ある日、森の中で
意味が分からない。ゲームではウルカンと手を組んだりしなければ、獣人族と敵対することなんてなかった。なぜいきなり襲われることになるのだろうか。
「フレイヤ」
フレイヤが指を鳴らし、空中で爆発が起こる。放たれた矢は全て爆風で吹き飛んだ。間髪をおかずに次の矢が放たれる。矢と同時に赤いオーラを纏った何かが飛んでくる。
「気をつけろ。覚醒した獣人が来る」
覚醒した獣人は体にうっすらと赤いオーラが見える。身体能力がとんでもなく上がるため、向こう岸からジャンプで渡ろうとしてきたのだろう。黒いクマのような見た目で巨大な棍棒を持っている。かなりサイズが大きい。
フレイヤが軽い爆風で飛んできた矢を吹き飛ばすが、覚醒した獣人は全くの無傷だった。
「来るぞ!」
砲弾のように飛んできた覚醒獣人が氷の上に着地する。
「俺はアニマの、ふごおぉ!」
何か叫んでいたが着地した衝撃で氷が割れ、川の中に沈んだ。
そのままバシャバシャと手足を動かす。水中からモンスターの襲撃を受けているようで、どう見ても溺れている。泳げないようだ。
「た、助けるぞ!」
俺はしばらく唖然としてしまったが、我に帰ってみんなに声をかける。ユキが足場を作り、一番リーチの長いデストロイヤーをドラクロワが伸ばし捕まらせる。その間、さすがに空気を読んでくれたのか獣人たちからの矢の追撃はなかった。
くまの獣人は何とか氷の上に上がり、ぜいぜい言いながらぐったりしていた。背中にまだピラニアが噛みついたまま、プルプル震えている。
「ご、ごほん。俺は……アニマの……ごほっ、偉大なる戦士……マークロンである」
毛がびしょ濡れでピラニアをつけたままなので、全く威厳が感じられない。意外にも目がまんまるで、愛嬌がある。クマって獰猛らしいけど見た目は愛らしいんだよな。
「あ、どうも、冒険者のレンって言います。こっちにいるのは……」
「違う違う! 自己紹介を求めたのではない! 戦う前に名乗りを上げるのが戦士としての礼儀だからだ!」
必死に顔をふりふりして否定している。やっぱりこのくまさん可愛い。リンとか口元がにやけている。
「俺達戦う気ないんだよ。そっちがいきなり襲ってきて困惑してる」
「何! 貴様らは密猟者ではないのか?」
「密猟者? 違うよ。ああ、そうだ、ライガス王に手紙を届けに来た」
俺はグランダル国王からもらった手紙をちゃんと署名が見えるように提示する。
「こ、これは失礼しました! まさか王の客人であったとは」
急に態度が恭しくなる。どうやら理解はしてもらえたようだ。
「俺たちただの冒険者だから、そんなに畏まらないでくれ」
「そう……なのか。それは助かる。実は敬語とか苦手なんだ」
「それで、どうして俺たちをいきなり襲ったんだ?」
「最近密猟者が多い。俺たちアニマの兵士達で見回りをしていたんだ」
「密猟者?」
「ああ、覚醒できない獣人の若者や子供が攫われて何人も行方不明になっている」
ゲームではそんなことなかった気がする。確かにバルトニアはもともと獣人を奴隷としていた歴史があるし、今でも差別意識はある。また獣人の皮や毛などを買うコレクターなどもいる。
「だからっていきなり襲うことはないんじゃないか?」
「だって、正面から来ないで裏から来るなんてどう考えても怪しいだろ」
ごもっともだ。アニマの入口には門があり、常に兵士が常駐し厳重な警備がされている。バルトニアに面しいているからだ。一方で他の部分はジャングルで囲まれ、自然の要塞となっている。
この危険なジャングルを突破しようなどと無謀なことを考える人は自殺志願者か、後ろ暗い理由のある犯罪者か、植物図鑑を丸暗記している英雄くらいしかいないだろう。
「俺達は密猟者から仲間を守るために国の周辺を探索しているんだ」
可能性があるとしたらやはりバルトニア帝国の人間か。しかし、バルトニア帝国はライガスの強さを知っている上でそんなことをするだろうか。ライガスや覚醒獣人の強さは人間がどうこうてきるものじゃない。戦力バランスはどう見てもアニマに偏っている。一部の犯罪者集団が己の欲で動いているだけかもしれない。
俺達はユキが足場を作っていき、向こう岸まで移動した。マークロンが他の獣人の兵士たちに説明してくれたおかげで獣人からの理解が得られた。
王国の兵士なのだから他にも覚醒できる獣人がいると予想できる。覚醒した獣人と戦闘になるのはかなり厄介だ。最初に来たのがマークロンで良かった。
マークロンがアニマまで案内してくれることになり、俺達は彼らと同行した。マークロンは兵団長らしく、みんなから慕われていることが分かった。
「団長はかっこいいんです! ちょっとドジですけど」
「強さは俺達兵団の中ではダントツですね! ドジですけど」
「ドジなことを抜きにすれば、頼れる最高のリーダーです」
「お前ら失礼なことを言うな! 俺はドジとかしないぞ! おっ!」
マークロンは足を踏み外して、坂をごろごろと転がっていった。黒いもふもふのボールにしか見えない。
「っふ、ははは」
リンが思わず吹き出している。リンはあまり自分から言わないが、動物が好きなんだろう。さっきも前を歩く兵士のふわふわ尻尾を掴もうとして、慌てて自制している現場を見た。ポチが一番懐いているのもリンだ。
マークロンは落ち葉を体中にくっつけながら、再び坂を登ってきた。恥ずかしそうに耳がペタと垂れている。
「歴戦の戦士でも……たまにこういうこともある」
大きな手でこめかみをかいて取り繕う。ぐっ、可愛さの破壊力が半端でなはい。もうリンとか悶えて瀕死状態だ。
「もう……無理……我慢できない」
リンは何かを呟きながらマークロンに抱きついた。いつもは冷静なリンでも限界だったようだ。マークロンのもふもふを味わいたくて我慢できなかったのだろう。
「え、ちょ、ちょっと待ってくれ! な、なんだ?」
マークロンが急なことに慌てふためいている。
「きっと団長の魅力にやられちまったんですよ!」
「団長かっこいいっすもん!」
「さすが、団長! 隅に置けませんね」
「く、くまる! 俺には心に決めた人が」
くまるって言ってしまった。困るをくまると言ってしまった。もうやめてあげてくれ。リンはこれ以上耐えられない。
「団長、ニーナさんのこと好きですもんね!」
「この前、デートに誘おうとして、もじもじして結局誘えてませんでしたね」
「団長はその時渡せなかった花束を家の花瓶に飾ってますよね」
「ぐおおおお! お前らなんでそんなことまで知っているんだ!」
「俺達全員応援しているんで! そのときのこと影に隠れて皆で見守っていたんです!」
「団長を応援するのが部下の努めかと」
「団長なら絶対成功します! 自信を持ってください」
「ううう……もうやだぁ」
マークロンは恥ずかしそうに、大きい両手で顔を覆っている。その仕草も可愛い。
くまのマークロン。ゲームのときはそんなに気づかなかったが、LOL屈指のマスコットキャラクターかもしれない。俺はこれから彼のことをマーくんと呼ぶことに決めた。




