大賢者
_______輪廻する者______
「死は怖いか?」
私は問いかける。同じように死に向かう青年に。
「はい……怖いです」
外から吠えるような獣人の悲鳴が聞こえた。青年はびくっと体を震わせた。まもなく順番が回ってくる。
「そうか」
「あなたは怖くないのですか?」
それは私にとっては愚問だった。もうその感情はとうの昔に消えている。
「私は怖くない。もう何度も経験している」
「どういうことですか?」
「そのままの意味だ。私は何度も死んだことがある」
そう。私は何度も死んだ。その時は確かに苦痛を感じる。それにすら慣れてしまった。
「まだ時間はあるだろう。昔話を聞いてくれないか?」
私は青年にそう言う。相手の了承など待たない。私は自分の都合で話し始める。老人は経験を語りたがる。それは私も例外ではないようだ。老人という枠を越えて長生きしすぎているかもしれないが。
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昔3人の学者がいた。その3人は誰よりも優秀な頭脳を持っていた。
1人は科学を信じていた。生まれつき魔力が弱く、彼は科学が魔法に勝ると証明するために科学者になった。その頭脳は確かだった。他の者が実現不可能な技術をいくつも発明した。酒を愛し、やたらと楽観的な明るい男だったが、魔法を使えない劣等感ゆえ、驕りのない謙虚な一面も持っていた。
1人は死霊術師だった。誰よりも魂、精神、死について知り尽くしていた。この世界で唯一、奈落の王ハーデスに認められ、自由に出入りできる稀有な存在だった。人との距離感を上手く掴めないタイプで、人混みが苦手だった。
最後の1人は魔術師だった。それが私だ。私は人間でありながら理由あって天界に住んでいた。
天界には神族という永遠の命を持つ種族が住んでいる。私は彼らが羨ましかった。どれだけ優れた頭脳を持っていようと、寿命が尽きれば失われる。だから世の天才どもは偉大な財産を残そうと書記をしたためる。
魔導の真髄にたどり着くためには人間の寿命では短すぎた。それでは魔導を極めることができない。多くの魔法使いは子孫が魔導の真髄にたどり着いてくれることを信じて、その研究を後世に残そうとする。だが、私は欲深い男だった。自らの手でその場所へたどり着きたかった。
私は偶然その2人に会う機会があった。私達はそこで意気投合した。同じ次元で会話できる相手は貴重だった。そこで私は提案した。3人である命題に関して研究をしようと。その命題が永遠の命だった。
私たち3人は競うようにそれぞれの分野で永遠の命の研究を始めた。研究を続けるにつれて私達はどこかおかしくなっていたのかもしれない。
もし誰も死なない世の中になれば世界は壊れる。人口が減らなくなり、この世界は人であふれる。食料も住む場所もいずれ足りなくなる。この世界の食料供給力を越え、人類は飢えながらも生き続ける地獄を味わう。
終わりがあるからこそ、生物はその生を全うしようとする。もし終わりがなければ、ほとんどの生物は無気力になるだろう。個体数の増加と反比例するように生産性は下がっていく。
私達三人は頭脳を誇りながら、そんな簡単なことに気づいていなかった。
自分で言うのも気が引けるが、それでも私達は天才だった。結果3人とも永遠の命を別の方法で獲得した。研究は成功だった。
いや。科学者の1人は正確に定義すると違うのかもしれない。あいつは自分ではなく、自分の意思だけを消滅しないようにしたに過ぎない。研究を進めながら、あの男は死を受け入れていた。それは生物にとって必要なことだと途中で気づいていた。
死霊術師の1人は死霊術の深淵までたどり着き、『不死』というスキルを作り出した。そして、それを人に与える術さえ作り出した。あの男は情けなく不器用な奴だったが、死霊術師としての能力は異次元の領域だった。
そして、私も魔法学により永遠の命にたどりついた。『不死』のスキルと違い、肉体を維持することはできなかった。だから私は魂を輪廻させる魔法を生み出した。
先程言っただろう。何度も死んだことがあると。私は死んでもまた魂は違う次の媒体に宿る。こうして、私は永遠の時を意思を保ち続けたまま生きている。もちろんこの魔法を他者の魂にかけることも可能だ。
永遠の時間を手に入れた私は魔法の研究を進めた。魔法の知識を蓄え続け、魔導の真髄に近づいたと自負している。
しかし、この輪廻には問題があった。魔法に適性がある体に入れるかどうかは完全な運だったことだ。輪廻の魔法は既に魂にかけられている。適性がなくても死ねば次の媒体には移動できる。単純に適性がない身体では魔法が使えない。
今回の体は魔法に適性がなく、どれだけ魔法の知識があっても宝の持ち腐れだ。適性のある体に入ったときは大賢者などと言われ、持て囃された時代もあったのだが。
これが死を恐れない理由だ。
永遠に生き続けるというのは苦しみも味わうことになる。きっと私も寂しいのだろう。誰かに私の境遇を聞いてほしかった。老人の昔話に付き合ってくれてありがとう。感謝する。
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私は話し終える。青年はすがるような目で私を見上げていた。ああ、君の言いたいことはわかる。私達はまもなく死ぬ。
「僕にも……永遠の命を」
生への執着が瞳に満ちている。生物なら自然な反応か。
「申し訳ないが、それはできない」
青年の目が私を非難し、絶望している。
「悪く思わないでくれ。先ほど言っただろう? この体には魔法の適性がない。魔法は使用できない」
青年は顔を俯けた。私は申し訳なく思いながら、もう1つの理由は伝えないことに決めた。私はこの魔法を誰にでも与えるわけではない。自分なりのルールがある。
「僕は死ぬのが怖いです」
「生物として自然な反応だ。言い残したことはあるのか?」
「はい……妻に」
彼の遺言を聞き、私はいつか伝えると約束した。その女は知っている。私も村でよくしてもらった。次の魂の向かう先がどこかはわからない。私も彼女に用がある。その遺言を伝えよう。
醜い人間の男が牢に入ってくる。品のなく汚い笑みが張り付いている。恐怖する青年を愉悦を孕んだ目で見下ろしている。
暴れる青年は無理やり連れていかれた。次は私の番だろう。今回は引きが悪かった。この体では特に何もなすことがなかった。獣人では魔法が使えない。次の転生は魔法が使える体であることを祈ろうか。
それにしても、人間どもは何をする気なのだろう。ライガスを敵に回す恐ろしさは分かっているだろうに。
私も元人間だが輪廻を繰り返し、あらゆる種族を渡った。自然と見識も広がっている。
人間の中にはどうしようもなく欲深い者達がいる。小綺麗な服と装飾品、権力で飾り立てているが、中身は悪臭を放つ豚とそう変わらない者たち。
いつの時代もそんな愚か者によって歴史は動かされる。愚者は甘い蜜を吸い、英雄は人民の期待という重さを背負って死ぬ。英雄の犠牲は美化され語り継がれる。腐った部分を意図的に切り落として、綺麗な人に見せたい部分を取り繕ったのが歴史だ。
子ども達は歴史を学び、そしてまた英雄譚は繰り返され、愚者は繁栄する。
戦争が始まるか。私は何度も戦争というものを経験している。強大な魔法の力を持つ故に、駆り出されたこともあった。あれは良いものではない。
ドアが開いた。再びあの醜い人間が顔を出す。
「ぐふふ、最後はお前だ。なかなか良い毛並みだな。貴族に高く売れる」
私は自ら立ち上がった。
「早くしてくれないか。私には次の予定がある」
お待たせしました。第6章開始しました。
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