留まる爪
俺はその後、ダインの鍛冶屋で武器の耐久値などをメンテナンスし、必要な消費アイテムをリリーさんの店で揃えた。リリーさんは相変わらず美しかった。
職業はジョーカーのまま変えない。あまり経験値を得られる機会がなく、ジョーカーの他のスキルを入手できていないからだ。
夜になり、デュアキンスを交えて仲間のみんなと酒場で宴会をした。デュアキンスはほとんど自分から話題を降ることはないが、酒宴は結構好きなんだと思う。人の話に耳を傾けながら、血のように赤い酒を飲んでいる。
いつもながら常連のダインとヘルマンはマロンちゃんの曲を熱唱している。振り付けまで完コピだ。
俺はハルのことを考えていた。結局ハルはあの後姿を消した。
きっと俺が死んだと思い込み、もうここにいる必要はないと思ったのだろう。淡白というか薄情というのか。
ハルはゼーラが死んだことをそのうち知るだろう。そうなれば俺が生きていたと気づくはず。そのうち、またひょっこり顔を出すと思ってる。「先輩、心配したんですよ」とか言いながら。
ハルはずっと俺に隠し事をしていた。それは感じている。だが、俺にはあいつが悪い奴だと思えなかった。
俺が騙されやすいのかもしれないが人を見る目は確かだと思ってる。
「レン! アニマでの作戦を教えて」
リンはエールを片手に俺のテーブルにやってきた。
もう彼女も立派な英雄だ。こういった攻略のための話を聞くのが好きなのだろう。気持ちはよく分かる。やっぱり攻略話って盛り上がるんだよな。
「特にアニマは問題ないと思うぞ。グランダル王に書状書いてもらったから、それをライガスに見せて宝物庫にある勇気のエメラルドをもらうだけだ」
「すんなりともらえるの?」
「それはわからないな。まあもしもらえなかったら、ぬす……」
「ぬす?」
「っごほん、何か別の手を考えよう」
いざとなれば、こっそりと宝物庫に侵入して無断で拝借すれば良い。アニマの宝物庫はセキュリティがザルだから場所さえ知っていればいつでも取ってこれる。
「ライガス王と戦いになる可能性は?」
「グランダル王の書状があれば問題ないだろ」
「ライガス王って私よりも強い?」
「ああ、多分俺達が束になっても普通に負けるな」
獣人の覚醒者は異常な強さを持つ。何よりステータスが300レベルオーバーのキャラよりも大幅に高い。なぜか仲間にすると敵として戦う時よりも、明らかにステータスが下がっているというゲームではよくあるご都合主義の設定もある。
俺はリンにお願いされ、覚醒した獣人に関して話し始める。ステータス強化は本当に恐ろしく、素早さと攻撃力が高すぎるため、一瞬で一撃死させられる。
もはやボス戦ではそれがデフォルトなので、今更リンも驚いていなかった。俺とリンなら何発かは回避可能だと付け加えておく。さすがに複数で一斉に攻撃されたり、連続攻撃されたらずっと回避を続けることは難しい。
「問題は最大HPだ」
獣人の覚醒者は最大HPの上昇が異常値になる。とにかくHPが膨大にあり過ぎていつまで経っても戦闘が終わらない。しかもあいつらHPを全回復させるアイテムも使ってくる。この設計は頭がおかしいとしか思えない。
ゲームで戦おうと思えばライガスと戦うことはできる。全てが一撃死のスキルを交えた猛攻を6時間回避し続け、ちまちまとダメージを削り続けた末に、全回復されてリセットさせるという鬼畜仕様で絶叫させられたのを今でも覚えている。
狼の獣人のウルカンも同様だ。ライガスに匹敵するステータスと膨大なHPがある。全回復させるアイテムも使用してくる。そして、何より『スラッシュクロー』という平凡で地味な攻撃スキルがやばすぎる。
一見普通の攻撃スキルだが、範囲が広くて避けられない。無数の刃が広がっていく広範囲攻撃だ。飛んでくる刃のエフェクトを明らかに避けているのにダメージを受ける。
LOLスタッフが1つ1つのエフェクトに当たり判定をつけるのを面倒臭くなり、まとめてダメージを受ける仕様にしたのだろう。エルザの『剣嵐』やデュランダルの『インフィニティソード』と同じような形だ。
距離を取る以外の回避の方法がないので、英雄の天敵となるスキルの1つだ。しかし、この『スラッシュクロー』、それだけでは脅威とはいえない。
三度の飯よりプレイヤーを苦しめるのが好きなLOLスタッフは、このノーマル攻撃スキルを更に昇華させた。
ゲームではウルカンの初登場時にある演出がある。それはウルカンが大木に向けて手を振るが、何も起こらないというイベントだ。
その後、ウルカンが「真に研ぎ澄まされた爪に切られると、切られたことさえ認識できん」と謎に達人みたいなことを言い始める。そして、ウルカンが去っていくときに、急に大木がずれて切り倒されるという演出がある。
LOLスタッフはこの設定を何とか戦闘にも使えないかと必死に要らない工夫をし始めた。その結果バグが発生し、ウルカンの戦闘難度が壊れた。
ウルカンの斬撃はその場に残る。
意味がわからないが、例えばウルカンが爪で通常攻撃をする。切り裂くエフェクトが発生する。エフェクトは消えるが、当たり判定はしばらく残り続ける。ウルカンが別の場所に移動した後も、その場所に仲間キャラが近づくと当たり判定が残っており、ダメージを受けるという意味不明な仕様だ。
時間が経てば当たり判定がなくなるが、その時間が30秒ぐらいと結構長い。ウルカン戦の当初、原因不明の謎の一撃死が起こりまくりネットで話題になった。
そこで英雄達の中の解析班と呼ばれる者達が、俺もその一員だったが、何度も殺されながら解析を行った。
その結果、この斬撃エフェクトの当たり判定が残るという事実が発見された。これは解析班の予想だが、LOLスタッフは攻撃した何秒後かにダメージを受けるようにしたかった。そこで、当たり判定を先に伸ばすという訳のわからない仕様にした。
しかし、これでは切られてから別の移動したらダメージを受けないという仕様になってしまう。そこで最初の攻撃でもダメージを受けるよう、当たり判定をしばらく継続させるというアホみたいな手段が選ばれた。
これが解析班の読みだ。普通ならプレイヤーへのダメージを遅らせて、しばらくしてからダメージを受けさせれば良いと思うのだが、それがプログラミングスキルとして無理だったのか、あえて俺達を苦しめるためにバグを残したのかは不明だ。いや、恐らく後者だと思う。
これによって、ウルカンが『スラッシュクロー』を使用すると30秒ほど、目に見えない当たり判定ドームが作られる。攻撃を一回食らっても当たり判定は消えないため、その内部にいると、高速で連続ダメージを受け続ける。ただでさえ一撃死レベルなので一瞬で死ぬ。
「つまり……目に見えないダメージを受ける範囲を知らないといけないってこと?」
「ああ、戦闘しながら30秒をカウントし、どこに斬撃エフェクトがあったかを覚えてその部分に入らないように戦闘しなければならない」
俺はゲームのシステムやスタッフのことを抜いてウルカンの攻撃を説明する。自分で言っていて意味不明だと思ってる。これで膨大なHPを持っているのだから勝ち目はない。
ウルカンはライガスの人間と共存するという方針に異を唱えたレジスタンスという設定のキャラだ。人間を攻め滅ぼすという過激思想を持っており、ライガスのように人間と平和協定を結ぶなどあってはならないと考えている。
レジスタンスはアニマのジャングルの中に自分たちの集落をつくって暮らしている。人間の敵でもあるが、ライガス達獣人にも敵意を持っているという面倒な存在だ。