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無理ゲーの世界へ 〜不可能を超える英雄譚〜  作者: 夏樹
第1章 英雄の目覚め
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守るべき物



「シリュウは……なぜこんなことをしたのかな」



イズナがシリュウがいた場所を見つめながら呟いた。その言葉には微かな悲しみが滲んでいた。



俺は枝を蹴りながら登り、皆がいる場所まで戻ってきた。



「魔王軍幹部にプロメテウスという奴がいる、そいつに唆されたんだ」



シリュウの肩を持つわけではないが、それは事実だった。プロメテウスが霧の秘術書を手に入れるためにシリュウに声をかけた。



サスケがイズナの肩に優しく手を置いた。



「俺は……シリュウの過ちだと思う、唆されたとしても、俺なら里のみんなを裏切るようなことは絶対にしない」



イズナは自分を責める癖がある。シリュウが死んだ今、何かこの結末以外に方法があったのではないかと悩み始めている。



だから、サスケはそんなイズナが自分を責めないように、代わりにシリュウを責める。



そこにはイズナを思う優しさが垣間見えた。



リンとポチが俺に近づいてくる。そして、渡していた鞄を俺に返した。



「今度からはちゃんと話して、私はまだまだ弱いけどできることがあるから」



リンが何を言いたいのか分かっている。嘘をついて置いていかれたことが悔しく、辛かったのだろう。



彼女は本当に強い。もっと強くならないといけないという、使命感に燃えている。



「いつか、レンが命を預けられるくらい強くなるから、また訓練よろしくね」



「ああ、もちろん、俺の訓練は厳しいからな、覚悟しとけ」



俺には彼女が強くなるビジョンが見えている。英雄である俺が鍛えるんだ。必ずリンは最強になれる。



それから俺たちは里に戻り、身動きが取れないヤナギ達を解放した。サスケとイズナが里のみんなに俺たちのことを説明してくれた。



族長のヤナギは、改まった態度で俺に深く頭を下げて謝意を述べた。そして、今夜は俺たちを里に泊めてくれることになり、豪華な食事を用意してくれた。



俺は名前も分からないが、何となく旨い肉団子をつまみながら、酒を煽っていた。日本酒のようなもので、スッキリした飲み口でとても美味だった。



そして、俺はヤナギと2人で会話できる機会を見つけ、彼の横に移動した。



「族長、少し話をしていいですか?」



ヤナギは穏やかに笑った。



「レン殿は里の恩人、何でも言ってくれ」



俺は頷いて、ある提案をヤナギにする。



「率直に言います、霧の秘術書を俺に渡してほしい」



ヤナギの表情が真剣なものに変わる。俺は説得するために会話を続ける。



「魔王軍幹部、プロメテウスが霧の秘術書を欲しがっています、だから、シリュウはこのような行動を起こした、秘術書がここにあれば今度はシリュウを超える刺客が襲ってくる、俺はここの里のみんなに死んでほしくない」



ヤナギは逡巡した。霧の秘術書は代々守り続けられてきた禁術書だ。部外者に渡せるものではない。



「だが、今度はレン殿が命を狙われることになる」



「俺なら勝てます」



力強く即答した。少なくともヤナギ達よりも戦える自信はある。



まあプロメテウス本人が襲って来たら、為す術なく殺されるだろうが。魔王軍幹部は全員がゲームバランスとは何なのかと問いたくなるほど、頭のおかしいパラメータを持っている。



しかし、プロメテウスの性格を考えると自分が動くことはしないだろう。奴は指示を出す側であり、部下を使って策略を練るタイプだ。同じ幹部の脳筋代表ウォルフガングとは違う。



「一晩、考えさせてくれ」



それがヤナギが今出せた精一杯の結論だった。俺は頷いた。



「俺はただ、もう誰かが傷つくのが嫌なだけです、それだけは分かっていてほしい」



そう言って、ヤナギから離れる。後はヤナギが決めることだ。



俺は次にイズナと他のくノ一が集まっているところに向かう。女性が集まっているが、そこにリンの姿はない。



リンはなぜか忍者の中でも特に屈強な親父達に混じり、酒をグビグビ飲みながら戦闘談議に花を咲かせていた。



ポチは食事をとって満足したのか、お腹を上に向けてだらしなく爆睡している。



俺は覚悟を固めた。今がチャンスだ。イズナや他のくノ一とお近づきになりたい。



一歩踏み出すが、そこで足が止まる。尋常ではない冷や汗が流れ始める。



トラウマがフラッシュバックした。大学生になってからの飲み会。本当は女子とおしゃべりしたいのに、気がついたら話す相手がおらず、テーブルの端で1人で愛想笑いしながら、酒を飲み続けるだけの自分。



場を盛り上げるイケイケキャラのチャラ男が空気を支配し、俺はただ邪魔をしないように空気に徹する。



そのヒエラルキーは決して覆ることがない。優しい女子がたまに話しかけてくれるが、俺の話が面白くないと判断すると、トイレに向かい席を立つ。そして戻ってきて俺と離れた場所に座る。



あの経験が俺の心に深い傷を生んだ。



「体調でも悪いのか?」



後ろから声をかけられ、俺はびっくりして振り返る。サスケが心配そうな顔をしていた。



「いや、そんなことないよ、少し酔っただけだ」



「そうか」



サスケは俺を真っ直ぐに見つめた。そして、改めてお礼を口にした。



「今回のことは本当に助けられた、もし俺の力が必要な時はいつでも言ってくれ、どこへでも駆けつける」



俺は少し驚いた。本来ゲームではサスケとイズナが仲間になるのは霧の一族イベント中と、シリュウを倒してそのイベントを終わらせた後だ。



そもそも俺は霧の一族イベントが起こる前に全てを解決してしまったので、仲間にならないかと思っていた。



これはゲームの仕様ではなく、単純にサスケの好意だと分かり、俺は少し嬉しくなった。



サスケとイズナはステータス的には強いとは言えないが、有益なスキルを持っている。



『疾風陣』や『水鏡陣』などのスキルを進化させた、『疾風迅雷』と『鏡花水月』はかなり使える。むしろそのスキルがなければ倒せない敵もいる。



「ありがとう、その時はよろしく頼むよ、よし、じゃあ今夜は飲もう!」



俺はサスケと肩を組んで、引っ張っていく。やっぱり男同士で飲むのも気を置かずに楽しいものだ。



サスケは肩を組まれ馴れ馴れしくされるのに、困った顔をしている。だが、こいつは根がすごくいい奴で実は満更でもないと思っているはずだ。



夜が更けるまで、宴会は続いた。






________________________



人間は学習する動物だ。



しかし、俺は学習が出来ず、再び飲みすぎて頭が痛い翌朝を迎えていた。飲みやすくでグイグイ飲んでいたあの酒は、意外に度数が高かったらしい。



「き、気持ち悪い」



俺は水を飲みながら、こめかみを抑える。



「レン、おはよう」



そして、ほのかに汗をかいたリンが元気に迎えにきた。声が頭に響く。



「いい機会だから、里の忍者たちと朝から組手してた」



あれだけ昨日、酒を飲んでいたのに何て健康的な朝を迎えているのだろう。俺は信じられなかった。



「ヤナギさんが探してたから、呼びにきたんだけど、来れる?」



「もちろん……今行くよ」



俺はきつい身体に鞭を打ち、起き上がった。そして、ゾンビのような足取りで部屋を出た。



外では里の忍者が広場に既に集まっており、その中心にヤナギが立っていた。俺はヤナギの元まで歩いていく。



頭痛はまだするが、少し慣れてきて楽になっていた。それよりも今は大事な瞬間だ。俺は姿勢を正した。



「昨日あれから考えた」



ヤナギは静かな声てそう言った。俺は何も答えずに次の言葉を待つ。



「霧の秘術書は代々守って来た里の宝だ、だが、俺はここにいる皆の命の方が大切だと判断した」



装束の胸元に手を入れ、ヤナギは臙脂色に金の刺繍がされた巻物を取り出した。



「だから、レン、君を信頼しこれを託す、私の代わりにこの秘術書を守り抜いてくれ」



俺はその巻物を手に取る。見かけよりもずっと重かった。それはヤナギからの重責の重さかもしれない。



「はい、俺はこの秘術書を守り抜きます」



ヤナギは何かが吹っ切れた晴れやかな表情で笑う。



「これから何か困ったことがあれば言ってほしい、我々は君の力になる」



俺とヤナギは強く握手をした。その後、俺は手に入れた秘術書を空に向かって突き出した。



しばらくそのままの姿勢でいて、俺はそれを懐に仕舞い込む。



プロメテウスには任意の場所を上空からの視点で見ることができる『天眼』というスキルがある。



奴の細かい性格を考えると、シリュウが昨晩行動を起こそうと計画していたことも把握しているはず。間違いなく、この光景も見えているだろう。



だから、俺はあえて空に向けてアピールし、秘術書は霧の一族ではなく、俺が持っていることを示した。



それから俺たちは一族の者たちの引き止めにも合いながら、足早に里を出ようとした。



最後にイズナとサスケが代表して入口まで見送りに来てくれた。



「レンさん、私も何かあったら力になるから言って下さい、あの時レンさんを信じてよかった」



「レン、里のみんなは俺が守る、だから秘術書を頼む」



「ああ、じゃあまたいつか会おう」



俺たちは大きく手を振りながら、フランバルト大樹海へと入っていった。



完全にサスケとイズナの姿を見えなくなった後、リンは俺の横を歩きながら、少し照れくさそうに呟いた。



「里のみんなのために秘術書を守るなんて……やっぱりレンは……」



「ぐふ、ぐふふふ、よっしゃー! 霧の秘術書ゲットしたぜ!ヒャッハー!」



何かリンが言っていたが、俺の意識は完全に霧の秘術書に行っていた。サスケたちの前で我慢していたが、もう我慢出来ず喜びのダンスを披露する。



俺は飛び跳ねながら、秘術書を開き、中を読み始める。笑いが止まらない。



霧の秘術書は本来ゲームでは魔王軍幹部、賢王プロメテウスを倒さないと手に入らないレアアイテムだ。読めば、特別なスキルを手に入れることができる。



それをこんな早いタイミングで、プロメテウスと戦わずにゲットできるなんて、現実は最高だ。途中から、いかに霧の秘術書を手に入れるかばかり考えていた。盗むことも視野に入れていたが、無事に手に入って良かった。



「……」



リンの目がなぜか地面を這う虫ケラを見るように冷たかった。










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