揺るがない決意
ーーーーー オリバー ーーーーーー
僕はこの戦いを見るべきだと思った。ラファだって戦っている。僕も逃げるだけではなく、あの人の戦いを見ておきたかった。
避難する皆の列からこっそり抜けて、邪魔にならないように家の影に隠れながら戦いを見守る。
あまりにも大きく黒い怪物と、あの人は戦っていた。速すぎて何が起きているのか全く分からなかった。
少し離れたところに、女の子がマルドゥークを背負って歩いていた。なぜそんなことをしているのか分からないが、途中で男の人も手を貸している。きっと必要なことなのだろう。
僕がその様子を見ていると、一瞬だけ確かにマルドゥークが目を開けた。背筋がぞっとした。
あいつは気絶したふりをしている。もう目を覚ましている。このことをあの2人に伝えなければならない。
飛び出そうとして身体がすくんだ。ここから先は危険だ。巻き込まれて僕は死ぬかもしれない。その恐怖が僕の足を凍りつかせる。
僕にできることなんてない。邪魔になるだけかもしれない。そんな考えが頭の中を支配する。
僕は拳を力いっぱい握りしめる。伝えないといけない。今、踏み出さなければ、憧れる夢にはきっと届かない。僕は冒険者になるんだ。そう自分に言い聞かせる。
僕は息を吸い込み、一歩踏み出した。その一歩で急に身体が軽くなった。僕はがむしゃらに走り、マルドゥークを背負う2人に向かう。
声が届く距離になり、僕がマルドゥークに意識があることを叫ぼうとした瞬間、白い雪に不気味な模様が広がった。それが良くないものであることはすぐに分かった。
その光に飲まれた2人はマルドゥークを離した。マルドゥークは悠々と立ち上がる。
「くくく、やはり神は私の味方ですね、強力なしもべが2体も手に入れてしまいました」
先程までマルドゥークを運んでいた2人は腕をだらっと下げている。何かのスキルの影響を受けている。
もう終わりだ。僕が遅かった。後少し早く飛び出していれば、救えていたかもしれない。僕が迷ったから。また自分を責めたくなる。
ラファの笑顔が僕の頭に過った。彼女はどんな状況でも、決して挫けない。きっと、こんな状況でも悲観しないのだろう。今まで僕に足りなかったのは、ほんの少しの勇気と自信だった。
僕はいつか彼女と一緒に冒険をするんだ。そんな僕が弱気になっていたら、きっとラファに怒られる。戦う力はまだない。でも僕にできることがあるはず。
あの人のことを思い出した。僕にはあんな綺麗な回避なんてできないし、スキルもない。でもあの人のようになりたい。
マルドゥークを何の力もない僕が倒す方法。必死で考えた。そして、賭けみたいな方法だけど、1つ思いついた。失敗する可能性も十分にある。うまくいかなければ僕は死ぬのだろう。
今までの僕はそんな選択肢を選ぶことはできなかった。でも今は違う。僕は人生で初めて、自分の選択に命を懸けることを決めた。
恐怖はずっとある。でも僕の全身には今まで感じたことのない何かが漲っていた。僕は雪玉を作り、思い切りマルドゥークに投げた。上手くマルドゥークの顔面に当たる。
「くっ、このくそガキがあぁ! ……失礼、取り乱してしまいました」
マルドゥークは苛立ちを隠さないまま、本をパラパラとめくる。
「主はおっしゃられた、生意気なガキは息の根を止めなさいと、さあ、行きなさい、神のしもべよ」
あの人の仲間の2人が動き出す。間違いなく、操られている。僕は息を吸い込んで大声で叫んだ。
「僕に負けるのが怖いから、他の人を頼るんだ! アザール教はやっぱり汚いんだね!」
全力で煽る。これが正解だ。女の子と男の人が一瞬で僕に向かってくる。怖い。でも、きっとこれでいい。
「待ちなさい」
武器を振りかぶっている2人が止まる。ギリギリのタイミングだった。
「その子は、神の遣いであるこのマルドゥークが、博愛の導きで直々に天に送りましょう」
穏やかな言葉を使っているが、声が震えている。マルドゥークが挑発に乗ってきた。僕は怯えているふりをしながら、雪が盛り上がっている高台へと走る。
「あれだけのことを言っておきながら、逃げるとは愚かですね」
マルドゥークが笑顔で追ってくる。恐怖に怯えた生意気な子供を追いつめる。そう思っている。それでいい。しっかりと僕のあとをついてこい。
あいつは今冷静じゃない。こんな子供に虚仮にされたんだ。きっと殺したくてたまらないだろう。そして、奴は油断している。相手が何の力も持たない僕だから。
高台へと登ったところで、僕はつまずいて倒れる演技をした。これでわざとマルドゥークに追いつかれる。勝ち誇った邪悪な笑みでマルドゥークは僕を見下す。
準備は整った。
僕は冒険者になりたいんだ。もう心に決めた。まだ力はなくても勇気だけは誰にも負けちゃいけない。これが僕の決意だ。決意は揺るがない。
「はははは! 終わりですね! 私を冒涜したことを後悔しながら! 死になさい!」
「僕は負けない」
マルドゥークが拳を振りかぶる。その一撃を受ければ僕は死ぬ。でも不思議と怖くない。何故か僕は確信している。
僕は左手を挙げた。あの人のように。
___________レオン____________
「風、3時の方向に3、射程300」
驚いたな。あの小僧、ターゲットを誘導している。俺達を利用するつもりだ。
「行けるか?」
「ターゲットがもう少し、登ってくれればね」
「あいつ俺たちのことに気づいているな」
「はは、将来有望なガキじゃない」
「外すなよ」
「はっ、誰に言ってんのよ」
あの少年は俺たちの一発目の狙撃を見て、レンさんと同じことをしようとしている。確証もないだろう。それなのに、その推測に命まで賭けている。子供のくせに随分と度胸がある。
1回目の狙撃から攻撃がどの方向から来たかも予想して、俺たちが狙いやすいように高台に移動して、ターゲットを誘導している。
見事だ。力では勝てないから、勇気と知略でマルドゥークに勝負した。
「小僧、お前の勝ちだ」
マルドゥークが射程に入った。
「やれ」
「言われなくても」
ニキータの放った弾丸はマルドゥークの脳天を貫いた。
ーーーーーーーーーーーーー
マルドゥークの身体が頭から吹き飛んだ。あの時と同じだ。僕にもあの人と同じことができた。
僕にはこれが何の攻撃か分からない。でも何かが高速で飛んできたということは分かる。
マルドゥークが祭壇で倒れたときの方向から、攻撃をしてくれた人がどの方向にいるか理解していた。本当に攻撃してくれるかは賭けだったが、勝算はあると思っていた。
僕は方向を見て、その攻撃をしてくれた誰かに向けてお辞儀をした。ここからじゃ見えないけど、きっと伝わっているだろう。
操られていた女の子と男の人は意識を取り戻したようで、僕に駆け寄った。
「すまない、油断してしまって、大丈夫かい?」
「ありがとう、あなたのおかげで助かったわ」
お礼を言われて、僕は初めて自分にも誰かを救えたのだという実感が生まれた。今の気持ちを、僕は一生忘れられない。これが僕の最初の一歩だ。
この経験が僕の将来をきっと決める。そんな確信があった。
できないことばかりを呪い、自分の可能性に蓋をしていた。その蓋を取っ払ってくれたのは間違いなく彼女だ。ちゃんとお礼を言わないとな。
2人はマルドゥークを背負ってまた移動を始めた。僕は大人しく、元いた場所へと戻る。僕の役目はここまでだ。
あとは本物の英雄に任せよう。いつか僕もそこまでたどり着くけど、今はまだ早い。
ラファ、ありがとう。君の言葉は僕を変えたよ。