ライガスとの謁見
「私はレンと言います。グランダル国王から書状をいただき、アニマまで来ました」
「サミュエルからか。懐かしい」
ライガスは再び王座に座った。側近の虎の獣人が俺に近寄ってきて書状を要求する。俺はグランダル国王からの書状を渡した。
側近はライガスへとその書状を持っていく。受け取ったライガスはグランダル国王のサインを入念に確認した後、器用に小指の鋭い爪で便箋を開けた。
「……なるほど」
迫力が違う。グランダル王も確かに立派だが、あんまり威厳とか感じられない。理由は分からないが、俺を息子のように扱っている気がする。ライガスはまさにその名の通り、百獣の王だ。国を背負う者としての矜持を感じる。
「まずはマークロンを助けてくれたと聞いた。礼を言う」
「いえ、まーく、ごほんっ、マークロンさんを助けるのは当然です。私は獣人と友好的な関係を結びたいので」
「我もそのつもりだ。先に貴殿の目的を聞こう。ただ手紙を届けに来ただけではないだろ。不毛なやり取りは無用、率直に話せ」
ゲームとは違い現実になったから分かる。ライガスはただ強いだけじゃない。俺に本命の目的があると見抜いている。変に誤魔化す必要はないだろう。
「アニマが所有する勇気のエメラルドをいただきたいです」
「勇気のエメラルド。我が父が竜人から預かったあの石か。金銭が目的ではなかろう。理由はなんだ?」
「封印されている仲間を助けるためです」
嘘ではない。まだこの世界では会ったことがないが、ソラリスは俺の大切な仲間だ。
「ふん、嘘の匂いはせぬ」
ライガスは鼻をふんと鳴らす。もしかしてライガスは嘘ついたら分かるのか。そんな設定ゲームではなかったはずだが。
「良かろう。あの石はお前に譲ろう」
「え! 良いんですか!?」
まさかこんなにあっさり許可されるとは思っておらず、驚いてしまった。
「野生の勘というのか。貴殿は今断ると宝物庫から勝手に盗み出しそうな匂いがする」
「え、えええ、そ、そんなわけないじゃないですか! これっぽっちも思ってないですよ!」
「ふむ。嘘の匂いが濃くなった」
恐るべき野生の勘。
「ふふ、冗談だ。サミュエルが面白い奴だと書いていたからな。試しにからかっただけだ」
グランダル王め、今度あったら文句を言おう。
「勇気のエメラルドは譲ろう。その代わりに1つ依頼を受けてはくれないか。サミュエルはお前がどれだけ優秀な男か書いている。国を救った英雄らしいな」
グランダル王のせいで厄介なことになりそうだ。しかし、依頼をこなすだけで勇気のエメラルドを手に入れられるなら、それで良いと思う。さすがに盗み出してライガスと敵対するのは避けたい。
「どのような依頼でしょうか」
問題はその依頼の内容だ。ゲームと同じならウルカンを説得してくれというイベントになる。これを承諾することでライガスパートに移行する。その場合、最終的にウルカンと戦闘することになる。それは絶対に回避したい。
「我が不在の間、マークロン達と一緒にこの村を守ってくれぬか?」
「え……守るですか?」
予想外だ。ゲームではこんなイベントは存在しなかった。不在とはどういうことなのだろう。
「最近密猟者が獣人達を攫っている」
「はい。それはマークロンさんから聞きました」
「ある筋から情報が入ってな。そいつらのアジトが見つかった。このジャングルの奥地にある」
「それは良かったです。攫われた人も救出できるかもしれません」
「ああ、我はそのアジトを壊滅させに向かう」
違和感がある。王はこの国の最大戦力だ。部下に指示をして行かせるのが自然だろう。
「王が自ら向かう必要があるのですか?」
ライガスは怒りで熱くなって判断を間違えるようなタイプではない。何か別の理由があるのだろう。
「かなりの強者がいるようだ。我が友を倒すほどの」
人攫いなんてするような犯罪者キャラにそんな強敵がいただろうか。
そして、ライガスに友と呼ばれた人物。俺にはあいつ、ウルカンしか思いつかない。
「人間の魔道具にはその光景を絵のように保存できる便利なものがあるようだ。我はその絵をこの目で確かに見た。我が友が死んだ。我が行かなければきっと部下を失うことになる」
話が読めた。獣人の中でウルカンとライガスは強さが拮抗するツートップだ。そのウルカンが負けた相手となれば、部下の獣人を送り込んでも無駄な犠牲を出すだけだ。勝てる可能性があるのはライガス以外にいない。理にかなった判断だ。
だが、果たしてそんなことがありえるのか。このLOLであのウルカンを倒せる人間なんて……挙げようと思えば何人か思いつくな。だが、ジャングルの奥地で獣人を攫うようなことをするとは思えない。
クラウスの姿が頭に浮かんだ。ゲームでは登場しなかった圧倒的な強者。この世界にはまだ俺の知らないキャラクターがいるのかもしれない。
嫌な予感がする。イレギュラーが進んでいる。ゲームのシナリオから外れれば外れるほど、危険は増えていく。
「だから、我がここを離れる間、この国を守っていてほしい。恐らく攻めてくる者などいないと思うが、念の為だ」
「分かりました王が不在の間、この国を守るために尽力します」
ライガスが不在だったとしても、他に覚醒できる獣人は多くいる。バルトニア帝国が総力をあげても、戦力はこちらが上だ。ただ留守番しているだけで終わるはず。
「ありがとう……。我は王でありながら、1人の獣人」
王が悲しそうに表情を歪めた。何もない虚空を見る。彼の目には俺達には見えない何かが見えていた。
「戦力という面での合理的な判断、それが王として考え、そして、もう一つは我が友を殺した者への敵討ち、それが1人の獣人としての考えだ」
ライガスの拳に力が入る。悲しみと怒りが混じった表情、たてがみは感情の高ぶりによって逆立っていた。
ライガスとウルカン。幼少期より一緒にアニマで育った親友。俺はゲームで2人の物語を知っている。人間により迫害され、それでも獣人のために戦った2人。共に悪魔から力を得て、アニマ独立のために戦った英雄だ。
しかし、アニマが独立をした後、2人の思想には相容れない差があった。ライガスは獣人を守るため、人間との共生を望んだ。恨みは恨みを呼び復讐は連鎖する。ライガスは自分たちが怒りを飲み込むことによって、復讐の連鎖を断とうと考えた。
ウルカンは違った。彼の人間への恨みは消えることがなかった。力を手に入れて独立した後、彼は人間を攻め滅ぼすことを望んだ。
幼少期より親友で、共にアニマを独立させた英雄は袂を分けた。譲れない思いにより2人は対立し、最終的にウルカンは同じ思想の同志を引き連れて、アニマを出ていった。
ゲームでは、ハッピーエンドは用意されていない。実にLOLらしい。ライガスパートになれば、プレイヤーがウルカンを殺すことになる。最後にそのことを伝えた時、ライガスは何とも言えない表情で礼を口にする。
ウルカンパートになれば、バルトニア帝国が滅ぶ。人間を奴隷として扱う暴君としてウルカンが君臨する。
いつも救われない。LOLのシナリオライターは人の不幸を好んでいる。俺は違う。俺はハッピーエンドが好きだ。