脱出
ーーーーーーーカマセーヌーーーーーーー
ロンベルの計画はよくできていた。さすがはグランダル王国を大混乱させた犯罪者だ。
俺達がこの教会の外に出るためには、信者専用の移動装置を使用しなければならない。来るときは雪山を登ってきたが、ネロがいなければ何度も死んでいただろう。とても俺とロンベルだけでは下山なんてできやしない。
移動装置は円形の床だ。中央の台座に手をかざすことによって床が下がり始める。結構長い時間かかる。筒の中を床がずっと下がっていくような形だ。
中央に手をかざす人は洗礼を受けた信者でなければならない。俺達は入信の際に特殊な魔法で右手の甲に模様を刻まれた。普段は透明だが、移動装置の台座などにかざせば模様が浮かび上がる。
移動装置は起動させても円形の床の上に洗礼を受けた信者以外の反応があると動かない。1人の信者がそうでない人間を連れてくるということもできない。誰かを招くときは、洗礼を行える魔道具を下まで持っていき、下で洗礼を行わなければならない。
出入り口が1つということで、やはり警備もしっかりとしている。教会の神聖騎士団が常に何人も警備していた。今は事実上、封鎖状態なので許可なく外に出ることもできない。
俺の役目はその騎士団を倒すことだ。騎士団とはいえ、ネロやクラウスのような怪物とは違う。きっと俺の方が強いだろう。それがロンベルが俺を引き入れた理由だ。
ただ数が多すぎる。近くには騎士団の詰め所もあるし、騒がれればすぐに応援が呼ばれる。もしネロやクラウスあたりにバレたら計画は破綻する。
だから、音もなく騎士団を殲滅しないといけない。さすがの俺でもかなりの無理難題だ。そもそも警備の数が多すぎて、1人倒している間に他の奴らに応援を呼ばれる。
そこでロンベルはある作戦を立てた。コーネロの名前の利用することだ。コーネロはこの教会の事実上のトップ。コーネロの命令は絶対となっている。
俺達は一応ここでは客人扱いされている。コーネロが正式に許可証を発行したからだ。ロンベルはいつの間にかネロが持っているはずのその書状をくすねていた。
ロンベルはその書状の裏面を利用して、コーネロのサインを模写して、偽の書類を作り上げた。裏面を利用しているので、紙の質も本物と同じだ。
裏側の面に他の薄い紙を丁寧に重ねて糊付けしている。もちろんよく調べられたらすぐにバレてしまうが、少しの間だけなら騙すことは可能だろう。
器用なやつだ。俺もその紙を見せてもらったが本物のように思える。公的な文書の作成には慣れているようだ。
内容はゼーラ様のために警備を増やす必要がある。だから、入口の警備をゼーラ様に回せというものだ。内容としても違和感はない。
実際、麓の村はアザール教が占拠しているから一度も侵入者など出ていない。見張りの騎士団も退屈している。
あとはこの書状を騎士団に渡す必要がある。俺やロンベルがこれを騎士団に持っていくのは明らかにおかしい。
そこでロンベルは伝令役の騎士団員の若手の1人に注目した。ロンベルはいつも暇そうに散歩しながら、ずっと騎士団の動向を伺っていたようだ。全く抜け目のない奴だ。
その若い団員は仕事ができないのかよく仕事を忘れて上長に怒られていた。ロンベルはその男を利用することにした。これがが計画の全容だ。
ネロやクラウスは全くロンベルを疑っていないのか、今日は姿を見ていない。決行には最高のタイミングだ。
今、ロンベルは廊下の影に隠れて、その若い団員が通り過ぎるのを待っている。彼の仕事内容までロンベルは熟知していた。いつここを通り過ぎるかも把握済だ。
時間通りに大量の書類や荷物を持った男が現れる。彼はいつも雑務を押し付けられており、荷物運びをさせられている。ロンベルは彼が通り過ぎたタイミングで声をかけた。
「ちょっと待ってください、紙を1枚落としましたよ」
さも今拾い上げたように、細工をした書状を見せる。
「あ! ありがとうございます!」
男は両手が塞がっているので、飛ばないようにロンベルが間に挟もうとする。そのとき、偶然ちらっと内容が見えたような演技をする。
「これ、緊急って書いてありますね」
「え! うそ! そんな大事な書類あったっけ! やばい、また怒られる」
ロンベルは両手の塞がっている男に紙を広げて、表面を見せる。男は中身を把握して青ざめた。
「ちょ、ちょっと急ぐんで! その紙間に挟んでもらえますか」
慌てる男の荷物の隙間に書状を挟む。男はお礼を述べて大慌てで騎士団の詰め所へと走っていた。ロンベルが隠れている俺へと視線を向ける。
俺の出番というか。こいつは人畜無害そうな顔して本当に悪知恵が働く。
ロンベルは俺を仲間に引き入れる前から、この計画を準備していた。俺が金に靡くことも計画通りだったと思うと、少し腹が立つ。
騎士団員が慌ただしくお互いに声を掛け合っている。あの書状の通りに人員をゼーラに向かわせるのだろう。無事に騙されてくれたようだ。
騎士団達の移動が始まって、見張りは2人だけが残された。さあ、そろそろやるか。2人なら余裕だ。俺は堂々と真っ直ぐ歩き出す。
「おーい、ネロさんを見てないか?」
騎士団の見張りを油断させるために、呑気な声を出して近づく。2人は全く警戒していない。俺たちは客人扱いだからな。
「少し前に外から戻ってきましたので、もう部屋の方にいるかと」
「おう、そうか、ありがとな」
俺は笑顔でそう言って、思い出したように言った。
「そうだ! お前さんたちもずっと見張りで大変だろう? ちょっと差し入れがあってな」
「え、わ、我々にですか?」
普段は空気のように扱われているからか、2人は思わず笑顔を見せた。俺は2人に物を渡すふりをして近づく。間合いに入った。俺の勝ちだ。
一瞬で剣を抜き、鎧のない首に一撃を入れる。返す刀でもう1人の首を断つ。
2人は反応もできずに粒子に変わった。本当ならもっと時間をかけてなぶり殺したかったが、今は仕方がない。
「ふん、まあまあだな」
ロンベルが柱から現れて、俺に言う。相変わらずの上から目線で腹が立つ。金さえもらったらこいつも殺そう。
「さあ、行くぜ」
俺とロンベルは移動装置に乗り、台座に手を翳した。ネロやクラウスは未だに姿を見せない。いくらネロでも万能ではないようだ。何だか呆気ないな。あんなに警戒する必要もなかったかもな。
移動装置が動き出す。今思うと、俺は最近ずっとついていなかった。なぜか厄介のことに巻き込まれて、人類最強だったはずの俺を超える化け物達に囲まれていた。
きっと何かの悪い夢だったんだ。ここからまた俺の物語は始まる。俺は大金を手に入れ、趣味の人殺しでもしながら、悠々自適な生活を送ろう。
「ロンベル、金の支払いは忘れるなよ」
「ふん、分かっている、無事にここから離れられたらな」
「もうここまで来たら安全だろう、いくらネロでもさすがに追いつけない」
そこからしばらく無言の時間が続く。別にこいつと話すことなんてない。
移動装置が下がっていき、ついに一番下に到着した。俺は扉を開ける。これで俺の不遇な時代は終わりを告げる。この先には自由が待っている。
目の前に白銀の雪景色が広がった。
そして、俺はこの世に神なんていないことを悟った。