実力隠し
俺達は教会職員の服を着て、当たり前のように教会内を移動する。幸い俺達の顔を知っているのは、ネロの一味だけだ。普通にしていればバレる可能性は低い。
ゼーラの居場所は分かっている。教会の中央の建物の一番上だ。コーネロの執務室もそこにある。サキエルは基本的にゼーラの側に待機しているだろう。サキエルだけを単独で外に誘導する必要がある。
俺達は中央の建物への連絡通路に到着した。ここから中央棟に入るには許可証がいる。神殿騎士団が見張りをしている。ここから先はラファエルの出番だ。
ラファエルはサキエルにとって見知った顔だ。警戒心は薄いだろう。だから、正面からサキエルを呼んでもらう。サキエルはどうやってラファエルがここに来たが疑問に思うだろうが、確認をするために会いに来るはず。
その後、ラファエルに周りに白や神殿指揮団がいない場所へ誘導してもらう。もちろん、ラファエルの説得にサキエルが応じればそれで良い。もしそうならなければ、俺達がサキエルを倒す。
俺はラファエルに段取りを教える。卑怯なように思えるがラファエルが説得に失敗した後のことには触れなかった。彼女は自分の説得が成功すると信じて疑っていない。
「分かった! ラファに任せて!」
ラファエルは胸を張って自信満々に言った。彼女が説得に成功することを祈ろう。
ラファエルは見張りをしている神殿騎士団の元へ堂々と向かった。
「こんにちは!」
無邪気なあいさつからはじめ、見張りの騎士団員2人は顔を見合わせた。
「あ、ああ、お嬢ちゃん、こんにちは、どうかしたのかい?」
見張りの一人が目線をラファエルまで下げて問いかける。見た目は少女なので、警戒心は一切ない。本当は人間の何倍も長生きしている。
「ラファはラファって言うの! サキちゃんに会いたくて来ました」
「ん? えーと、お友達とはぐれちゃったのかい?」
「違うよ、ラファはこの先にいるサキちゃんと話したいの!」
「えーと、多分そんな子はこの先にはいないと思うよ」
完全にラファエルは迷子の子ども扱いされている。あの見た目と喋り方では仕方がないかもしれないが。ラファエルは必死に身振り手振りで何とかしようとしている。
「え……と、そうだ! こーねろ、っていう人にサキちゃんを探している人がいるって伝えて、ラファだよって言ったら分かるから」
「こ、困るよ、お嬢ちゃん、コーネロ様は忙しいんだ」
「なんでラファの言う事聞いてくれないの! お願いしてるのに!」
それから数分間、全く折れないラファエルの説得は続いた。あまりにも強靭なメンタルだ。相手がどのように断っても絶対に我を通そうとする。まるでお菓子を買ってくれるまで粘り続ける子どもの様相だ。ついに痺れを切らした騎士団員が折れた。
「分かったから! もう分かったよ! じゃあ、コーネロ様にちょっと伝えてくるから」
これで良い。コーネロは慎重な性格だ。この大切な時期にサキエルの名前を知っている者が現れれば、確実にサキエルにラファエルが何者なのか確認するはずだ。
その時、俺の懐で黒水晶が震えた。
ーーーーーコーネローーーーーー
「失礼します、報告があります」
私の執務室に騎士団員がノックをして入ってくる。
「何事だ?」
些細なことでは報告など来ない。何か嫌な予感がした。
「お忙しい時に申し訳ございません、ラファと名乗る少女がサキちゃんと会わせてくれとここを尋ねてきていまして」
「……」
これは……何が起こっている。サキちゃんというのは恐らくサキエルのことだ。しかし、サキエルの本名はこの私とゼーラ以外知らないはず。
とにかく今はゼーラ完全復活までトラブルは避けたい。そのラファという人物が敵なのかどうかは早急に判断すべきだ。
「分かった、少し待っていただくように伝えてくれ」
私は伝令役の騎士団にそう伝え、サキエルの元へと向かった。サキエルならば、その人物に心当たりがあるかもしれない。
私はゼーラの王座がある部屋に入り、サキエルに声をかけた。
「サキエル、ラファという人物が君に会いたいと中央棟入り口に来ているようだ」
サキエルはラファという名を聞いて、さっと顔をこちらに向けた。
「なんであいつがこんなところに……」
「私達の敵であるならば、迎え討つ準備をするが」
サキエルは馬鹿らしいというように手をひらひらと振る。
「あいつはまともに戦えないよ、回復魔法がちょうと上手いくらい、私一人で余裕よ」
「その人物について、念のため、教えてくれないか?」
「はあ……本当にあんたは慎重ね、名前はラファエル、天界の神族よ、別に私は仲良いつもりはないけど、なぜか向こうは私によく話しかけてきた」
「念の為、護衛をつけよう」
「あんたって本当に馬鹿ね、私より弱い護衛なんてつける必要ないわ」
「護衛の能力をスキルで強化できるだろう」
「あんたは私の心配をしているわけじゃない、あんたが心配しているのは私という戦力が失われること、違う?」
「……ああ、そうだ、ゼーラ様が完全に復活するまで、君には側にいてほしい」
「あのね、ラファエルは神族だからその辺の人間よりは強いかもしれないけど、私とは天と地ほどの実力差があるの、こう見えても天界で私より強い天使なんて一人しか知らないわ」
ゼーラが昔を懐かしむように口を挟んだ。
「ああ……懐かしいな、あのゼウスの右腕だな、名は確か……」
「ミカエルです、主様」
「そうだった、あのミカエルという天使だけは我々にも匹敵するほどの力を持っていたな」
「はい、悔しいですが、私もあの化け物には敵いませんでした、しかし、ミカエルを除けば、私が一番強いはずです」
サキエルが強いのは知っているが、さすがに天界での力関係までは把握していない。サキエルは必要ないと言っているが、一応護衛はつけることにしよう。
私は嫌がるサキエルを無理に説得して神殿騎士団員を2名つけた。サキエルはすぐに戻りますと、ゼーラに告げて、ラファエルという天使のもとへと向かった。
ーーーーーーーハルーーーーーーー
「先輩、ちょっとまずいことになりました」
黒水晶で先輩に連絡する。ネロ達の見張りの任務に向かった俺達はすぐにその対象を発見した。雪の中をこちらに歩いてきていた。まだ距離はあるが、遠目でも分かる。
「ネロと甲冑の男が戻ってきます」
明らかに早すぎる。きっとネロが何かに勘づいたのだろう。
「……早すぎるな、ハル、無理はしないで良いけど時間を稼げないか」
「先輩のためですからね、任せてください」
正直言えば、俺が死ぬことはないだろう。先輩には申し訳なく思うが、俺は自分の実力を過小に申告をしている。ネロ相手でも問題なく時間稼ぎ、いや、殺すことも可能だ。
問題はリンに戦闘を見られたくないことだ。リンに見られれば、俺が実力を隠していることに気づかれる。フレイヤなどはいくらでも騙せるがリンは厳しい。
俺には俺の目的がある。今回のゼーラ復活で先輩のパーティに自然に合流することができた。できればこの流れのまま先輩には信頼していてほしい。
どちらにせよ、ゼーラが復活すれば世界は滅ぶ。ここで先輩に失敗させるわけにはいかない。
「リン、フレイヤ、ポチ、時間稼ぎをするよ」
「ええ、大丈夫」
「ああ、任せろ!」
「わん!」
戦うなら外だな。教会内では神殿騎士団員や白に加勢される可能性がある。単体では大したことはないが、数が増えれば面倒になる。スペースがある方がフレイヤの魔法によるフレンドリーファイアも抑えられる。
奇襲でネロを殺そうか。あいつは厄介だ。今後も先輩の邪魔をするなら今消しておくべき。
ネロはバクバクの『捕食』をスキルコピーすることにより、かなりのステータスを手にしているはず。だが、経験値の補正がないとしてもレベルが上がればそれだけ必要経験値は多くなっていく。
それに『捕食』は敵のHPを50%以下に減らさないと発動できない。だから、レベリングにはどうしても時間がかかる。今の状態ならまだ俺の方が強い。
「フレイヤ、俺が合図したらネロの前の雪を盛大に爆発させてくれ」
フレイヤの爆裂魔法と、舞い上がった雪と蒸気で視界を塞ぐ。その隙に俺がネロを仕留めよう。煙幕があれば、リンも中で何が起こったか見えないはず。
本気を出そうか。