執念のリセマラ
「ジュエルバインド」
そして、1分が経過した。地面から現れた鎖が巨神兵の動きを止める。王とその側近の足元には魔法陣が広がっている。
「私たちが動きを封じる、長くは持たん、奴を倒してくれ!」
表情を歪ませながら、魔法を行使する国王。青い光が俺の身体を覆う。そして、視界の端にダイアログが現れた。
スキル『天命龍牙』を獲得しました。
『天命龍牙』それは超高威力の片手剣奥義。巨神兵の防御力1500など軽く超え、レベル1で使用しても一撃でHPを奪うほどの力がある。
このスキルは1回使用したら消えてしまう。このイベントで巨神兵を倒すためのスキルだ。
そして、物語終盤で習得が可能な奥義である。オープニングイベントで使用した技を、終盤で会得できる。こうゆう演出はゲーマー心を激しく揺さぶられる。
俺はゆっくりと机の下から出て、身動きのできない巨神兵の下へ向かう。
魔法の鎖で繋がれたら巨神兵は目に憎悪の光を宿しながら、俺を睨んでいる。殺意を全身に感じた。
俺はそんな巨神兵を見て、にやりと笑う。ここまで来れば戦闘チュートリアルは終わったも同然だ。
最後にやることは決まっている。
もちろん天命龍牙を……使わない。
俺は剣を仕舞い込み、背後に回って鎖に足をかけて巨神兵の身体をよじ登る。そして、巨神兵の肩に腰掛け、剣を再び取り出し、頭部をこつんと叩いた。
視界に20の数値が浮かび上がり、俺はにっと笑う。
英雄達は『天命龍牙』を使用しない。
きっかけはある英雄がラストダンジョン攻略中に思いついた投稿だった。
チュートリアルの巨神兵、ラスダンの巨神兵とステータス同じなんじゃね?
その一言が英雄たちの概念を一新させた。魔王城の巨神兵と全く同じならば、『天命龍牙』を使用しなくてもレベル1で倒せる方法がある。
モンスターにはウィークポイントという部分を持つものがいる。ウィークポイントに攻撃判定があったとき、防御力は無視され全てのダメージが届く。
巨神兵のウィークポイントは頭部だ。かなり高い位置にあり、遠距離攻撃スキル、跳躍系のスキルがないと本来届かない。
ちなみに魔法は防御力ではなく、魔法防御力に依存しており、ウィークポイントに当ててもダメージ量は変わらない。
高い位置にあり、更に巨神兵も動き回るため、中々ウィークポイントは狙いにくい敵だが、この状況では容易となる。ジュエルバインドにより、巨神兵は動きを止めるため、よじ登ることができる。
あとはウィークポイントを剣で叩けば、レベル1の攻撃力である20のダメージが入る。巨神兵のHPは60000であるため、3000回叩けば倒せる。
別に力を入れなくても軽く叩くだけでダメージが入るので、慣れれば1秒に二回攻撃できる。計算上、25分かかる。
『天命龍牙』を使用すれば数秒で終わるので、一見25分もかけるのは馬鹿らしく思えるだろう。しかし、この方法には素晴らしいいくつかのメリットが存在する。
1つは経験値だ。この方法で倒した場合、本来は得ることが出来ない経験値を手に入れることができる。
ラストダンジョンの敵であるため、レベル1の俺にとっては莫大な経験値だ。一気にレベルアップできる。
もう一つのメリットは、アイテムをドロップする可能性があるのだ。
序盤でラストダンジョンの敵のドロップアイテムを手に入れることができる。この影響はかなり大きい。
イベント通り『天命龍牙』を使えば、アイテムはドロップしない。当然の措置だろう。チュートリアルのイベントモンスターにラストダンジョンでのドロップアイテムなど出すはずがない。
ここからは憶測になるが、巨神兵のパラメーターは全てラストダンジョンのモデルを使い、『天命龍牙』を使用した場合、ドロップしないフラグが立つのだろう。
さて、ここで一つ忘れてはならない要素がある。それはドロップ率だ。モンスターは倒してもドロップしないことがある。巨神兵のドロップ率は10%、つまり10回に一回ドロップする。
英雄達は妥協をしない。ドロップしなければリセットし、やり直す。平均で手に入るまで25分×10=250分。4時間ほどかかる。
頭がおかしいと言う奴もいた。彼等は何も分かっていない。数々の不可能を越えてきた英雄達にとって、ただ時間をかければクリアできる条件などゆるすぎる。
以上が、にわか英雄の手順だ。
真の英雄はここで終わらない。もう一度言おう、英雄は妥協をしない。
ドロップアイテムはある一定確率で、レアドロップに変化する。巨神兵のレアドロップを手に入れれば多くの不可能が消える。
レアドロップ変化率は10%、10回のドロップの内1回。つまり100体に1回の確率だ。
計算上、平均40時間かかることになる。俺は英雄の中ではまともな方だったから、ゲームは一日8時間ぐらいしかしてなかった。
よって5日はかかる。チュートリアルに平均40時間かけるのが英雄の常識だった。
俺は巨神兵の頭を高速で叩きながら、考える。リセットが効かないこの世界ではやり直すことは出来ない。ドロップすることを祈るしかないだろう。
「くっ……長くは持たない、勇者よ、早く真の力を解放するのだ」
王が何か言っているが無視して、頭を叩き続ける。長く持たないといいながら、この王はいつまでも魔法を発動し続ける。
俺は手だけを動かしながら、頭は別のことを思考していた。この後のことだ。まず何から手をつけるべきがシミュレーションをする。
誰を仲間にするか、金策はどうするか、レベル上げはどうするかなどとゲームの知識をフル活用して考えた。
部屋には王のうめき声と、コツコツと頭を叩く音が響き続けた。