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無理ゲーの世界へ 〜不可能を超える英雄譚〜  作者: 夏樹
第6章 英雄の挑戦
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利己的な勝者



ーーーーーバルトニア帝国大臣ーーーーーーー



私は消毒液を布に染み込ませ、手や服を拭いていた。あの獣のガキ共、ベタベタと汚い手で触ってきて不快にもほどがある。首を刎ねないように自制するのが大変だった。



今回のアニマ来訪も終わった。ライガスは相変わらずだ。私が裏で指示を出し獣人共を攫っているが、人間への嫌悪をおくびにも出さない。人間と友好的な関係を結ぶという姿勢に変わりはない。



ライガスのテントを出るときに見かけた者達は何者だろうか。バルトニア帝国の見張りからの報告はない。私の目をかいくぐってアニマに訪れることなど普通の人間にはできない。



可能性としてはジャングルを抜けてきたか。しかし、あの森は危険すぎる。とても獣人以外が突破できるとは思えないが。



あの者達の情報も一応収集しておこう。ある程度戦闘はできるのだろう。装備している武器は一級品のように見えた。準備は着々と進んでいる。予期せぬトラブルが起こるのは避けたい。



まもなくアニマは私の手に落ちる。力ある者が弱き者を征服する。それが我が帝国の信条だ。今の王は先代とは違い、力がない。ただ権力という目に見えないものを過信している。



力ある者とは、純粋な戦闘能力を持つ者、優れた頭脳を持つ者だ。目に見えぬ権力だけを持つ者ではない。私にはこの国を発展させてきた実績がある。次はついにこのアニマを征服し、この大陸を制覇する。



アニマ征服のための最大の障害はライガスを筆頭にする覚醒獣人達の強さだ。あいつらの強さは異常すぎる。人間という種族がいくら鍛錬を積んだとしても、上回ることができない。



だから謀略、頭脳を使わなければならない。頭脳はあらゆる戦力に勝ることを私が証明しよう。



アニマを征服するのは、実はそんなに難しいことではない。ライガスさえ殺せば後はどうにでもなる。ライガスは民を守るために必死だ。そして、絶大な力を持っている。だからこそ、ライガスはアニマよ弱点となる。



ライガスがいれば上手くいく。誰もがそう考えてしまい、頼り切りになった国民は自分で考えることを放棄した。



ライガスという光が強ければ強いほど、周りはその光を頼りに自ら光ることをやめる。皮肉な話だ。誰よりも国を大切に思う者が、国を衰退させている。



覚醒できる獣人は他にもいる。だが、ライガスという精神的支柱を失えば、後はどうとでもなる。ライガスを殺す作戦は順調に進んでいる。



あとはライガスがいなくなった後のために、戦略兵器としてあの男を取り込みたい。世界中の誰よりも富を持ちながら、それをひけらかすことをしない生粋の商人。奴のアイテムボックスには国を容易に滅ぼせるほどの貴重なアイテムがいくつも眠っていると聞く。



試しに刺客を差し向けたが、あっさりと全員殺された。元々そのための捨て駒だったが、戦いにすらならなかった。本当はアイテムをすべて奪いたいが、あの男は空中にアイテムを保管するスキルがある。奪うどころか彼が死んでしまえば、その貴重なアイテムは誰も取り出せなくなってしまう。



彼がバルトニア帝国に来てくれたのは偶然だった。私が各国の情報を集めていたから、気づくことができた。



ただ問題は戦争に協力してもらうことが難しい点だ。普通の人間とは違う。金をいくら積んでも見向きもされないだろう。名誉や地位、権力にも興味がない。更に争いを好まない性格だと聞いている。



力で脅すにしても国中の戦力を挙げて奴一人に勝てない。もはや私が取れる手は1つしか残されていない。



大切なものを人質にする。私がよく好む手段だ。



どんな人間にも大切なものは存在する。大切なものはただの弱点に過ぎない。背負う者が多ければ多いほど、人は弱くなる。



きっとあの商人にも大切なものがあるはず。それを手に入れることができれば、あの商人を駒とすることができる。今、他国も含めて私の専属の諜報部隊が情報を集めている。



ジャングルの中を護衛に先導され進んでいると、上から木の葉が落ちてきた。俺は辺りを見回す。この辺りなら誰かに見られることはないだろう。



「大丈夫です。降りてきてください」



私の合図で、巨大な黒い影が私の前に落ちてきた。



「上手く行ったか?」



「ええ、順調です」



護衛の2人はその恐ろしい姿に萎縮してしまっている。護衛のくせに情けない。



私の前には灰色の毛で覆われた獰猛な怪物がいた。ライガスに匹敵する力を持ちながら、ライガスと敵対している貴重な存在。狼の獣人ウルカンだ。



「くくく。お前も大人しそうな顔をして策士だな」



ウルカンは嬉しそうに私と肩を組む。獣の匂いにむせそうになるが表情には出さない。触られた肩を今すぐ消毒したいが耐える。



「だが、忘れるなよ。俺はいつでもお前を殺せる」



獣人は愚かだ。私はライガスと敵対しているウルカンに目をつけて接触した。そして、ウルカン自身が私を利用しようと思うように思考を誘導した。



ウルカンは自分が利用する側だと勘違いしている。本当は私がウルカンを利用している。この狼はあまり賢くない。操るのは容易だ。



「もちろんわかっていますよ。私はあなたのために動いています。殺されたくはありません」



ウルカンが満足そうに笑う。これで良い。お前はただライガスを殺すためだけの駒だ。私はウルカンに情報を伝える。さりげなくウルカンの思考を誘導し、私のシナリオ通りに動くようにする。



「がはは、お前の案は傑作だな。絶望するライガスの顔が目に浮かぶ」



ウルカンは私の策に満足してくれたようだ。ライガスを殺せば、次はウルカン、お前を殺す。ウルカンは対ライガスのために必要な戦力だが、生かしておくには危険過ぎる。私はすでにその準備も進めている。



「明日、ライガスは私たちの案内で密猟者へのアジトへ向かいます。手筈通りお願いします」



私はあえて獣人を何人か攫わせて密猟者という存在を作り上げた。そして、ウルカンに協力してもらい、ウルカンの死体を偽造し、景色を絵にする魔道具でその光景を保管した。



あとはライガスにそれを見せれば、ライガスは自ら密猟者のもとへと動く。ウルカンと協力して罠にはめれば、ライガスを殺せる。全ては私の盤上の駒だ。



「くく、いいぜ。楽しみだな」



ええ、本当に楽しみですよ。ライガスとウルカン。2匹の害獣を殺せることが。



その後、ウルカンが去り、私は護衛を引き連れてバルトニア帝国へと戻った。



上手くいけば、明日アニマは滅ぶ。またあの豚が喜ぶだろうな。何も知らされなかったとしても、さも自分の手柄のように国民に発表する光景が目に浮かぶ。



私はそれで良い。自分でも変わっていると思うが、権力などに興味はない。もしかしたらあの商人に似ているのかもしれない。



私が興味があること、それは勝つことだけだ。



生物の根源的な本能に闘争本能がある。勝つことによって、生物として自分が優れていることが証明される。



私は今まで勝ち続けてきた。これからも勝ち続ける。私の人生に敗北はない。これはストラテジーゲーム。あらゆる手を使い、領土を広げていく。次のゲームの勝利も目前だ。



勝利とは最大限の幸福を私に与えてくれる。私はその幸福に酔いしれ、依存している。私は自分のことをよく分析している。私は極めて利己的な人間だ。他者が苦しもうが死のうが、何の共感もない。



それで何が悪い。



人間など所詮利己を優先する生物。能力がある者が生き残り、そして勝利する。私は本能に刻まれた、この世界の摂理に正直に生きているだけだ。



バルトニアに戻ると、部下の1人が急ぎの要件があると走ってきた。私はその部下から耳打ちで、要件を聞く。それは私が欲していた情報だった。



「そうですか。わざわざ報告に来ていただき、ありがとうございます」



これでピースを揃った。私は勝利は約束された。




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