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無理ゲーの世界へ 〜不可能を超える英雄譚〜  作者: 夏樹
第1章 英雄の目覚め
33/370

決着



遠吠えが聞こえた。



暗闇の中に小さな光が現れ、それが少しずつ大きくなっていく。



そして、俺は覚醒した。目の前には俺を殺したと思い込んだシリュウがサスケに向かおうとしている。



無防備なシリュウの背中を、俺は思い切りダイダロスで切りつけた。



『ワンモアチャンス』によって俺は復活した。



先程、視界に防御力補正のアイコンが出ていた。これはリンが近くに、少なくとも【ガードアップ】の効果範囲にいることを表している。



イズナやサスケには防御力を向上させるスキルや魔法がないから、リン以外に考えられない。



恐らく【パワーアップ】や【スピードアップ】も使用しているのだろう。しかし、攻撃力は既に『狂戦士の怒り』で、素早さは『疾風陣』で向上しているから、効果がない。



俺はリンに心の底から感謝した。そして、リンを仲間にして本当に良かったと思った。



彼女はとても賢い。



俺がリンたちを置いてきた理由は、率直に言えば足手まといになるからだ。シリュウの素早さを考えたとき、俺は自分の命を守ることで精一杯になる。とてもリンやポチまで守りきれない。



恐らくリンはそのことを理解していたのだろう。だから、感情に流されて俺を助けるために飛び出してきたりせず、魔法の効果範囲まで来たら隠れて俺を補助する判断をした。



そのおかげで、一緒に効果範囲にいるポチの『ワンモアチャンス』が発動した。



正義感や仲間意識が悪いとは言わない。しかし、俺は根拠のない無謀な行動が嫌いだ。不可能を超えるためには、思考するしかない。勝率を僅かでも上げるために冷静でなくてはならない。



だから、俺はこの場にあえて現れず、隠れながら補助に徹してくれているリンに感謝し、そして俺が何を考えているかを予想した彼女の賢明さに驚いていた。



だが、もう最期の望みである『ワンモアチャンス』も使えない。1日に1回の制限がある。



次に『死影』を食らえば、俺は間違いなく死ぬ。そして、シリュウはまだHPが半分以上も残っている。『死影』が発動したあとに、それだけのHPを避けながら削りきることはできない。次に『死影』が使われたら、この戦いは終わる。



シリュウは振り返り、殺したと思っていた俺を睨みつけた。



俺は後ろに下がり、恐怖を押し殺しながら叫んだ。



「お前の技なんて効かないんだよ、ほら、もう一発、やってみろよ、自分が強いと勘違いして、プロメテウスに使い捨ての駒にされているとも知らない間抜けな糸目やろうが!」



必死で悪態をつく。あえて自殺行為にも思える挑発を行う。



サスケが『死影』のターゲットにならないように。『死影』のターゲットは俺でないとならない。



シリュウが振り向いて、顔を傾ける。既に不気味な笑みは失われ、狂気と殺意が彼を支配していた。



「……いいよ、殺してあげるよ」



影がまるで生き物のようにシリュウの足を伝って登っていく。『死影』のモーションがスタートした。もうこのスキルは、俺かシリュウのどちらかが死ぬまで終わらない。



俺はバックステップをして、シリュウから離れる。シリュウの影は刀の先まで達した。そして、一気に突っ込んでくる。



確実に命を刈り取る凶刃が迫って来る。俺は後ろへと倒れこみながら、その刃から目を離さなかった。



戦いは終わった。






















「よっしゃ、勝ったー!!」



もちろん、俺が勝利するという結果で。








シリュウの突き出した刀が何もない空中で弾かれる。俺の身体は落下していき、木の葉の上に倒れこんだ。



シリュウはすぐさま追撃を行うが全て透明な壁に阻まれる。



俺は本来ゲームでは行けないはずの枝の下に降りたのだ。ゲームキャラがここに来れないのは、リンで実証済み。俺にとっては安全地帯となる。



更に『死影』は俺が死ぬかシリュウが死ぬまで終わらない。つまり、ここに俺がいる限り、シリュウは永遠に見えない壁に向かって突きを繰り返すしかない。



これでシリュウの動きは完全に封じた。あとは遠距離から攻撃し、シリュウのHPがなくなるまで、削り取ればいい。



『死影』の発動中はスーパーアーマー状態なので、どんな攻撃をしてもキャンセルできない。言い換えれば遠距離からどんな攻撃をしても、シリュウの『死影』は終わらない。



俺はリンが見えない壁にぶつかった時、その安全地帯の利用法を思いついていた。だから、シリュウ戦ではそれを利用することにした。



ただ安全地帯に入るだけでは、攻撃が出来ないと分かったシリュウが、俺を置いて里に戻り、他の者やサスケ、イズナを皆殺しにする可能性があった。



だから、『死影』を使わせてから安全地帯に飛び込む必要があった。そうすればシリュウは永遠に透明な壁を突き続けるしかなくなる。



俺の計画では、サスケの『疾風陣』で素早さを上げ、シリュウのHPを半分以上削り、あえて『死影』を使用させて、安全地帯に逃げ込むことになっていた。



しかし、シリュウはHPが半分以上残っている段階で『死影』を使ってきたため、身構えていなかった俺は見事に食らってしまった。



これはポチに感謝しなければいけない。ポチは命の恩人だ。やっぱりポチは最高だ。



俺は安堵の息を吐き出して、シリュウを見た。まるで機械のように何度も何度も透明な壁に高速で突きを繰り返していた。



「リン! もう出てきて大丈夫だ、来てくれ」



俺に呼ばれ、しばらくしてリンとポチが姿を現わす。



「お疲れ、レン、ちょっと見直した」



リンはそう言って優しく笑った。俺はついにデレ期が来たかと感動したが、少し照れくさくて実務的な話に戻す。



「シリュウに近づかなければ、もう安全だ、あとはいつも通り焼こう」



そう言って、鞄を木の枝に向かって投げる。リンはそれをキャッチして、中からタールの瓶を取り出した。



リンとの意思疎通は完璧で、彼女は手早くタールをシリュウに何本も投げつける。シリュウの身体や地面に黒い液体が大量に付着する。



意識があるのかないのか分からないが、シリュウは一切動きを変えず、ひたすら見えない壁を突き続ける。



リンが【ファイアーボール】をシリュウに放つ。着弾すると同時にタールに引火して、鮮やかな炎が上がった。



これで後はタールがきれそうになったら、補充するだけでいい。揺らめく炎の中でシリュウはただ突きを繰り返す。



「これは……一体」



サスケが信じられない光景に立ち尽くしていた。イズナも唖然としている。



「サスケ、イズナ、もう大丈夫だ、シリュウは倒した」



俺はそう言って、木の葉の上に腰を下ろした。シリュウが死ぬまでここを動けないから、サスケとイズナに事情を話すことにした。



シリュウはもう死ぬまで何もない壁を突き続けること、俺がシリュウが犯人だと知っており、それを阻止するために一芝居打ったことなどを説明する。



「すまなかった、俺は君を疑ってしまった、それなのに里のみんなを助けてくれた、本当に感謝している」



サスケはそう言って、深く頭を下げた。俺は慌てて手を振る。



「いやいや、顔を上げてよ、俺が勝手に動いただけだから」



イズナも同じように頭を下げた。



「シリュウはとても強かったです、きっと里の誰よりも、だから、レンさんがいなければ、きっと皆殺されていました、本当にありがとうございました、何かお礼をさせて下さい」



俺は可愛いイズナに感謝されて、気分が良くなる。そして、『お礼』という言葉が脳内でリフレインする。命を救ったんだ。これは多少のご褒美を要求しても良いのでは、と下心が頭を出す。



例えば、あの健康的な太ももで膝枕とか。全年齢対象のご褒美なら許可されるだろう。そして、さりげなくあの太ももをサワサワしても問題ないはずだ。なぜなら命の恩人だから。



「レン、ちょっと見直したから」



リンの声が俺の心に刺さる。セリフは先程と同じだが、なぜか込められている意図が違っている気がする。



ニッコリと笑うリンが、俺の邪な考えに釘を刺していた。俺は冷や汗を流しながらイズナに答える。



「人助けは俺の趣味だからね! 見返りなんて何もいらないさ!」



イズナの太ももに未練を残しながら、俺は精一杯カッコつけた。



その時、断続的に響いていた透明な壁を突く音が止んだ。シリュウは炎の中、青い粒子に変わって空に昇っていった。



また一つ、不可能を超えた瞬間だった。









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