アニマ到着
「マー君、あとどれぐらいで到着するんだ?」
「そうだな。あと10分も歩けば着く」
「マー君たちは植物のこと知っているの?」
「ジャングルの危険な植物のことか? もちろん、子どもの頃に覚えさせられる。俺達獣人は常にこの森と一緒に暮らしているからな」
いつの間にか俺達はすっかり打ち解け、マー君とも仲良くなった。獣人たちは俺が何も言わなくても危険な植物を回避して歩いてくれるから随分と楽だった。
「密猟者もそうなんだが、バルトニアの動きも最近怪しくてな」
信頼してくれたからか、マーくんはアニマの現状を教えてくれる。
「バルトニアはいつだって怪しいだろ? アニマに戦力がなかったらすぐに侵略してくる」
「それはそうなんだが、どうもきな臭いんだ。明らかにバルトニア兵を近隣の森で見かけることが増えた。今度オズワルドさんに聞いてみようかと思っている」
オズワルドか。ゲームでは国王に振り回される苦労人というキャラだった。若い頃はかなりの手練れだったようで仲間にするとそこそこ強い。ちょび髭があるから歳をとって見えるが、実は筋骨隆々というイケオジだ。
体術と剣を組み合わせる戦闘スタイルで、尖ったものはないが単純に戦力になる。ゲームでもパーティに組み込んでいるプレイヤーがいた。バルトニア帝国の最大戦力の1人だ。
そもそもバルトニア帝国にはあまり強いキャラクターがいない。大臣のオズワルド、将軍のイワン、あとは特殊枠のハインリヒぐらいか。強いと言ってもライガス1人で全員勝てるレベルだ。
「オズワルドさんは人間の中でも本当に良い人なんだ。よくアニマに外交官として来てくれて、一生懸命良い関係を築こうとしてくれている。アニマの子どもたちにも大人気だ」
オズワルドは確かに温厚で人当たりの良いキャラクターだ。しかし、彼の固有イベントのストーリーがひどいとネットで話題になっていた。俺はオズワルドは別に仲間にしていなかったから、どのような中身かは知らない。
「でもさすがのバルトニアもライガスに喧嘩は売らないだろう。いざ戦争になってもアニマが勝つ」
「ああ、ライガス王は最強だ。でも俺は勝てたとしても戦争は嫌だ。味方でも敵でも、死んだら悲しむ人がいる。それでも……もしそうなったら俺は仲間を守るために戦うけどな」
マーくんのこういう一面があるから、部下に慕われるのだろう。争いを好まない。でもいざ戦争が始まれば彼は同胞のために前線で戦う決意もある。
「密猟者ってのは本当にいるのか?」
「ああ、襲われて何とか逃げ延びた子が伝えてくれた。その子の友達は未だに行方知れずだ」
「そもそも国の外に出なければいいんじゃないか」
「そうもいかない。アニマは食料の調達などは基本的に狩りや採集だから、生きるためには外で食料を手に入れないと行けない。今は警戒し、兵士も一緒につきながら外に出ている。少し前までは子どもたちの遊び場は周りのジャングルだったが、今は危険過ぎて外に出していない」
「そんなことがあったらライガスが黙ってないだろ?」
「そうだ。だから王の命令で俺達は今こうやって調査している。さすがに証拠もないのにバルトニアと決めつけて攻め込むわけにもいかないからな」
獣人たちにも厄介な事情があるようだ。俺が変に首を突っ込む必要もないだろう。俺には俺の目的がある。
「見えてきたな」
鬱蒼とした木々の向こうに一際大きな木がある。その木は頑丈な枝を持っており、枝の上に無数の家が作られている。
獣人の国アニマだ。アニマはいくつもの大木を吊橋のようなものでつなぎ、木の枝の上に街を作っている。まさにジャングルと一体化している。
周囲は塀に囲まれているので、俺達はマー君に案内されて迂回する。
入口に周ると巨大な木製の門があった。多くの獣人の兵士たちが見張りをしていた。ここが防衛の拠点、全員が覚醒できる獣人だろう。
マー君が先に話をつけてくれて、俺達はすんなりとアニマへの入国を許された。
大きな木の葉が空を覆っているため、湿気はあるが気温はそこまで高くない。地面の苔が絨毯のようで柔らかい。皆興味津々にアニマの町並みを見回している。ジャングルの中とは違い、調和された自然がここにはあった。
兎、猫、虎、鹿、様々な種類の獣人たちが暮らしている。皆、旅人を歓迎しているようで、積極的に声をかけてくれる。ポチが獣人だからか人気者だった。獣人の子ども達がポチに群がっていた。
旅人用の露店で俺たちはマー君おすすめの赤い実を買った。甘いトマトような味がした。たまに苦いハズレが混じっているらしく、ドラクロワが見事に外れを引いてあまりの苦さに悶絶していた。
「どうだ? アニマは」
「良いところだな。皆に活気がある」
「俺は思うんだ。獣人とか人間とか、そういう括りはいらないんじゃないかって。人間が暮らす場所にも活気がある街はあるだろ?」
「グランダル王国とかまさにそうかもな」
「種族なんてただの個性だ。大事なのはもっと別のことだと思っている」
「マー君は優しいな」
マー君は大きな手で頬をぽりぽりかいた。
「よしてくれ、照れる。これは王の教えだ。俺は王を尊敬しているから、あの人の教えを守っているだけだ」
俺たちはそのまま中央の一番大きなテントへと案内してもらう。アニマの中でもかなり警備が厳重だ。ここでもマー君が先に入って状況を伝えてくれる。
マー君が出てくると親指でグッドのサインを出してくれた。俺達は許可を得たので、テントの中に入ろうとした。その時、入れ替わるようにある人物が出てきた。
深緑の軍服を着た背の高い男。整えられた口ひげが目立つ。バルトニア帝国大臣オズワルドだ。
オズワルドは一瞬で俺達を見回した。咄嗟に俺たちの戦力分析をしたと感じ取った。自国以外の外交中なら当然の反応なのだろうか。わずかに見せた鋭い眼差しは獲物を狙う獣のように思えた。
オズワルドはすぐに軽く微笑んで俺達に会釈をした。俺も会釈しておく。先程マー君が言っていたように外交官としてアニマに来ているのだろう。
その後、オズワルドは仲良さそうに他の獣人たちと話をしていた。獣人の子供達が彼の下に集まっていた。マー君から聞いたように獣人の子ども達からは大人気のようだ。
俺達はテントの中へと入る。中はかなり広く、ランプが所々に設置されていて明るい。金の刺繍が入ったカラフルな布が四方の壁を飾っている。
その中央に彼がいた。他の獣人とは存在感がまるで違う。3メートル近い巨体に、燃え上がる炎のようなたてがみを持つ男。
ライオンの獣人、アニマ最強の覚醒者、ライガス王だ。
ライガスは俺達を見て、ゆっくりと立ち上がった。猫科特有の目が俺達を見ている。獰猛な見た目と違い、その目には深い知性が感じ取れた。
「我はライガス、この国の王だ」
マー君が横でひざまづく。俺たちも見よう見まねで同じ姿勢を作った。