「ああ」



「皆生きているといいね」



「そうだな」



「王がいれば何とかなるよね」



「ああ、我らが王は偉大だ」



「マークロンも王が不在の間がんばってよ」



「もちろん! 俺は兵団長としてこの国を護る」



「ふふ、期待してる」



ニーナはそっとマークロンの肩にもたれかかった。



「マークロンの毛並みって本当にふかふかよね」



「…………」



マー君ががちがちに固まっている。かろうじて左手が壊れた機械のように持ち上がり、ニーナの肩を抱こうとわなわな震えている。



野次馬達は拳を握りしめて、小声で、「いけ、いけ、がんばれ」と応援している。ニーナの肩に近づいては離れて、また近づいては離れて、マー君の葛藤が見て取れる。野次馬たちはそのじれったさにフラストレーションをためている。



「ねえ、マークロン……死なないでね」



ニーナの真剣な声にマークロンの右腕の動きが止まった。



「何だか嫌な予感がするの。もし何かあって、マークロンがいなくなったら……私は困るから」



「俺は強い。死なない」



マー君の手がニーナの肩に触れた。それは抱き寄せたというより、安心させるためにそっと置いただけの手だった。



「部下たちだって誰も死なせない。俺の大好きな奴らは全員守ってみせる」



こういうことをまっすぐに言えるのが、マー君の魅力なんだろうな。野次馬の部下たちが感動して涙目になっている。



しばらく小川のせせらぎの音と虫の声だけが聞こえる時間が流れた。



俺はニーナが口にした嫌な予感という言葉を気にしていた。バーバラも王を失えば国が滅びると言っていた。



仮定の話だがもし明日の遠征が罠だとしたら俺はどう動くべきだろうか。最悪のケースを想定し始める。



俺がバルトニア側なら、ライガスが不在の間に戦力を固めてアニマに攻め込む。俺は何も起きないと思っていたが、もしかしたらライガスもそのことを危惧していたから俺に依頼したのかもしれない。



バルトニアの全戦力で侵略してきたとして、俺達のパーティがいれば勝てるはず。一般兵はマークロンなどの覚醒獣人で戦えばお釣りがくるし、注意すべき戦力はオズワルドとイワンとハインリヒくらいだ。この3名でも俺達のパーティで向かい討てば問題なく勝てるだろう。



問題はライガスの方か。罠があるとして誰をそちらにつければ良いだろうか。俺が同行できない以上、リンは欠かせない。唯一、英雄としての判断ができる存在だ。



戦力としてユキとフレイヤは分けよう。魔法での広範囲攻撃はあらゆる状況で、戦況を優位にすることができる。



ライガスに同行させるべきはフレイヤか。同じ広範囲魔法でも乱戦になれば、フレイヤのフレンドリーファイアが増える。アニマ兵のことを考えるとこっちの残すのはユキの方が良い。



あとは物理要員としてドラクロワだ。ポチは単純だから俺が指示してあげないと上手く動けないと思うし、ある程度自己判断ができるドラクロワの方が良いだろう。ドラクロワは見かけと性格によらず、戦闘IQが高い。



「そろそろ夜も遅い。帰ろうか」



俺が戦力分析をしていると、マークロンがそう言った。



「そうね。今日はありがとう」



2人は立ち上がった。野次馬たちは覗いていたことがバレないように蜘蛛の子を散らすように慌てて去っていった。



俺も走って離れながら、ユキとフレイヤに声をかける。



「ユキ、フレイヤ、ちょっと来てくれないか」



「どうしたの?」「いいぞ!」



俺はユキとフレイヤを木の陰に連れていく。手に持った羊皮紙を2人に見せた。



「これが何か分かるか?」



「巻物?」



ユキが手に取って巻物を開く。フレイヤが横から覗き込む。



「下手な字だな」



フレイヤから率直な感想が漏れる。



「読めるか?」



「さっぱりわからないぞ!」



フレイヤはすぐにお手上げというポーズをした。ユキは集中してその文字を凝視している。



「ユキ?」



「これ……すごい」



目を見開いたまま、ユキは字を追っている。



「読めるのか?」



「ええ。これは古代文字。昔、私の家にあった魔導書で勉強した」



氷雪の魔女の家。ソラリスの妹、エレノアの書いた魔導書と同じ文字なのだろう。



「これを書いたのは誰?」



「セルバという密猟者に攫われた獣人だ」



「獣人? うそ……」



「俺も信じられなかった。獣人は魔法が使えないからな」



「違うの。そういうことじゃなくて。獣人って人間よりも寿命が少し長いだけでしょ?」



「ああ、魔族や神族達とは違って、せいぜい100年くらいだろうな」



「この人の知識、100年なんて時間じゃ全然足りないぐらい……あまりに深いの。それにこんな古代文字を書けること自体、はるか昔の時代に生きていないとありえないと思う」



「そうなのか?」



「ちょっとこれ借りて良い? 少しわからない部分もあるから調べたい」



「ああ、いいぞ」



ユキが学者の表情になっている。巻物を抱きしめて、小走りで走っていた。俺にはわからないが、あの反応はかなりの代物だったのだろう。



「私にはさっぱりだったけどな」



「フレイヤは感覚で魔法を使ってるんだろ」



「一応基本は本で学んだぞ。でも今は何となくで魔法を使ってる。ごちゃごちゃ考えると頭が痛くなるからな!」



俺もどちらかというとそっちの方だったな。勉強は別に苦手じゃなかったんだが、興味がないと捗らないタイプだった。













ーーーーーーーーユキーーーーーーーー



信じられない。私の知らない魔法回路、ルーン文字、魔法陣構築式。



私には無限に思えるほどの時間があった。エレノアという人物の書いた本を読み漁って魔法を習得した。その知識よりも深い。



この人は一体何年魔法を研究してきたのだろうか。その成果からは果てしない年月を感じる。この巻物はその人の全知識のほんの少しを切り取っているのだろう。



私は必死で理解した。これは1つの属性魔法について記しているのではない。もっと根源的なものだ。私の氷雪魔法にも応用ができる。



眠気は全くなかった。私はその偉大なる知に没頭した。次々と知らなかったことを覚えていく。



私は氷雪の魔女。はるか昔から私の力は変わっていない。私は成長ができない。新しい魔法も習得しなかった。レン達はどんどん強くなっていくのに、私はいつまでも変わらない。



でも、この巻物があれば私は更に強くなれる。みんなの、レンの役に立てることが嬉しかった。



私はずっとリンが羨ましかった。これはきっと嫉妬という感情だと思う。



リンはどんどん強くなっていく。いつの間にか差をつけられている。レンもリンの成長を認めている。今レンの隣に立てるのはリンだ。



私も強くなりたかった。レンと並び立てるように。大好きな人だから。守られてばかりじゃなく、守る側になりたい。



私はずっとレンの側にいて、あの人の危うさに気づいている。



レンはその英雄としての能力で、今まで普通の人なら超えられないような困難をいくつも超えてきた。彼はそれを普通のことだと思っているが、それは違う。



レンは間違いなく特別な人間だ。他のみんなだってわかってる。あの人の当たり前は、私たちがどれだけ足掻いても辿り着けない領域にある。



レンはこの世界の理不尽を認めている。普通ならその理不尽を嘆くはずなのに、彼はすんなりと受け入れている。



だからこそ、危うい。レンにとって()()()()()()()が当たり前になっている。



死のすれすれを歩くことを恐れていない。恐怖という枷がないから、レンは普通なら選べない選択ができる。私はそれが心配でならない。あっさりとレンが死んでしまうんじゃないかと思ってしまう。



私はレンを失いたくない。大好きなあの人とずっと一緒にいたい。それが私の願い。



「強くなりたい」









夜がふけるころ、私は新たなスキルを習得した。



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