永遠の別れ
僕はゼーラを案内する。候補となる場所は4つあるが、僕には気配察知のスキルもあるし、そもそも戦闘をしていれば音で分かるだろう。
ゼーラを連れて廊下を進む。目的の部屋はすぐに見つかった。わかりやすく部屋の前に見張りが立っていたからだ。1人は邪龍討伐時に面識があるラインハルト。もう一人は氷魔法を使うレンくんの仲間、確か名前はユキと言ったか。
「に、兄さん……」
ラインハルトがこちらに気づき、呟いた。彼の目はゼーラを見ている。なるほど、ゼーラの依代となったヒースクリフとは確か血縁関係だったか。
「違う! あれはヒースクリフさんじゃない!」
一方でユキは焦った表情で手を突き出した。さすがレンくんの仲間だ。危機意識が高い。よく教育されている。氷柱がゼーラに向けて飛んでいく。『ダメージ反射』を警戒して僕には当たらないようにしている。レンくんは僕との戦い方を仲間に伝えていたようだ。
でも無駄だよ。ゼーラにはあらゆる攻撃が効かない。氷柱はゼーラを守る障壁に弾かれた。次の瞬間、僕達の目の前に厚い氷の壁が生成された。
時間稼ぎをしてレンくんにゼーラのことをを伝えようとしているのか。賢い選択だ。ゼーラが来たとなると、逃走するのが最善策だからね。僕は一歩下がった。今回は僕が出る幕じゃない。ここは観客に徹するよ。
ゼーラが右手を突き出す。神雷が放たれ、氷の壁は粉々に砕けた。わずかな時間稼ぎしかならなかった。
タイミング良く僕達が来た方向とは反対の方から、リンとポチ、赤髪の女、もう1人の僕に切りかかった男が走ってくる。さすがにあのクラウスが負けるとは考えられない。取り逃がしたのか。珍しいこともある。
先頭のリンはゼーラを見て表情を凍らせた。状況理解が早い。彼らは武器を構えて僕たちに向かって走ってくる。まだ距離はある。
ゼーラはリンたちを無視してドアを開ける。彼らのことなど意識の外なのだろう。僕はゼーラの後ろから部屋の中を覗き込んだ。いくらレンくんでもサキエルには手こずっているのか。レンくんはサキエルとの戦いを中断して衝撃的な表情でゼーラを見ていた。
ーーーーーーーレンーーーーーーーー
ネロ。
お前は本当に何をしてくるか分からないな。
ここにゼーラを連れてくるのは完全に予想外だった。ネロが気づいて戻って来る可能性はあると思っていた。しかし、俺の討伐対象であるゼーラをまさか連れてくるとは。
まだ俺はゼーラを倒せない。ネロはそれを見抜いている。俺にはあの結界を破る術がない。
そして、ゼーラの神雷は防げない。神雷を打たれれば終わりだ。あの攻撃は無属性一撃死の連続ヒット。根性系のスキルも意味がない。
俺はここがLOLであることを改めて思い出す。どれだけ準備をしても、どれだけ強くなっても、死ぬときはあっさりと死ぬ。
それがLOLだ。理不尽でどうにもならない、気を抜けば一瞬で死ぬ。そんなどこまでも残酷な無理ゲーの世界。
分かっていたつもりだった。俺は誰よりもそのことを知っていたはずだ。
フィクションの物語の主人公は決して死なない。でも、俺は創作物の主人公なんかじゃない。
最強でもなければ、追い込まれてからのご都合主義の覚醒もしない。今までは運が良すぎたのかもしれない。
ただ俺は諦めない。いや、違う。諦めることができないんだ。
それが俺の欠点であり、英雄としての唯一の武器。俺はゼーラから世界を救う。その気持ちは死ぬ瞬間まで揺らがない。
ゼーラが両手を前に突き出した。まばゆい光が発生する。その光の前に、俺は何もできなかった。
ゼーラの後ろに走ってきたリンの顔が見えた。
ごめん。リン。
ーーーーーーネローーーーーー
ゼーラが両手を前に出す。会話も何もない。ただ害虫を駆除するかのように何の躊躇いもなく無慈悲に。両手から凄まじい轟音と共に神雷が放たれた。もはや、回避など不可能。
広範囲で高速、レンくんはあっさりと神雷に貫かれた。何も驚くべきことは起きなかった。
「え……」
僕の目の前でレンくんが弾かれたように青い粒子に変わり、空中に霧散していった。
あまりの衝撃で、現実が受け入れられない。
「いやあああああああ!!!!!」
ユキの悲鳴が聞こえた。
あれ。何だろう。これ。だって、レンくんは予想外の手で乗り切ってくれるはずじゃないのか。
ほら、早くいつもの手品を見せてよ。
「ふん、ゼウスの刺客にしては大したことがないな」
ゼーラが興味なさそうに去っていく。
何も起こらない。レンくんは消えたまま。
リンに胸ぐらを掴まれた。大粒の涙が頬を伝っている。怒りと悲しみをごちゃ混ぜにしたような顔だった。
「ねえ! 満足!? お前の思惑どおりにレンが死んで!」
何を言っているんだろう。嘘だよ。こんな呆気なくレンくんが死ぬわけ……。
「ハル! レンを生き返らせる方法を教えて! 奈落に行けばレンを助け出せるの!?」
激昂しながらもリンはハルという男を問いただす。ハルは目を伏せた。
「リン……それはできない、この場に優れた死霊術師がいて、魂を劣化のない状態で保管しないと、生き返らせることはできない」
僕も文献で読んだことがある。死霊術師が魂を保管すれば、奈落で蘇らせることができると。または魂自体を直接奈落に送れば、奈落から助け出せると書いてあった。
ただ魂が空中に霧散してしまえば、人を生き返らせることは不可能だと。ここには死霊術師などいない。
「それでも! その道を探す! 私は! レンから教えてもらったの! 不可能を可能にするのが英雄だって! 絶対にレンを生き返らせる!」
ハルは絶望の表情で膝をついた。
「……NPCが英雄気取りかよ、無理なものは無理なんだ、この世界で死者は戻って来ないんだ、僕は……先輩がいないこんな世界に……いる意味がない」
ハルはやる気をなくしたように虚ろな目をしていた。
僕は胸にぽっかり穴が空いたようだった。こんな気持ちになるのは初めてだ。これは何と言う感情なのだろう。
いつもの間にか、横にクラウスが立っていた。全く気づかなかった。
「ネロ、こいつらはどうする?」
「もうどうでもいい」
何だか。全てがどうでもよくなった。僕はレンくんに出会う前は何を楽しみに生きていたんだろう。もう思い出せない。
レンくんがいない世界なんて、別に滅んでもいいか。
僕が何もしなくても、ゼーラの覚醒は止まらない。どのみちこの世界は滅ぶ。呆気なかったな。あんなにも簡単にレンくんが死んじゃうなんて。
結局レンくんもただの凡人だったのか。ああ、この世界は本当につまらない。