住めば都
ウルカンが死んだ。ライガスには申し訳ないが、これで俺がウルカンと戦うことはなくなった。理想を言えばライガスが不在の間、何も起こらずに勇気のエメラルドを手に入れたい。
話が終わりかけた時、後ろに控えていたぺぺが急に前へと進み出た。
「ライガス王、私はぺぺ、小人族族長の息子でございます」
ライガスは自分よりも遥かに小さいぺぺを見下ろし、渋い顔をした。
「族長ポポの息子か、里を出て旅をしていると聞いたが」
「はい。私は小人族の独立のために外の世界を回っておりました」
「恨んでいるのか……我らを」
「いいえ。獣人族にとって自分達を守るので精一杯でしょう。恨んでなどおりません」
「すまぬな。我も帝国に進言をしたことは何度もある。だが、そこまでの要求は通らなかった」
「ええ。人間にとって小人族は力なき労働力。簡単には手放さないでしょう」
「戻ってきたということはあきらめたのか? それとも何か力を手に入れたのか?」
「はい。強力な力を借りることができました」
ぺぺは俺を見る。ライガスもそれにつられて俺を見る。
俺、小人族全員説得して移住させよう計画を立てているんだが、ぺぺには何だか言い出しづらいのでまだ黙っていた。何か勘違いされている気がする。
「なるぼど、この男には小人族を独立させるだけの力があると」
「はい。私はレンさんに賭けてみることにしました」
「その……俺はですね。小人族を……全員」
「小人族にとって、この地は先祖から受け継いできた大切な場所です。人間どもに踏み荒らされて良いところではありません」
「小人族にとってこの地がどれだけ大事なものか分かっている。聖地と言ってもよいだろう」
ええええ……何これ。ここで移住作戦伝えるとか気まずすぎる。別にいいじゃん。住めば都ってやつだよ。住めば聖地だよ。そう言いたいがとても言い出せる雰囲気ではない。
「ぺぺよ。申し訳ないが、我には獣人達を守る義務がある。身内に危険が及ぶならば手を貸すことはできない」
「重々承知しております。レンさんはアニマの皆さんの手を借りなくとも小人族の独立を成してくれるでしょう。私はアニマに迷惑をかけるつもりはありません。しかし、事前にライガス王にだけはお伝えしておこうと」
「独立した暁には良い国交を結ばせてくれ。成功を祈っている」
何か後に引けなくなった。これであっさり聖地捨ててグランダル行きましょうって言えるかな。アイドルとかいるよって言えば来てくれるかな。
「レン殿。では我が不在の間、どうかアニマのことを頼む。救国の英雄がいてくれれば安心できる」
「……承知しました。がんばります」
こうしてライガスとの謁見は終わり、俺達はテントを出た。そして、盛大にため息をついた。
待っているだけで勇気のエメラルドをもらえるのは幸運だったが、小人族の方が問題だ。この地が聖地とか聞いてない。本当に独立させる案は3つくらい浮かんではいるが、どれも険しい道になる。
やっぱり全員移住計画を遂行したい。グランダルのごはん美味しいよで移住してくれないかな。アイテム屋の店員さんが美人っていうのも伝えてみるか。
「レン、ありがとうな。王が不在の間、一緒にアニマを守ってくれるなんて」
マー君が感謝を述べてくる。多分留守番するだけになるので、そこまで感謝されることじゃないと思っている。
「俺もアニマのこと気に入ったからな。頑張らせてもらうよ」
「あら、マークロン、戻っていたの?」
女性の声が聞こえ、マー君の背筋がピンと伸びる。
「に、に、に、ニーナ。そ、その今日も良い天気だね」
「? ええ、まあ、天気は良いわね」
ウサギの獣人の女性だった。彼女が噂のニーナさんか。獣人の容姿はよく分からないが、人間から見ても美人なんだろうと分かる顔のパーツだった。すらっとした体型に丸く大きな瞳、小さな口、頭の上には可愛らしいウサミミが伸びていた。マー君と並んでみると、まさに美女と野獣の構図だ。
マー君は男子中学生さながらに、ガチガチに緊張している。親近感が湧きすぎる。俺もリリーさんと喋る時いつもこうなる。
「こちらの方達は?」
「え、あ、レンだ!」
マー君のIQが限りなく下がっているので、仕方なく自分で自己紹介する。
「レンといいます。ちょっと用があってこのアニマに来ました。まあ旅人みたいなものですね」
「あら、旅人さんなんて珍しい。じゃあ、今日は宴会にしましょう! みんなに声をかけてみる」
「良いんですか? 今アニマは大変だと聞いたので」
「逆よ。最近いろいろあってみんなの表情が暗いの。もともとアニマは旅人を歓迎する習慣があるし、せっかくだから今夜は楽しまないと」
ニーナは強い女性のようだ。芯が通っていて周りを気遣える優しさもある。
「ほら、マークロン。私もみんなに声をかけるから、あなたも男手を用意してちょうだい」
「お、おお! 任せてくれ! 俺できる!」
マー君はニーナさんから頼まれごとをしたのが嬉しいようで、ダッシュで走って行った。
「ふふ、あの人はいつまでも子供ね。そこが可愛いんだけど」
俺たちは激しく同意した。
____________弟子_____________
「だーかーら! ボクは師匠に会いに来ただけです!」
さっきからこの兵士の人、話が通じない。本当に頭に来る。
「だからね、坊や。それは分かったんだけど、ルールなんだよ。武器は預からしてもらうよ」
坊やなんて失礼な奴だ。それにボクが師匠からもらった大切なアイテムをこの人達は奪おうとしてくる。
きっと師匠は『アイテムボックス』のスキルで隠して持ち込んでるんだろうな。ボクも商人の端くれとして、あのスキルが欲しい。
元はといえば師匠が悪い。あの人、ボクに何も言わずにフラフラ出かけていくから。危険だからついてくるなっていつもボクを置いていく。ボクだって師匠からもらった武器を使えば、そこら辺の敵にやられることはないのに。
そんな事言う師匠だってアイテムなければ、その辺の不良にも負けるぐらい弱いくせに、と文句を言いたい。きっとボクに内緒で美味しいものとか食べてるんだ。
「絶対返してくれる補償あるんですか!?」
「ちゃんと返すよ。そういうルールなんだ」
「口約束は信用できません。書面で用意してください」
「はぁ、まいったな」
この兵士はこの武器の価値を知らないからこんなことが言える。お前が一生働いても足りないくらいの価値がある代物だ。盗まれるのは嫌なので、教えてあげないけど。
「何の騒ぎだ?」
後ろから偉そうな男が現れる。太っていて脂ぎった顔だ。品のない鎧を着ている。その男が兵士から状況を聞いて、ボクを見下ろした。
うわ、こいつ、悪人だ。ボクは悪意が見える。幼い頃から、あの地獄で過ごしてきたからだろう。師匠に助け出されなければボクはきっとずっとあの地獄にいた。
師匠はボクに言ってくれた。君の能力は商人向きだって。利益が絡むと人には悪意が生まれることがある。その悪意を見抜いていくことが商人には大事だって。
この人からは悪意を感じる。兵士から状況を聞いて明らかに目の色を変えた。
「すぐにオズワルドに報告をしろ」
「はい、分かりました」
兵士が急いで出ていく。2人だけになったところで、男は邪悪な笑みを浮かべた。
「悪いな。少し眠っていてくれ」
悪意が膨れ上がる。ボクは手にした武器を相手に向けた。
「動いたら殺します。ボクは本気です」
「ははは、そんな手品の輪っか2つのようなもので何ができる?」
「あなたを殺せます」
師匠からもらったこのチャクラムなら、ボクだって戦える。
「イワンさーん。何してるんですか?」
いきなりドアが開き、また別の男が入ってきた。背がひょろっと高い。手入れのされていないくせ毛だらけの金色の髪、眠そうな目、腰に水筒が何本も括られている。とても酒くさい。
「将軍と呼べ、この酔っぱらいが」
「あ、すんませんね。ショーグンさん。もしかして、あれ? そのレディがショーグンさんの好み? いやね、人それぞれだけどこんな子どもを相手にするのはいただけないなー」
「ん?レディ?」
「はい、可愛い子じゃないっすか」
この酔っぱらい男、ボクが女だと見抜いた。いつも男の子に間違えられるのに。ちょっとうれしい。
「ふん。まあ良い、ハインリヒお前は消えていろ」
「お楽しみって奴ですね。へいへい」
「少しは黙れ」
「ただ、ショーグンさん。たぶんあんた死ぬよ」
ハインリヒと呼ばれた男の目がボクのチャクラムを凝視している。
「あ? 何を言ってるんだ?」
「それ。やばい代物だと思う」
酔っ払いは演技なのか。この男、異常に鋭い。でも不思議と悪意を感じない。この人からは何も感じない。お酒の匂いだけ。
ハインリヒはちらっと先程兵士が書いていた書類に目を向けた。
「なるほどね。まあいいや。この子、無力化したいんでしょ?」
あれ。なんだこれ。体の感覚が消えていく。ハインリヒの姿が霞んでいく。
「はい、おやすみね。小さいレディ」
最後まで悪意を一切感じない。それなのにボクの体と意識が離れていく。こいつに何かされた。
大事なチャクラムが床に落ちる。ボクは意識を手放した。