計画の破綻
サキエルはそこから心をいれかえた演技をし、ゼウスに赦しをもらい、元々の役目を続けることになった。地上と天界を行き来して文化や情勢を伝える役目。
だが、本当の役目は我の計画のために地上で活動することだ。クラウスとサキエル、2つの地上で自由に動ける駒を手に入れた我は水面下で計画を進めていった。
ただの破壊活動では意味がない。我らを恐怖の対象として浸透させなければならない。だから、我はその組織にラグナロクという名前をつけた。地上の愚民がラグナロクの名前を聞いて震え上がり、反抗する気も失せるように、ラグナロクの名前で人々に恐怖を植え付けた。
地上での実行部隊はクラウスに一任した。クラウスをリーダーとし、彼が選んだ強者のみで構成された戦闘集団だ。計画は順調に進んだ。クラウスの圧倒的な武力により、次々と街を占領し、ラグナロクの勢力を拡大していった。
本来なら地上でそんな事態が起こればゼウスの耳にも入る。しかし、その地上の情報を持ってくる役目のサキエルは既に我が手中にある。サキエルに情報を捏造させ、ゼウスには知られないように手を回した。
やはり力こそが全て。我の理論は正しかった。ラグナロクの名前が浸透し恐怖による支配が始まった。恐怖による政治はどこかで破綻する。そのように考える者もいる。それは間違っている。
恐怖により不満が生まれ、それにより反乱が起こる。その反乱に負けるから破綻するのだ。反乱分子すらも力で駆逐すれば恒久的な支配は実現する。どこまでも残酷に、容赦なく支配できるか。それが支配者に求められる資質だ。
ラグナロクが地上を征服すれば、あとは我が天界を出て王として君臨するのみ。逆らうものには『神雷』を落として塵にすればよい。
だが、我の計画に綻びが生まれ始めた。天界で異変が起きた。ある神族が地上に向かったまま帰ってこないと噂になったのだ。本来、神族は地上になど興味を持たない。サキエルのようなお役目でなければ地上になど行かない。
それは緊急事態だった。地上の状況を見れば、サキエルがゼウスに上げていた報告が偽りだと露呈してしまう。我の関与がゼウスに気づかれるのは時間の問題だった。
なぜそいつは地上になど向かったのだろうか。ずっと家に引きこもっていたらしく、我が顔も覚えていない女だった。一方、その姉は有名だった。特に魔法の分野ではこの天界でも名が知られている。ソラリスという女だ。
厄介なのはそのソラリスが妹を心配して、地上に向かおうとしていたことだ。引きこもりの女ぐらいなら、ゼウスまで情報が行かない可能性もあるし、サキエルやクラウスに伝えて地上で見つけ出して始末すればよい。だが、ソラリスが地上に向かえば、恐らく隠し通すことができない。
我は人脈を利用してソラリスが地上へと向かわないように画策した。しかし、ソラリスの意思は固かった。そこまで妹の優先順位が高いのだろう。
もうサキエルとクラウスにソラリスを殺させるしかなかった。ソラリスの強さは未知数だった。魔法に関しては比類なき力を持っていると言われていたが、我はソラリスが戦闘をする所を直接見たことがなかった。ソラリスは魔法の研究などを行っている学者のような存在だ。戦闘に積極的に介入することもなかった。
我はソラリスを殺すように、クラウスに連絡を入れようとした。そこで更に次の綻びが生じた。クラウスからの連絡が途絶えたのだ。我にはクラウスが負けるとは思えない。あいつの戦闘能力は神族に匹敵する。地上の者に負ける道理はない。
我はサキエルに早急に確認させた。結果、部下の者に裏切られ、殺されたと報告を受けた。信じられなかった。いくら裏切られて不意打ちを受けても、殺されるような存在ではない。恐らくその裏切った部下というのがクラウス同様、異質の存在だったのだろう。
その人物をサキエルに探らせたが、誰だかは判明しなかった。既に雲隠れしてしまったのだろう。唯一の救いはクラウスが作り上げたラグナロクは健在だったことだ。サキエルにリーダーを交代し、計画は進めることはできた。我はラグナロクに地上に向かうソラリスの殺害を命じた。
結果は惨敗だった。クラウスが集めたラグナロクの強者たちとサキエルが、ソラリス1人を倒すことができなかった。ソラリスの強さは我の想像を大きく越えていた。
我はソラリスが天界に戻る前に、自ら地上へ降りた。もはや手遅れだ。ソラリスからゼウスに地上の情報が行く。我が計画にゼウスが気づく。
我は地上に付き、生き残るための準備を行った。封印された後に再度復活するための下準備だ。神族である以上、寿命で死ぬことはない。しかし、殺そうと思えば攻撃により殺すことができる。我は完全消滅さえされなければ良い。封印されれば、サキエルを利用してまた復活することができる。
我は紛れもない強者だ。我を完全に殺すには、ゼウスとしても多くの犠牲が必要だろう。だから奴は倒すのが困難ならば封印をしてくるのだと予測していた。
ゼウスが動き出すまでの間、私は地上で様々な封印復活のための準備を進めておいた。神族には永遠の時間がある。封印されたとしても、我にとっては一瞬の年月に過ぎない。
そして、時は来た。満月の晩、我の前にソラリス、ミカエル、そしてヘラクレスが訪れた。やはりゼウスは自分から地上に降りることはなかった。
我は戦ったが、化け物じみた3人にはやはり劣勢だった。ミカエルはやはりサキエルとは違う。同じ天使であっても数段上の戦闘能力だった。身体能力ではヘラクレスに適うはずもなく、軽々と吹き飛ばされた。そして、ソラリス。彼女の魔法はもはや魔法という括りを越えていた。
神族が使う魔法すら、お遊びに思える。彼女が見えている魔導の真髄はあまりに深かった。我らが知っているのは魔導のほんの上澄みに過ぎないのかもしれない。
それでも我を倒すのは難しい。それだけの力が我にはある。そして、我の思惑通りに、倒すことが難しいと悟った彼らは我の封印を試みた。ここまでは計画通りだった。しかし、ある一つの要因によって我が計画は大きく崩れた。
封印を行うのはソラリスだった。我は焦っていた。彼女が発動した魔法陣の術式が、我の知るどの封印術よりも複雑で巨大だった。我はこの女を見誤ったことを後悔した。
ソラリス。この女は常識の枠には嵌められない。魔法に関して言えば、普通ならば永遠を費やしてもたどり着くことができない領域に足を踏み入れている。
我は準備を入念に行ったが、このソラリスの封印はサキエルだけで解くことは不可能に思えた。他の何者かの助けがなければ、我の封印は解けないだろう。もし、そんな人物が現れなければ、我の願いは永遠に成就しない。
我はゼウスを恨んだ。奴は間違っている。正しいのは我だ。
封印される瞬間、心に決めた。いつの日にか、再びこの世界に顕現できるのならば、我は次こそこの世界を手に入れようと。こうして我は長い眠りについた。
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クラウスに会ったことで昔のことを思い出した。やはりあの時クラウスは死んでいなかった。いや、アンデッドみたいものと言っていたか。死んでから蘇ったのかもしれない。
サキエルと愚かな人間どものおかげで、我は再び力を取り戻した。ゼウスはまさか我が復活しているなど思いもしないだろう。
先ほど白髪の小僧がゼウスの刺客だと言っていたが、あれは偽りだ。ゼウスの刺客があんなに弱いわけがない。そもそも我を相手にするならば、ミカエルぐらいの戦力を送ってくるだろう。
あれはただの人間だった。我の前に何もできなかった弱者だ。所詮、人間ごときでは我に歯向かうことなどできん。クラウスが特別なぐらいだ。
人間という馬鹿な種族では我を倒すことなど不可能。そういえば、あのコーネロという男も実に愚かな人間だった。奴は我の復活を世界平和につながると考えている。笑わせる。我は下等生物の平和など全く興味がない。下等な種族は恐怖に怯え、強者に従う。それが正しき姿だ。
見せてやろう。絶対的強者による力と恐怖による統治を。
実現の刻は近い。