澄んだ音
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ーーーーーネローーーーー
リンの部屋から出た僕は行く宛もなく歩いていた。どこに向かって歩いているのかわからない。まるで深い霧に包まれているように思えた。
僕が間違っていた。リンの言葉が僕に突き刺さっている。僕はなぜリンに会いに行ったのだろう。
僕はリンからレンくんを生き返らせる方法があると聞きたかったんだ。仲間であるリンなら何か知っているかもしれないと思って。でも収穫はなかった。逆に僕の心に抜けない棘が突き刺さっている。
僕はこれからどうすれば良いのだろう。
世界が壊れても、もうどうでもよく思える。レン君と同じような人はもう二度と現れない。
ずっと僕とレンくんが似ていると思っていた。彼は唯一僕と同じレベルで会話ができる人だと感じていたから。でも、リンにそれを否定された。
僕には大切なものがない。大切なもの。それは何なんだろう。僕にとって大切なもの。それはレンくんだけだった。
それなら、どうして僕はレンくんを殺したんだろう。大切なものを自分から奪った。いつもは明晰に答えを導けるのに。今の僕の脳はどこかに部品を落としたかのように、答えを出そうとしてくれない。
もう僕も死のうかな。そんな考えが頭を過った。
だって、この世界に生きる理由がない。レンくんだけが僕の生きる理由だった。レンくんと出会う前、僕はどうやって生きていたのだろうか。
過去の記憶はある。でもそれが作り物のように思えていた。いつだったか。それまでは誰かに作られた記憶で、ある瞬間、僕は急に目が覚めたように感じた。
なぜ僕はこんな村で一人で暮らしているのだろうか。そんな疑問を今まで抱かなかった。まるで今までの感情が偽物であったかのように感じた。
そこから僕は何となく村を離れてはいけないと訴える無意識の感情を強引に振り切り、魔王城に向かった。まだ僕の知らないことを知るために。
ウォルフガングと出会い、僕は行動を共にした。あの人は見た目とは違い馬鹿ではなかった。全てを理解した上で他人に合わせることもなく、ただ我が道を進んでいた。
ウォルフガングに連れられて僕はグランダル王国を訪れた。そこで僕はレン君に出会ったんだ。
あの時、僕の景色は変わった。今まで灰色だった世界が鮮やかに色づいたようだった。同時に彼のことを知りたいという欲求が膨れ上がった。それは抑えきれるものではなかった。
そこから僕の中心はレンくんだった。僕の唯一の友達だと思っていた。
そんな友達を僕は殺した。僕は何をしていたのだろう。彼が死んで、僕が何かに酔っていたことがわかった。冷静ではなかった。
何に酔っていたのかは分からない。僕という存在から湧き上がる感情。これは僕が今まで生きてきて培ったものではない。まるで誰かに作られた感情、僕はこういう性格だと他人に決められているように思えた。
この世界はどこかおかしい。
気づかないふりをしていた。でも僕はずっと感じていた。この世界の背景にはどこか誰かの意思、恣意的なものを感じる。決められたことを守るように世界が作られている。何者かによってデザインされた歪な世界。
でもレンくんだけは違った。彼は決められたその恣意的な命令に背いているように見えた。彼はどこまでも自由だった。
レンくんがいないこの世界に意味はあるのか。見つけようとすれば見つかるのかもしれない。でも僕にはもう見つける気力すらない。
先ほどリンに言われた。確かに彼女の言う通りだ。僕には大切なものがない。守るべきものもない。それは自分自身も該当する。僕は僕が大切じゃない。
短剣を抜いた。
この世界はゼーラによってまもなく滅ぼされる。レンくんのいない、大切なものが何もない世界に生きる意味はない。
短剣を逆手に持つ。この短剣には毒が塗ってある。刺されば、僕でも時間が来れば死ぬことができる。
レンくんの後を追おう。僕は間違いを犯した。今のこの感情こそが本物。誰かに作られたものではない、僕だけの気持ち。
ここが僕の物語の終幕。最後は自分で幕を引こう。
「馬鹿野郎! 何してんだ!」
腹に短剣を突き刺そうとした瞬間、誰かに思い切り殴られた。頬に鈍い痛みが走る。いつもなら反応できるはずだが、完全に周りを見えていなかった。
メリーが涙目になりながら、僕を睨んでいる。彼女は拳を握りしめていた。ようやく彼女が僕を殴りつけたのだと理解した。
なぜこの女は僕を殴りつけている。理由がわからない。彼女はただ金でつながっているだけの関係だ。
「止めないでくれ、レンくんが死んだ、もうこの世界に興味はないんだよ」
「知らねえよ、そんなことで死ぬな!」
「君に止める権利なんてない、僕の勝手だ、僕はただ君を体の良い召使いとして金で雇っていただけだ」
メリーに胸ぐらを掴まれる。
「知ってるさ! そんなこと! でもな」
メリーの頬に涙が流れた。完全に予想外なことだった。なぜこの人は泣いているのだろうか。
頬を伝う涙が鮮明に見えた。きらきらと光っていた。メリーの濡れた目がに僕が映っていた。
メリーは覆いかぶさるように僕を抱きしめた。
「ネロが私のことを何とも思ってなくてもな! 私には……もう、大切な仲間なんだよ、だから、勝手に死ぬんじゃねえよ!」
ただ金だけの繋がりだと思っていた。リンは僕に言った。大切なものがない、からっぽな人間だと。それは事実だった。僕にはレンくん以外に大切なものなんてなかった。
でも、そんな僕を大切にしてくれる仲間がいた。そんなこと考えたこともなかった。
「僕が……仲間?」
「ああ、てめえがなんて言おうと、私はネロの仲間だ、覚えておけよ、だから……」
腕の力が強くなった。僕よりも身長が高いメリーの重さを感じた。なぜかこの息苦しさに安心できた。
「死のうとなんてするんじゃねえよ! だって……だって……私がさみしいだろ?」
レンくんを失った悲しさを僕は知った。僕が死ねば、きっとメリーが同じ思いをする。なんだ。こんな簡単なことだったのか。僕はずっとみんなが知っている単純なことを知らなかった。
握力の抜けた右手から、短剣が落ちた。
短剣は床にぶつかり、澄んだ音を響かせた。