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無理ゲーの世界へ 〜不可能を超える英雄譚〜  作者: 夏樹
第5章 英雄の意志
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真理



ーーーーコーネローーーーー



我が悲願はまもなく成就される。



ヒースクリフの姿をしている絶対神ゼーラ。まだその目は開かれていない。彼の目が開いたそのとき、世界は救われる。



「コーネロよ、お前には感謝している」



「ありがたきお言葉です、ゼーラ様」



「我は奉公には必ず報う性分でな、お前のおかげでまたこの世に顕現できた、その功績には相応の褒美を与えよう」



「ありがとうございます、ぜひ世界の平和のためにそのお力をお貸しください」



「ああ、約束しよう、この力をお主の理想の実現のために使うと」



神の使徒が酒の入ったグラスを持ってくる。



「ゼーラ様、お持ちしました」



「ありがとう、サキエル」



ゼーラはグラスを受け取り、酒を口に含んだ。サキエルはその側で膝をついた。



「サキエル、再びこのような時が訪れるとはな」



「はい、主様が天界を追放された時はこの身が裂ける思いでした」



「そもそも天界に法などない、我のしてきたことをゼウスが気に入らなかっただけだ」



「ゼウスは力があるだけで天界の王になった気でいます、私はそれが許せません、王になるべきは主様です」



「いずれその座を奪うこととしよう、我らには時間など腐るほどあるからな」



サキエルとは長い付き合いだ。彼女は昔から姿が変わらない。初めて会った時は私ももっと若かった。



私は目を閉じた。ここまでたどり着くためにどれほどの努力をしてきたか。



私はあの日、この世の真理を悟った。彼女が望んだ優しい世界を作りたい。その思いだけでここまでたどり着いた。私は過去を思い返した。














ーーーーーーーーーー



野盗に両親を奪われた私は孤児として教会に引き取られた。アナスタシア教と呼ばれるその時代、最も名の知れた宗教だった。



そこには私の同じ歳の修道女見習いがいた。ヘレナという名前だ。面倒見がよく、両親が死んで塞ぎ込んでいた私にいつも声をかけてくれた。彼女は敬虔なアナスタシア教徒だった。



花が好きな優しい子だった。彼女のおかげで私は心を取り戻したのだろう。今思えば、あの頃が私の人生の中で一番幸せだったのかもしれない。



私はアナスタシア教会で宗教と回復魔法などの光属性の魔法を学んだ。私は素質があったようで魔法の腕は評判だった。



しかし、私は内心、博愛を掲げるアナスタシア教の教義を受け入れることができなかった。



アナスタシア教は博愛主義。全ての人を等しく愛するという考え方だ。それには罪人も含まれる。罪人に死ではなく、更生の機会を与えると。私にそんな考えが受け入れられるはずがなかった。



両親をあっさりと殺した野盗。彼らにも救いを与えるべきなのだろうか。いや、決してそんなことは許されない。慈悲の心だけでは何も守ることなんてできない。



彼女は私が罪人に救いはいらないと言うと、少し悲しそうな目をした後、私にアナスタシア教の教義を説いてきた。



両親が殺されたあの日、私を救ってくれたのは信仰心や博愛精神などではなく純粋な力だった。私を救ってくれた男。当時魔王と呼ばれて恐れられていた魔族の長ダンテだ。私と会ってすぐにダンテは魔王の座を退いたと噂で聞いた。



ダンテが腕を軽く振る度に野盗共が悲鳴を上げながら青い粒子に変わっていく。その光景こそが私には救いだった。



ダンテは私に世界平和を望んでいる言ってくれた。私には彼ならその実現が可能なのではないかと思った。絶対的な力があれば世界を平和にできる。世界平和に必要なのは慈悲の心などでは決してない。圧倒的な力だ。



ヘレナはそう考える私によく文句を言っていた。それだと力のない人達が救われない、全員がお互いを愛することができれば世界は平和になると。そんな実現もしない理想ばかりを口にしていた。



ただ私はヘレナの考えを全て否定はしていなかった。博愛主義を心酔するヘレナはいつも、争いのない優しい世界になりますようにと祈っていた。それは方向は違ってもダンテや私と同じだった。



私はいつか彼女の理想とする優しい世界が作りたいと思っていた。優しい世界で彼女の笑顔を見ていたかった。



あの時、私はヘレナをどう思っていたのだろうか。子供ながら恋心を抱いていたのか。今となっては時間が経ちすぎて分からない。



私がその感情が何か理解する前にヘレナは死んだ。彼女は優しくない世界に殺された。



嵐の夜だった。雨音と雷の音は今でも耳が覚えている。



街で盗みをしていたという男が教会に懺悔しにきた。貧しく、生きるために仕方なく盗みをするしかなかったと言っていた。男の服は汚れ、ひどく臭った。髭と髪は伸び放題で肌は浅黒かった。



他の修道女が難色を示す中、ヘレナは躊躇わずに受け入れようと提案した。それがアナスタシア教の教義だからと言って、皆を説得した。結局、男には清潔な服と食事が与えられ、この教会にその夜は泊まることになった。男は涙を流して、ヘレナに感謝していた。



その夜、夜中に物音がして私は目を覚ました。私は廊下に出た。何かを漁る音がしていた。私が覗き込むと男は教会の部屋の中を散らかし、金目の物を集めていた。



私は身を隠した。やはり罪人は罪人だ。更生などできるわけがないと思った。明日ヘレナはこの部屋の光景を見て、傷つくのだろう。



その時、小さな悲鳴が聞こえた。ヘレナが物音で起きて様子を見に来ていた。思わず声を上げてしまったせいで、男に気づかれた。



ヘレナを見る男の目にはドス黒い悪意が満ちていた。あの時、流れていた涙は偽物だった。男の手には刃物が握りしめられていた。



私は咄嗟に飛び出して男に飛びついた。だが、私の手は男に届かず、男の凶刃はヘレナに届いた。



ヘレナは目を見開いていた。何が起こったのか分かっていないようだった。最後に一瞬だけ、彼女と目が合った。その無表情のまま、ヘレナは青い粒子に変わった。



私は学んだ回復魔法を使用した。虚しい光を発して消えていくだけだった。もう治す対象がここにはいなかった。



男は私を蹴り飛ばした。私は激痛に腹を押さえてうずくまった。男は私も殺そうとしていたが、物音に気づいた他の教会職員達の足音が聞こえ、男は焦ったように背中を向けた。



私は去っていく男の背中に向けて痛みに耐えながら、右手を横に振った。あの日ダンテが野盗達にしたように。



私の手はただ何もない空中を撫でただけだった。



喪失感と共に、私の身体の中に黒い感情が流れ込んできた。私はその感情に身を任せた。それは憎しみだ。



ヘレナの命を奪った男だけではない。理不尽すぎるこの残酷な世界を私は心から憎んだ。私はこの瞬間、真理を悟った。



力こそが全てだ。



私は決めた。この世界を変えてみせると。彼女が望んだ優しい世界を作ると。そのためには絶大な力がいる。それが私が到達した真理。



そこから私はその世界を実現するために、狂人のごとく行動した。力のない私にはそれを手に入れる術を学ぶしかなかった。多くの本を読み漁り、あらゆる知識を身につけた。回復魔法以外に取り柄がなかった私は可能性を探し続けた。



その中で一冊の古文書に出会った。そこには概念ではなく、実物としての神の存在が記されていた。解読は困難を極めた。私はその本に没頭した。



もし私がこの本を読み解けば、本物の神という存在をこの世に作り出すことができるかもしれない。それが私の求める世界平和だ。



そして、私は本をついに解読した。もちろん理解できていない部分も多くあったが、大筋は分かった。



それはこの地に封印された神の封印を解く方法だった。私はようやく答えを見つけた。私は人生を賭けて、この神を復活させることを誓った。



準備の一環として、私はアナスタシア教を抜け、新しくゼーラ教を立ち上げた。宗教の本質は誰よりも理解していた。信者を集め、規模を拡大きていくのは容易だった。



情報部隊の白と神殿騎士団を設立し、集団としての武力を手に入れた。私の計画は順調に進んだ。そして、神を復活させるために遺跡を調査していたとき、私はサキエルに出会った。



神族に会ったのは初めてだった。存在だけは文献で知っていた。私はサキエルと話し、同じ目的であることを知った。神の封印を解くために、私とサキエルは協力することにした。



神族は永遠の命があるため、時間の感覚が我々とは違う。サキエルは当たり前のように10年以上姿を見せないこともあった。私の身体は老いていったが、思いは全く風化しなかった。



どれだけの年月が経とうと、彼女が望んだ優しい世界を作るという執念の炎は消えなかった。そして、ネロという新しい仲間のおかげで、私の夢はまもなく成就する。









きっと君は笑ってくれるだろう。君が望んだ優しい世界の実現だ。











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