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無理ゲーの世界へ 〜不可能を超える英雄譚〜  作者: 夏樹
第5章 英雄の意志
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揺るがない決意



ーーーーー オリバー ーーーーーー



僕はこの戦いを見るべきだと思った。ラファだって戦っている。僕も逃げるだけではなく、あの人の戦いを見ておきたかった。



避難する皆の列からこっそり抜けて、邪魔にならないように家の影に隠れながら戦いを見守る。



あまりにも大きく黒い怪物と、あの人は戦っていた。速すぎて何が起きているのか全く分からなかった。



少し離れたところに、女の子がマルドゥークを背負って歩いていた。なぜそんなことをしているのか分からないが、途中で男の人も手を貸している。きっと必要なことなのだろう。



僕がその様子を見ていると、一瞬だけ確かにマルドゥークが目を開けた。背筋がぞっとした。



あいつは気絶したふりをしている。もう目を覚ましている。このことをあの2人に伝えなければならない。



飛び出そうとして身体がすくんだ。ここから先は危険だ。巻き込まれて僕は死ぬかもしれない。その恐怖が僕の足を凍りつかせる。



僕にできることなんてない。邪魔になるだけかもしれない。そんな考えが頭の中を支配する。



僕は拳を力いっぱい握りしめる。伝えないといけない。今、踏み出さなければ、憧れる夢にはきっと届かない。僕は冒険者になるんだ。そう自分に言い聞かせる。



僕は息を吸い込み、一歩踏み出した。その一歩で急に身体が軽くなった。僕はがむしゃらに走り、マルドゥークを背負う2人に向かう。



声が届く距離になり、僕がマルドゥークに意識があることを叫ぼうとした瞬間、白い雪に不気味な模様が広がった。それが良くないものであることはすぐに分かった。



その光に飲まれた2人はマルドゥークを離した。マルドゥークは悠々と立ち上がる。



「くくく、やはり神は私の味方ですね、強力なしもべが2体も手に入れてしまいました」



先程までマルドゥークを運んでいた2人は腕をだらっと下げている。何かのスキルの影響を受けている。



もう終わりだ。僕が遅かった。後少し早く飛び出していれば、救えていたかもしれない。僕が迷ったから。また自分を責めたくなる。



ラファの笑顔が僕の頭に過った。彼女はどんな状況でも、決して挫けない。きっと、こんな状況でも悲観しないのだろう。今まで僕に足りなかったのは、ほんの少しの勇気と自信だった。



僕はいつか彼女と一緒に冒険をするんだ。そんな僕が弱気になっていたら、きっとラファに怒られる。戦う力はまだない。でも僕にできることがあるはず。



あの人のことを思い出した。僕にはあんな綺麗な回避なんてできないし、スキルもない。でもあの人のようになりたい。



マルドゥークを何の力もない僕が倒す方法。必死で考えた。そして、賭けみたいな方法だけど、1つ思いついた。失敗する可能性も十分にある。うまくいかなければ僕は死ぬのだろう。



今までの僕はそんな選択肢を選ぶことはできなかった。でも今は違う。僕は人生で初めて、自分の選択に命を懸けることを決めた。



恐怖はずっとある。でも僕の全身には今まで感じたことのない何かが漲っていた。僕は雪玉を作り、思い切りマルドゥークに投げた。上手くマルドゥークの顔面に当たる。



「くっ、このくそガキがあぁ! ……失礼、取り乱してしまいました」



マルドゥークは苛立ちを隠さないまま、本をパラパラとめくる。



「主はおっしゃられた、生意気なガキは息の根を止めなさいと、さあ、行きなさい、神のしもべよ」



あの人の仲間の2人が動き出す。間違いなく、操られている。僕は息を吸い込んで大声で叫んだ。



「僕に負けるのが怖いから、他の人を頼るんだ! アザール教はやっぱり汚いんだね!」



全力で煽る。これが正解だ。女の子と男の人が一瞬で僕に向かってくる。怖い。でも、きっとこれでいい。



「待ちなさい」



武器を振りかぶっている2人が止まる。ギリギリのタイミングだった。



「その子は、神の遣いであるこのマルドゥークが、博愛の導きで直々に天に送りましょう」



穏やかな言葉を使っているが、声が震えている。マルドゥークが挑発に乗ってきた。僕は怯えているふりをしながら、雪が盛り上がっている高台へと走る。



「あれだけのことを言っておきながら、逃げるとは愚かですね」



マルドゥークが笑顔で追ってくる。恐怖に怯えた生意気な子供を追いつめる。そう思っている。それでいい。しっかりと僕のあとをついてこい。



あいつは今冷静じゃない。こんな子供に虚仮にされたんだ。きっと殺したくてたまらないだろう。そして、奴は油断している。相手が何の力も持たない僕だから。



高台へと登ったところで、僕はつまずいて倒れる演技をした。これでわざとマルドゥークに追いつかれる。勝ち誇った邪悪な笑みでマルドゥークは僕を見下す。



準備は整った。



僕は冒険者になりたいんだ。もう心に決めた。まだ力はなくても勇気だけは誰にも負けちゃいけない。これが僕の決意だ。決意は揺るがない。



「はははは! 終わりですね! 私を冒涜したことを後悔しながら! 死になさい!」



「僕は負けない」



マルドゥークが拳を振りかぶる。その一撃を受ければ僕は死ぬ。でも不思議と怖くない。何故か僕は確信している。



僕は左手を挙げた。あの人のように。








___________レオン____________



「風、3時の方向に3、射程300」



驚いたな。あの小僧、ターゲットを誘導している。俺達を利用するつもりだ。



「行けるか?」



「ターゲットがもう少し、登ってくれればね」



「あいつ俺たちのことに気づいているな」



「はは、将来有望なガキじゃない」



「外すなよ」



「はっ、誰に言ってんのよ」



あの少年は俺たちの一発目の狙撃を見て、レンさんと同じことをしようとしている。確証もないだろう。それなのに、その推測に命まで賭けている。子供のくせに随分と度胸がある。



1回目の狙撃から攻撃がどの方向から来たかも予想して、俺たちが狙いやすいように高台に移動して、ターゲットを誘導している。



見事だ。力では勝てないから、勇気と知略でマルドゥークに勝負した。



「小僧、お前の勝ちだ」



マルドゥークが射程に入った。



「やれ」



「言われなくても」



ニキータの放った弾丸はマルドゥークの脳天を貫いた。



ーーーーーーーーーーーーー



マルドゥークの身体が頭から吹き飛んだ。あの時と同じだ。僕にもあの人と同じことができた。



僕にはこれが何の攻撃か分からない。でも何かが高速で飛んできたということは分かる。



マルドゥークが祭壇で倒れたときの方向から、攻撃をしてくれた人がどの方向にいるか理解していた。本当に攻撃してくれるかは賭けだったが、勝算はあると思っていた。



僕は方向を見て、その攻撃をしてくれた誰かに向けてお辞儀をした。ここからじゃ見えないけど、きっと伝わっているだろう。



操られていた女の子と男の人は意識を取り戻したようで、僕に駆け寄った。



「すまない、油断してしまって、大丈夫かい?」



「ありがとう、あなたのおかげで助かったわ」



お礼を言われて、僕は初めて自分にも誰かを救えたのだという実感が生まれた。今の気持ちを、僕は一生忘れられない。これが僕の最初の一歩だ。



この経験が僕の将来をきっと決める。そんな確信があった。



できないことばかりを呪い、自分の可能性に蓋をしていた。その蓋を取っ払ってくれたのは間違いなく彼女だ。ちゃんとお礼を言わないとな。



2人はマルドゥークを背負ってまた移動を始めた。僕は大人しく、元いた場所へと戻る。僕の役目はここまでだ。



あとは本物の英雄に任せよう。いつか僕もそこまでたどり着くけど、今はまだ早い。



ラファ、ありがとう。君の言葉は僕を変えたよ。





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