油断
俺は投擲されたクナイを避け、俺の影に突き刺さりそうな軌道のものはダイダロスで撃ち落とす。
クナイを投げたシリュウは、再度接近戦に切り替えて向かってくる。
俺は『イリュージョン』のクールタイムが終わったのを確認しながら、『金ダライ』を発動する。
シリュウは上に現れたタライを回避しようと、高速で動く。同じスピードでタライも動き、シリュウの頭上をキープする。
乾いた金属音がして、シリュウが僅かなダメージを受ける。強制スタンでこの瞬間、シリュウは動けない。
俺は一気に接近した。そして、『ドッペル』からの『捨て身斬り』の黄金パターンで攻撃する。
防御力の低いシリュウには十分なダメージが与えられた。しかし、『金ダライ』のクールタイムが終わるまでに、次のシリュウの追撃を回避しなくてはならない。
スタンが解けたシリュウは、ふぅーと長い息を吐き出した。
「何だかもどかしいなー、本気だそうかな」
そう言って、手を一度叩く。更にもう一度と手を叩く。手を叩く度にシリュウの身体がぶれ、分身が現れる。
全部で6人になったシリュウはにやにやと楽しそうに笑った。
1人ですら回避が厳しいのに、『影分身』を使われては俺に勝ち目がない。
その時、シリュウに向かって無数の手裏剣が飛んでいった。6人のシリュウは器用に蛇のような動きで全て回避した。
「シリュウ……お前を倒すのは、この俺だ」
風に黒髪を靡かせながら、その忍者は短剣を片手に構えていた。
俺は思わず笑みを浮かべた。この時を待っていた。
「イズナ、頼む」
俺の声に反応して、木の後ろに隠れて戦闘を見守っていたイズナが打ち合わせ通りに行動した。
「サスケ、レンさんは味方です、疾風陣をかけて下さい」
サスケは一瞬、俺を見た。そして、すぐに『疾風陣』を発動する。彼はイズナの言葉を疑わない。それに先程俺とシリュウが戦っているところも目撃している。計画通りサスケは俺に『疾風陣』をかけてくれた。
足元に緑色の模様が浮かび上がり、風が俺の身体を螺旋状に登っていく。
これで最後のピースが揃った。
イズナには『水鏡陣』というスキルがある。これは前もってかけておけば、発動をした際、最後の攻撃をなかったことにしてくれる。
例えば、『水鏡陣』をかけた状態で、毒状態になる特大ダメージを受けたとする。その状況で発動すれば、攻撃を受ける前の状態に戻ることができる。つまり毒とダメージを回復できる。
しかし、意外に使い勝手は良くない。まず『水鏡陣』は1人にしか使えない。ほかの人に使いたい場合、一度『水鏡陣』を解除しないといけない。
さらにあらゆる攻撃をなかったことに出来るが、HPが0になった攻撃をなかったことにして、復活させることはできない。
だから、シリュウの『死影』を防ぐことは出来ない。
「イズナ、もう一度念のため、サスケに『水鏡陣』をかけておいてくれ」
俺はそう指示を出して、シリュウに向かって歩き出す。
「シリュウ、今からは俺のターンだ」
シリュウは楽しそうに嗜虐心を高めた笑みで舌舐めずりをした。
そして、6人のシリュウが動き出す。
俺は6人のシリュウに突っ込む。感覚を拡張する。360度全範囲の動きを計算する。
シリュウの一挙手一投足に注目し、6人の攻撃を踊るように回避し続ける。
『疾風陣』一定時間、対象の素早さを大幅に向上させる。サスケのユニークスキルだ。
これで俺は十分な素早さを手に入れた。もうシリュウの攻撃など怖くない。アバランチに囲まれた時に比べれば、あまりにイージーモードだ。
シリュウの顔から笑みが消えていた。それはそうだろう。ここまで回避されることなど経験がないはずだ。
俺はこの状況を作りたかった。里の他の者は戦闘に加えず、サスケだけを協力させ、『疾風陣』を受ける。
そのためにイズナに耳打ちし、シリュウがヤナギ達に『影縫い』を使い始めたタイミングで『水鏡陣』をサスケにかけてもらった。
あとは里から距離を取り、フランバルト大樹海に入ったタイミングで、イズナに合図を送り、『水鏡陣』を発動してもらう。
イズナには次に話しかけたら、『水鏡陣』を発動するようにと指示していた。
これで『影縫い』はなかったことになり、サスケのみが自由に動けるようになる。
唯一の誤算はサスケがシリュウの攻撃で気絶してしまったことだ。『水鏡陣』で無効にできるのは最後に受けた攻撃のみ。『影縫い』の効果がなくなっても、その前に受けた攻撃は無効にならない。意識が戻らなければ、いつ追いついてくれるかは予想できなかった。
おかげで、だいぶヒヤヒヤしたが、何とか俺が生きている内に間に合ってくれた。
俺は回避しながら、【ファイアーボール】を放つ。シリュウ達はあっさりとそれ回避する。しかし、俺は別に当てる気などなかった。
間髪を置かず、俺の首に刀が向かうが、俺は動かなかった。
刃が俺の首に触れ、すり抜ける。他の攻撃も俺は一切回避せず、身に受ける。全てがすり抜けて空を切る。最後の突き攻撃だけ、回避してそのシリュウに『捨て身斬り』でカウンターを放つ。
シリュウは吹き飛び、分身が霧散した。シリュウは笑みを忘れ、唖然と俺を見ている。サスケも言葉を失っていた。
俺は【ファイアーボール】を放ち、その明かりによる影を確認したのだ。影が出来たものが本物のシリュウだ。
「サスケ、手伝ってくれるか? 」
俺はシリュウを追い詰めるように一歩前に出た。
それからは一方的だった。『金ダライ』で動きを止めて攻撃し、クールタイム中はシリュウの攻撃を全て避けてカウンターを放つ。
サスケも素早さは十分なので、危ない時だけ俺がサポートしていれば戦えている。
シリュウの表情からは余裕が完全に消えていた。
俺はふと視界にあるアイコンで防御力補正が入っていることに気がついた。その意味が分かり、俺は微笑んだ。
その一瞬の油断が命取りだった。
シリュウの身体に黒い影が鎧のように張り付いていた。刀身は全て影に覆われている。
俺は歯を食いしばって、全力で後退した。焦燥が全身を駆け巡る。
『死影』が発動された。
すでにモーションに入っている。今からどんな攻撃をしても、キャンセルできない。
予想以上に早過ぎた。まだHPは半分を切っていないはずだ。俺は自分の甘さを呪った。ゲームではあり得なかったことが現実には起こりうる。
追い詰められたシリュウが、ゲームのルールから外れて『死影』を発動したのだ。
黒い刀で繰り出される突きは、スピードを底上げしている俺の素早さを遥かに上回った。避けられない必中の攻撃が迫って来る。
黒い刃は俺の肩に突き刺さる。凄まじい激痛と共に俺の視界は暗転した。