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無理ゲーの世界へ 〜不可能を超える英雄譚〜  作者: 夏樹
第6章 英雄の挑戦
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高い壁



翌朝、俺はいつもの頭痛に苦しめられていた。毎回次の日になってから後悔する。



宿屋の外に出ると、リンとエルザが模擬戦をしていた。いつもながら俺より飲んでいるのにリンは朝から健康的すぎる。きらきらと汗を光らせながら、2人は剣を交えている。気の所為かもしれないが、少しエルザの動きに違和感があった。



エルザの鋭い斬撃をリンが回転を交えて回避したところで動きが止まった。



「はあ……はあ……今のリン、レンみたいな動きだった」



「ふう……まあ、真似てはいるけど、でもやっぱり足りないと思う」



「ああ、それは分かる。戦っているときの感覚が違うな。あの実体がない靄を相手にしているような変な感覚」



「そう! それ! レンと手合わせすると感じるよね。そこにいるのに決して届かない遠い場所にいるような」



2人は俺に気づかずに盛り上がっている。ただ回避がうまいだけだと思うんだが。リンとエルザはいつの間にか仲良くなっていたようだ。エルザは城を抜け出してきたのだろう。



「お前たち朝から元気だな」



「おはよ。またいつもの頭痛?」



「くっ、まるで俺が学ばない男みたいじゃないか。まあ、その通りだけど」



「おはよう、レン。よかったらレンも一汗流さないか?」



「いやいや、体調悪いんだって」



「体を動かせば頭痛だって消えるさ」



完全な脳筋発言だ。今は運動より頭痛薬がほしい。



「今のレンなら当てられるかも」



「確かに! 2人がかりなら行けるかもしれない」



なぜか勝手に話が進んでいく。



「いやいや、だから体調悪いんだって」



「もしレンが二日酔いの時に敵に襲われたら回避できずに負けるんだね」



「さすがに本調子ではないレンを相手にするのも気が引ける。レンも私たちに負けて恥ずかしいだろうしな」



なんだか腹が立ってきた。2日酔いだから俺に一撃入れられる前提でいるのか。英雄の回避術も甘く見られたものだ。その程度で精度がブレるほど俺の回避術は安くない。



「……やってやるよ。お前たちに本物を見せてやる。2人がかりでかかってこい」



2人は顔を見合わせて笑い合った。あれ、もしかして安い挑発に乗せられたのかも。



こうして、二日酔いの俺はリンとエルザ2人がかりでの模擬戦をすることになった。今更だが、この2人相手だと結構きつい気がしてきた。



「では胸を借りるぞ。レン」

「行くね」



まずエルザが消える。『天歩』だ。これは風の音で出現する方向が分かる。俺にその移動術は通用しない。



「はあああ!」



「え?」



同時にリンから無数の風の刃が飛んでくる。いつの間にかファミリアに風属性を付与している。



目で見えない風の刃だが、俺はファミリアの振り方と空間の歪みから、透明な斬撃を完璧に知覚できる。だが、この風の刃の目的は俺に当てることじゃない。この程度では回避されることは、百も承知だろう。



リンの狙いはエルザの風の音をごまかすことだ。俺は風の刃のせいで『天歩』の風の音が聞き分けられない。以前、俺がエルザの『天歩』を見切る方法を教えたことがあった。そこから逆算して手を考えたのだろう。単純だが、かなり有効な手だ。



エルザの攻撃速度は全キャラクターの中でトップクラス。『天歩』を視認してからでは回避が間に合わない。



時の流れが遅くなり、世界が止まる。まさかリンとエルザとの模擬戦でこの集中状態が必要になるとは思わなかった。こいつら、偶然を装っているが綿密な打ち合わせを行っている。俺と模擬戦を行うために一芝居打ったな。



聴覚が頼りにならないなら、別の方法しかない。エルザのモーションには癖がある。俺の脳裏にエルザとの今までの戦いが駆け巡る。記憶の濁流が強烈な頭痛を生む。



その痛みに耐えながら、俺は自分の感覚を信じた。エルザは『天歩』を発動する瞬間、重心が右足に乗っていた。その状態からエルザが現れた回数は左後ろが8割を超える。2割は右だったが、それは地形が特殊だったときだ。この平地なら間違いなく左だ。



左後ろからエルザは現れる。今までの記憶から俺は未来を予想した。












そう思ってほしいんだろ。リン。













俺はエルザが右に現れる前提で回避行動を取る。その瞬間、リンの表情が変わったのを見逃さなかった。エルザが案の定、右後ろから現れる。



先ほどのリンとエルザの模擬戦。同じ足の踏み切りから、何度かリンの右横に移動していることがあった。エルザの癖では8割左なのにだ。あの時は気づかなかったが、俺の持った小さな違和感の正体だ。



あれはリンがエルザの癖に気づいてエルザに教え、補正、練習をしていたんだろう。偶然かどうかはわからないが気づいたこと事態が素晴らしい観察眼だ。そして、その癖を直そうとするだけでなく、利用しようとしたのが、もはや英雄の思考。



自分が見抜けるのだから、俺がエルザの癖を見抜いていると信じた。聴覚が使えない状態になれば、俺がその癖を利用すると仮定した。



本当にぞっとするな。長く戦闘をしても俺に一撃を入れることなんてできない。可能性があるのは、先手必勝の予想外の一撃。その前提でリンは作戦を練ったのだろう。



模擬戦の前からの芝居も込みで、望んだ未来に持っていこうとする姿勢はまさに英雄だ。だが、模擬戦前の練習を俺に見られたのは計算違いだったな。あれを見なければ俺も罠に嵌まっていた。



きっと俺がいつ起きてくるかわからなかったから油断したのだろう。まだまだ詰めが甘い。



俺はエルザの斬撃と同時に到着した風の刃の全てをあっさりと躱す。エルザは止まった。もうこれ以上続けても無駄なことに気づいている。



「本当に……レンは化け物だと思う」



リンが悔しそうに言った。俺が偶然右を選んだとは思ってないのだろう。目を見れば分かる。



「私は嬉しいぞ。超える壁は高ければ高い方が燃えるからな。次こそ一発入れてやる」



「ふふ、そうね。次こそ入れてみせる。また考えるから付き合ってよ」



2人はなぜか満足そうだった。



「ああ、でも2日酔いの日はもうやめてくれ。ちょっとリリーさんにポーションもらってくる」



俺はより悪化した頭痛を治めるために、麗しのリリーさんのもとに向かった。



実はポーションなんていっぱい持っているのだが、あえてリリーさんに買いに行く。それが頭痛の治療には必要不可欠だからだ。相変わらずリリーさんは美しかった。












昼になり、各々が準備を終えて飛空艇に集まった。



「よし、準備はいいか」



「わん! ちゃんとおやつ買った!」



デュアキンスも真面目に集合している。俺なら逃げ出していると思うが、本当に人が良すぎる。



「よし、ギルバート、出発してくれ」



「了解した」



ギルバートが飛空艇を離陸させる。デュアキンスは珍しいのか、窓から景色を眺めていた。



「目指すはアニマ、獣人の国だ」



多様な種族が住む未開のジャングル。そして、未踏の秘境に隠された奈落の入口。悪魔と死者が跋扈する超高難度ダンジョン。またとんでもない無理ゲーが待っているかもな。それでも俺たちなら超えられる。



「またレンが笑ってる」



リンがそう呟いた。





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