神殺しの聖騎士
ーーーーーーラインハルトーーーーーーー
僕の前に燃え上がる炎を纏った怪物が現れる。肌は真っ黒に焦げており、ライオンのような炎の鬣を持った獣だ。近くにいるだけで周りの雪が溶け出し、水蒸気に変わっていく。肌を焼くような暑さを感じる。
クラウスが吹き飛ばされる瞬間に何かのスキルを使用した。そして、魔法陣からこの炎の獣が現れた。
炎の獣は完全に僕に敵対心を持っている。今にも襲いかかろうと牙をむき出しにしている。僕は剣を構えた。倒す必要はない。こいつを退けてゼーラにたどり着く。
獣は一気に飛びかかってくる。先ほどクラウスを見ていたからか、クラウスと比べては何倍も遅い。僕はレンの動きを頭の中に思い描く。
熱気により皮膚が焼かれる。痛みに耐えながら僕は獣の爪をかいくぐった。すれ違うように斬撃を入れる。行ける。恐らく倒すのは無理だろう。でも回避ならできた。
追撃を入れようとする獣が小刻みに震えた。無数の弾丸により動きが阻害されている。ギルバートだ。僕は踵を返して走り出す。獣は獰猛な声を上げて追いかけてくる。
「行かせねえよ! おらああ!」
獣の頭上からドラクロワが現れ、巨大な斧を振り下ろす。獣は凄まじい衝撃により、地面にめり込んだ。強い。レンのパーティは僕の知っているどんな冒険者たちよりも強かった。
突然、背筋が凍るような殺気を感じた。ゼーラの圧を超えるほどの研ぎ澄まされた気配。ユキが凄まじい速度で僕の方に吹き飛ばされてきた。その先にはクラウスの姿があった。
「くくく、そんなにこの俺と戦いたいのか、身の程知らずが……楽しませてやろう」
言葉とは裏腹に声には怒りが込められている。
『宵闇の剣』
クラウスの周囲に漆黒の剣が何十本も浮かび上がる。それらが空中で回転を始める。
「俺はな、強くなるのが好きだった。どこまでも強くなりたかった。だけどな、あいつに裏切られて全てが台無しになった」
無数の漆黒の剣が周囲に飛来する。何の罪もない信者たちが切り裂かれ、青い粒子に変わっていく。僕の方にも飛んできたので剣で受け止める。剣1本が信じられないほど重く、僕は弾かれるように地面に倒れ込んだ。リンは紙一重で黒い剣をかわしている。
「やめなさい! 戦っている私たちだけを狙いなさい」
「悪いが、そんなに器用に操れないんでな」
漆黒の剣が更に2倍以上に増える。それはまさに絶望の光景だった。クラウスはこの場の全員を殺し尽くすつもりだ。
「クラウス」
急にクラウスの前に人の姿が現れた。まるで瞬間移動のように、少なくとも僕の目には映らなかった。白髪の少年、ネロだ。
「……ネロか、もう平気なのか?」
「大丈夫だよ。クラウス、悪いけど戦いをやめてくれない?」
「なぜだ? 悪いが俺はもうお前の指示は聞かない。お前は変わった。レンという男が死んでからすっかりふぬけてしまった」
「そうかな?」
「ああ、以前のお前なら俺に戦いをやめるようになんて言わなかっただろ?」
「どうだろうね? でもいいの? 僕ならクラウスの探している人を見つけられる」
「はは、お前からゼーラに鞍替えしようかと思ってな」
「それは残念、じゃあ僕もクラウスに殺されるのかな」
「俺がこの剣で攻撃を始めたら『ダメージ反射』で全て俺に跳ね返すつもりだろ?」
「ふふ、バレてるか」
「ネロ、別にお前を殺すつもりはない、俺の邪魔だけはするな」
ネロはにっこり笑って目を細める。まるで今からいたずらをする子どものようだった。
「親愛なるクラウスに1つ教えてあげるよ……君が求める人は魔王城の近くにいる」
クラウスに動揺が走る。甲冑で姿は見えないが、明らかに反応が違った。
「……それがお前のやり方だ。俺はそばでお前のやり方を見てきている。言葉により人を巧みに操ろうとする」
「操るなんて人聞きが悪いよ」
「お前は純粋な戦闘能力では俺に勝てないことを理解している。だからお得意の言葉で戦おうとしている」
「そうかもね、でも僕は君の探し求める人を見つけられる、あんな神よりよっぽど僕の方が優秀だよ」
「お前の手の内は全てわかっている、これがブラフである可能性が高い、わかっているが……」
ネロの話術がクラウスの動きを止めている。ネロの思惑も狙いも全てクラウスにばれている。それなのにクラウスは動けない。ネロはそのことさえ計算している。言葉で最強のクラウスを縛り付けている。
僕にはわかった。ネロはこっち側についた。ゼーラを止めることに協力してくれている。ネロがクラウスを止めている間に僕は先へと進む。
頭の中で計算した。先ほどクラウスに邪魔されたせいで、レンが作ってくれた道筋に障害ができた。それを取り除くために僕がすべきことを考える。
きっとこれがレンのいう英雄の戦い方なんだろう。きっとレンは僕よりも何倍も高い精度で思考している。本人は認めないかもしれないが、あいつは紛れもない天才なんだと思う。僕は凡人だ。でもそれを全て飲み込んだ上で、凡人には凡人の戦い方がある。
僕はすべきことを決めた。この状況、この機会を逃せば全てが終わる。必要な距離に入ることができた。
僕は立ち止まった。剣の先をゼーラに向ける。僕の得意技、人に見られることを意識してきた僕の生き方が作り上げた演技力。偽りの自分、でもそれが世界を救う。声を張り上げる。
「私は聖騎士ラインハルトである! ゼーラを騙り、人々を恐怖に陥れる悪しき邪神を、今ここで倒す者だ!」
スキルを発動する。ゼーラがようやく僕を認識し、ゴミでも見るような目で見下ろしてきた。
パニックに陥っていた信者たちの視線が注がれる。僕は彼らを否定しない。本当の救いの神ゼーラは別にいて、こいつがそれを語る偽物だと思わせる。そうすることで群衆は僕を指示する。
「ゼーラ信者の者たち、君たちの悲しみ、怒り、恐怖、全てを僕に預けてくれ、僕はそれを背負い、この邪神を討伐してみせる!」
「そ、そうだ、こんなやつがゼーラ様なわけがない!」
「そうよ! 私たちはこの怪物に騙された! こいつはゼーラ様じゃない!」
恐怖に支配されていた信者たちから次々と声が上がり始める。ゼーラ教は本当に結束力の強い宗教だ。ゼーラへの信仰心が強い。今はそれを利用させてもらう。
「我を邪神と……くくく、あながち否定できぬな。小僧、お前が我を倒す? 笑わせてくれるな」
「あんな小物、主様の手を煩わせる必要もございません」
ゼーラは油断している。奴は人間を甘く見ている。だから、すぐに僕を殺さない。あと少し時間が必要だ。
「邪神よ、救いの神、我らのゼーラ様を騙った罪は重いぞ」
信者たちの声が次々と増えていく。いつの間にか歓声に変わる。魔法道具でこの世界に僕の声は届いている。世界中が僕を応援してくれている。
「騒がしい、もうこいつを殺そうか?」
「主様、それなら先程見せたこれを試してみませんか? 正義のダイヤモンドです、主様の神力を増やせるはずです」
「はは、それは面白い、ソラリスの奴め、我を封印するために天界の宝具を持ち出していたとはな」
全てが繋がり始める。レンの見せてくれた道。今なら僕にも見える。光り輝く栄光への道が。レンはここまで全てのシナリオを描いていた。
「私は……神殺しの英雄、聖騎士ラインハルトだ」
剣を振りかぶる。みんなの願いが僕に力を与える。僕の全身から光が溢れ出した。