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無理ゲーの世界へ 〜不可能を超える英雄譚〜  作者: 夏樹
第5章 英雄の意志
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劣等感を越えて



ーーーーーコーネローーーーー



ついに時は訪れた。



私の目の前には王座に座るゼーラとその側に付きそうサキエルがいる。ゼーラから淡い光が立ち上る。



今まで開かれなかった目がゆっくりと開眼する。青く透き通るような瞳だった。この世のものとは思えないほどに美しい。



「ゼーラ様、ついに……」



ああ、ついに悲願が叶った。これで世界は平和になる。過去の私のような思いをする人がいなくなる。



「ははは、長かったな……今、我は完全に蘇った」



「おめでとうございます、主様」



「ゼーラ様、信者の皆にその姿をお披露目しましょう! 全員で平和の実現を、神の復活を祝うのです」



私の提案にゼーラは逡巡し頷いた。



「それは良い余興かもしれぬな、サキエルよ、この世界の地図を用意できるか?」



「承知しました、主様」



地図を何に使うのだろうか。ともかくこれで私の願いは叶った。完全に覚醒したゼーラは絶対的な強さを持っている。もう誰にも倒すことなどできない、まさしく神のような存在だ。



全員を中央の広場に集めよう。教会の中央には信者全員が集まれるほどの中庭がある。魔法装置でその部分だけ雪が降らないようにしてある。



魔道具でこの世界の全てのゼーラ教信者に、ゼーラの復活を伝えよう。世界はゼーラ教によって、より良い姿へと変わっていく。私はこの世界の現実というものを変革した。



これからは罪を犯す者、人を傷つける者には神罰を与える。人々がゼーラを恐れ、人に優しくなることができる。非道な行いをする者を罰し、真面目な人たちだけの優しい世界を作る。



私は部下に大至急お披露目の用意をするように伝えた。全ての予定より優先される。ゼーラの言葉を世界に伝える。私は自室に戻り、ペンを握って紙に文字を走らせた。ゼーラにはこの後の世界がどうなっていくかを話してもらう。私は無限に湧き出る言葉を必死に紙に写し取った。



ゼーラに読んでもらう原稿はすぐに仕上がった。思いが強くなり過ぎて量が多くなってしまった。私はよく吟味しながら言葉を削った。何よりも楽しい作業だった。








ーーーーーーラインハルトーーーーーーーー



僕はずっと自分に劣等感を持っていた。ただの言い訳かもしれないが、親父の完璧な姿を見続けてきたからだと思う。



だから、そんな劣等感を周りに悟られないように、いつも虚勢を張っていた。自分で自分を肯定しないと心が保たなかった。



完璧な父親と優秀な2人の兄がいた。僕の周りにいた貴族たちはいつも彼らと僕を比較した。



貴族というのは歪んだ性格の者が多い。権力と金は人を惑わせ人格を歪ませる。僕は貴族の家の三男として、いつも歪んだ者達の尺度で測られた。



親父はいつもそんな貴族達を軽蔑していた。自らが貴族でありながら、その存在に懐疑的だった。



あの人は生まれや身分ではなく、どこまでも実力主義だった。だから、僕は余計に苦しかった。貴族に生まれただけで豊かな人生が保障されている。そんな人間は多くいる。



でも僕は違った。親父から教えられた。生まれた時は皆平等だと。生きていく上で何を為すかが大切だと。



僕はまだ何も為していない。言われるがままに幼少より剣術を訓練し、ある程度強くなった自覚はある。だから、世界を救う英雄になろうと考え、僕は家を出て冒険者になった。



でも世の中はそんなに甘くなかった。僕よりも強い奴らがこの世界には五万といた。僕はただの井の中の蛙だった。



現実と理想のギャップは誰にでもあるのだろう。こうありたいと願いながら、そうなれない。その差が大きければ大きいほど先へは進めない。



僕はいつの間にか当初の目的も忘れ、冒険者として危険のない依頼をこなしながら、女の子と遊ぶだけの楽な日々を送っていた。人はきっと楽な方に流れるものだと思う。流れに逆らうよりも、流されて生きる方がずっと楽だから。



そんな中で、僕は激流に逆らう者に出会った。レン。最初はふざけた生意気な奴だと思っていた。



邪龍と戦ったあの日、僕は憧れてしまった。あの時のレンの動きが、今でも目に焼きついている。



未来を予知しているかのように邪龍の攻撃を回避していた。その動きはもはや人間とは思えなかった。その後に訪れた魔王軍幹部との戦闘、本来適うはずがない相手だった。レンはその圧倒的な実力差を跳ね返した。



そして、ロンベルによるクーデター。顕現したベルゼブブとカーマインをレンは倒した。まさにその姿はまさに僕が憧れ、思い描いた英雄だった。彼は本当の意味でグランダル王国の救世主となった。



僕が感じたのは自分の無力さと諦観だった。ここで奮い立たないこと自体が負けているのだろう。自分とレンとの差を思い知り、その大きさにまた足がすくんだ。



僕は特別な人間じゃない。ただの凡人だ。凡人がどう足掻けば良いのか、僕にはわからない。そんな僕をレンは叱ってくれた。











「勝手に限界を決めてくよくよするなよ、お前が望むなら、世界だって救える」

















僕が世界を救う。幼少より周りにいた貴族たちの薄っぺらい言葉じゃない。僕にはわかった。あれは本気の言葉だった。心からレンは僕を信じてくれている。僕は僕の役目を果たす責任がある。



今立ち上がらずして、いつ立つんだ。



僕はヒース兄さんを助けたい。決して兄弟仲が良かったわけじゃない。喧嘩だっていっぱいした。いつも石頭で融通の全く効かない兄だったから反発も山程した。



でも、僕の大切な家族なんだ。神なんてものに家族を奪わせない。



レンが示してくれた道がある。これは僕の物語。劣等感に悩まされる情けない男が、本当の英雄になるストーリー。神殺しの英雄、聖騎士ラインハルト。











「食事を持ってきました」



ドアが開き、若い神殿騎士が入ってきた。



「……君、名前は?」



「え、な、なんですか、余計なことしゃべるとまた怒られちゃうんですよ!」



騎士団とは思えないほど、気弱でおどおどして見える。



「君はヒース兄さ……ヒースクリフと関わりはなかったのか?」



「え!? そ、それは……」



明らかに動揺していた。僕は弱気そうなその騎士の次の言葉をじっくりと待った。その騎士はしばらくして、ポツポツと話し始めた。



「……団長は、素敵な人でした、いつも優しくて……こんな僕を怒らないし、むしろ、何をしたら強くなれるか根気よく稽古もつけてくれました、僕の話もよく聞いてくれて、僕の心配をしてくれました、他の騎士からいじめられている僕を、よく助けてくれました」



ヒース兄さんの性格は知っている。あの人は部下全員の情報を細かくノートにまとめていた。何が好きなのか、誕生日がいつなのか、家族はいるのか、戦闘では何が得意で何が苦手なのか。真面目を通り越して頭がおかしいとさえ思う。



ヒース兄さんにはそれが普通のことだった。何百人いる部下の名前も全て頭に入っていただろう。生きていく上での賢さはないが、勉強は誰よりもできた。



だから、コーネロのような悪しき考えの者に騙されてしまう。人を信じすぎるからこそ、あの人は損をしてしまう。



「君はヒースクリフを助けたくないのか?」



若い騎士団員が顔を上げた。その目は、ずっと待っていた何かが現れたかのような期待があった。



「僕は、僕は、ずっと、いやだったんです! 団長がいなくなるなんて! でも、周りのみんなは神さまになれて団長が幸せだって、そんなわけないじゃないですか! 僕は団長にもっと教えてほしいことがあるんです! もっとあの人と一緒にいたいんです! なんでみんな納得してるんですか! おかしいじゃないですか!」



堰を切ったかのように、感情が溢れ出す。ヒース兄さんをこんなに慕ってくれる人がいる。少し嫉妬してしまう。



「なら僕をここから出してくれ、僕ならヒースクリフを助けられる」



「え、で、でもそんなことしたら、僕はまた怒られ……」



若い騎士団員の中で葛藤が見える。揺れ動いている。だから、僕はあの人の言葉を借りた。



「正しきことを為せ」



ヒース兄さんの考え。己が正しいと思った正義にしたがう。融通が効かない真っ白な理念。グレーが存在しない1か0の偏った考え。



「正しいこと……」



僕はヒース兄さんのこの考えが嫌いだった。世の中には正義と悪では測れないものがある。でも、自分の中で決めた正義に従うっていうのは……悪くない。



眼の前の騎士は反復するようにその言葉を呟いた。目を閉じて頬から涙が流れ出す。僕はずっと彼が結論を出すのを待ち続けた。長い時間がかかったが、次に開かれた彼の目には強い意思があった。



「……僕は団長を助けたい、怒られるかもしれない、反逆者として捕まるかもしれない、殺されるかもしれない、でもこのままは嫌だ、僕は正しいことをしたい!」



強い心の持ち主だ。苦しく危険な道だとわかっていても、己の正義を曲げない。きっとヒース兄さんのような良い騎士になるのだろう。



「僕の名はラインハルトだ、もう一度聞こう、君の名前は?」



「僕はセイルです!」



「セイル、英断に感謝する、共に神からヒースクリフを取り戻そう」



僕はセイルと握手を交わした。強い力が篭っていた。




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