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無理ゲーの世界へ 〜不可能を超える英雄譚〜  作者: 夏樹
第5章 英雄の意志
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償いの祈り



ーーーーーーーコーネローーーーーーーー



私は教会にいることができなかった。逃げ出すように昇降機を起動して、アルペン村へと向かった。



私の生まれ故郷。こんなにも近くにあるのに私は長らく帰ってなかった。ゼーラ神山の高みからただ見下ろしていた。



私がこの街にアザール教、マルドゥークを呼んだ。そのせいで多くの人間が死んだ。私はそれを許容していた。世界の平和のためならば、多少の犠牲は致し方ないと。



あらゆるものを犠牲にし、私が行ったことはゼーラという怪物を復活させたことだった。初めから私には無理だったのかもしれない。ヘレナの望んだ優しい世界なんて私には作れなかった。



地面に石が規則的に並んでいる。私の知っているアルペン村にはこんなものはなかった。私の足は自然とその場所に向かった。



そこには少年が雪の中で手を合わせていた。私はこれが墓だと気づいた。この世界では生物が死ねば粒子に変わる。墓という概念は残された者のためにある。これらの墓の人々は私が殺したのに等しい。



少年は私が雪を踏む音に気がついて振り返った。



「コーネロ様ですね。こんな麓の村にどうされたのですか?」



この信者は上で起きていることを知らないようだ。ここには上の様子を見るための魔道具がなかった。彼は私の顔を知っていた。何度か教会へと巡礼したことがあるのだろう。



「君の知り合いが亡くなったのかい?」



「ええ、僕の両親が死にました」



私は少年の顔を見ていることができず、顔を背けた。私はあの日のことを思い出した。野盗に襲われて、私の両親は死んだ時のことを。



私は誰もあの時のような悲しみを味合わないように頑張ったはずだった。結局、自らの手であの時の自分を作り出している。



「君は……この理不尽な世界が憎くはないのかい?」



私は少年と話しているのでない。あの時の、過去の自分と話しかけている。少年に自分自身を投影している。私は答えるだろう。この世界が憎いと、何の罪もない者が死んでいく世界が憎いと。



「憎くは……ないですね」



重ねていた私の幻影がすっと消えた。当たり前のことだが、この少年が私ではなかった。



「なぜだ? 無慈悲に大切な人が殺される。そんな世界は憎いだろう。力さえあれば、誰も悲しまないで済む。そう考えるだろう」



私は自分に言い聞かせるように言葉を絞り出す。少年に肯定してもらいたかった。私のしてきたことが少しでも間違いではなかったと認めてほしかった。こんな小さな子供に年老いた私は縋ろうとしている。



「確かに大切な人を守るための強さは必要だと思います……でも、それよりも大切なことがある」



そんなものはない。私は知らない。力こそ全てだ。あの日、野盗を塵に変えた魔王だけが私の理想だ。



「僕が怒りに支配されそうになったとき、ある人が言ってくれたんです」



少年が思い出すようにゆっくりとその言葉を並べた。














誰かを憎むとね、心の中に毒が回るの。



その毒は知らないうちに広がって、心を蝕んでいく。



毒を受けた人はね、間違っていることも正しいって思ってしまうの。



自分はこんなに酷い思いをした、だから、他の人も酷い思いをしてもいいって。



だからね、オリバーは憎しみに支配されちゃダメだからね。


















少年と私の違いはどこだったのだろうか。その時に誰が隣にいてくれたか。それだけなのだろうか。いや、違う。きっと私は隣に誰がいても道を誤っていた。



簡単な話だった。私はただ憎しみを持って動いていただけだ。理不尽なこの世界が憎かった。だから、変えようと躍起になった。



ヘレナのことも私は自分の願望のために利用していたんだ。ヘレナが神により完璧に統治された世界を、優しい世界と呼ぶはずがない。今更になって気付かされた。



結局、私のただの自己満足だった。小難しい理由付けをしていても、本当は単純なことだったんだ。



「私は間違っていたのか」



天を仰ぐ。雪が空から舞い降りてくる。子供の頃はよくこの曇天を見上げていた。いつのまにか、空を見上げなくなっていた。



「僕にはよく分かりませんが、間違いなんて誰にでもありますよ。大事なのは次に同じことをしないこと。よくそう父に言われました」



ずっと背負ってきた重たい荷物を下ろしたような感覚だった。私は自分を肥大させすぎていた。この世界を本当に平和にしてくれる者がいるのかもしれない。しかし、それは私ではない誰かだ。分不相応の夢を抱き、その重さに溺れていた。



罪を償わなければならない。どうすれば良いか今はわからないが、これから考えよう。



「おーい、オリバー、飯だぞ!」



女性の声が聞こえた。少年が返事をして雪の上を駆けていく。



「兄貴の料理は大雑把だが、味はうまいんだぜ」



「それは楽しみですね」



離れていく少年の背中を見送る。残された私は墓に積もった雪を払った。今はただ1人の宗教者として祈りたかった。私は肩に雪が積もるまで、両手をあわせて彼らの安らかな眠りを祈った。














ーーーーーーーーーーーーーー



「なあ、この鎧、売ったら結構な値段になるんじゃないか?」



「おいおい、馬鹿を言うな。そんなことしたら正義の男ヒースクリフ団長に怒られるぜ」



「まあ、そうだよな。捨てるには勿体ないと思うんだけどな」



揺れている。



「それにしても、あの団長の弟すごかったな」



「ああ、ラインハルト様のことか。あの邪神を一撃で倒して団長を取り戻してくれたよな」



何かがぶつかる。



「あの時は本当にどうなるかと思ったけど、何とかなってほっとしたよ」



「この鎧の男もありえないほど強かったもんな。でもあの天使様の力がすごすきた」



「そうなんだよ! 俺なんかいつもの何倍も強くなったんだぜ」



揺れが止まる。



「ふう、この辺でいいか」



「後片付けもこれで一段落だな。戻ろうか」



「団長が張り切りすぎて辛いぜ」



「はは、いつもの団長だな。団長はいつも……」



青い粒子が天に昇っていく。



「ん? どうした?」



もう一人がこちらを振り返る。表情が恐怖に染まっていく。悲鳴を上げられる前に喉を掴み、首をひねる。また青い粒子となって消えた。



俺はまだ死ぬわけにはいかない。あの裏切り者に会うまでは。



すぐ側に転がっていた甲冑の兜を拾い上げ装着する。無事にゼーラ教会から脱出できた。



あの死霊術師のせいで、俺にはそもそも肉体がない。この鎧自体に俺の魂が宿っている。皮肉にも今回はそれが功を奏した。



戦闘が始まり、俺は自身の不利を理解した。いくら俺でもあれでは勝てない。あまりに戦力差があり過ぎた。だから俺は途中から逃げることしか考えていなかった。



だが、逃げ切ることも不可能に思えた。だから俺はあのレンという男を真似て死んだふりをすることに決めた。



魔法で【シャドウカーテン】を発動すれば視界は失われる。そうなれば俺が青い粒子に変わる瞬間を見ることができない。あとはやられたふりをして、空っぽの甲冑の中身を見せれば良い。ネロにさえ甲冑の中は見せていない。あいつは俺の中身に大した興味を持っていなかった。



これで俺が死んだことで青い粒子に変わり、甲冑だけが残されたと思わせることができた。それからはずっと動かずに機を待っていた。



そして、ようやく教会の外のゴミ捨て場に出ることができた。もうここには用がない。俺はこのままゼーラ神山を下山する。



俺は吹雪の中を歩き出す。肉体は失われているので寒さは感じない。



魔王城に行ってみようか。俺はネロがあの時、口にした言葉を気にしていた。奴が俺を止めるために適当なことを言った可能性は高い。だが、どうにも完全な嘘とは思えなかった。



ネロは本当に俺の探している男を知っているのではないか。そんな考えが頭を過っている。これはただの直感だ。ネロには常人では見えない何かが見えている。



俺は足を止めてゼーラ教会を振り返る。あのレンという男。どこか俺と似ている気がした。どこかでまた出会うことになる気がする。その時は、遠慮なく戦わせてもらおう。




最強は俺だ。














ーーーーーー第5章 完ーーーーーー




いつも応援ありがとうございます。いつの間にか、長編になってきて自分でも驚いています。

ここまで執筆を続けられるのも読者の皆様のおかげです。

これで第5章が終了したので、次の章のスタートまで準備期間として、しばらくお休みをいただきます。

これからもよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
今章もとても面白かったです! 気がつくピースもあったのかもしれませんがどういうしかけか気がつくことができなかったのが悔しいです笑 次章も楽しみにしてます 執筆頑張ってください!!
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