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無理ゲーの世界へ 〜不可能を超える英雄譚〜  作者: 夏樹
第5章 英雄の意志
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窮地



アザール教徒が地面に横たわっている。



その光景が俺の違和感だった。



そんなことはありえない。なぜならダルマの効果範囲に入っているのだから。本来なら『アザールの祝福』の効果が打ち消されて青い粒子に変わるはず。



そうならないのはなぜか。



理由は明確だ。そのアザール教徒がHPが残っているのに()()()()()をしている。



俺が大声でポチを呼んだと同時に、アザール教徒は静かに起き上がった。背後であり、ポチもドラクロワも気づいていない。



ポチが俺の声に反応し、何かに気づいた。



「わん、甘い匂いがする」



「後ろだ!」



俺が声をかけた瞬間だった。そのアザール教徒が信じられない速度でポチとドラクロワの間に移動した。



2人が同時に気づき、攻撃態勢に入る。しかし間に合わない。そのアザール教徒が短剣を振るうと、ポチとドラクロワはそれぞれ両側に吹き飛ばされた。ただのアザール教徒のステータスを遥かに凌駕している。



全てを悟った。俺が甘かった。遠いところで監視しているものとばかり考えていた。あいつは始めから最前列で俺達の戦いを見ていた。



アザール教徒が白面を外す。俺のよく知っている笑顔がそこにあった。



「こんにちは、レン君」



ネロはダルマの範囲内でもステータスが低下しない。なぜなら『捕食』によって、純粋に自分自身のステータスを上げているからだ。



俺は既にネロに向かって走っている。ネロの狙いが分かった。それだけは避けなければならない。ネロは俺の反応を見て嬉しそうに笑った。



「本当はずっと隠れていようと思ったんだけどね」



ネロの足元にはポチが持っていたものが転がっている。ネロが観戦ではなく、自ら動く理由になった物。



「すごいアイテムだね、いろいろな効果が一気に無効化されている、これならゼーラの結界も消せるかも」



ネロがダルマを持ち上げる。ネロはダルマの存在を知らなかった。ヘルハウンドとアザール教徒の様子からダルマの効果を推測し、それがゼーラの結界を消す可能性まで結びつけた。だから、急遽ダルマを奪う方針に切り替えた。



「レン君の切り札、僕がもらうよ」



ネロがダルマを持ち出して逃げ出す。速すぎる。『龍脈』の効果が消されている今の状況ではネロの方が明らかに素早さが高い。スキルも使えないため、追いつく術がない。



ネロとの距離が離されていく。ネロはこっちを顔だけで振り返って言った。



「鬼ごっこも良いけど……状況分かっている?」



「先輩! 後ろ!」



ハルの声が聞こえ、俺はネロの言っている意味を理解した。背後から凄まじい衝撃を受け、俺の意識は暗転した。



遠吠えによって、再び意識を取り戻す。今、俺は死んだ。ポチの『ワンモアチャンス』が発動した。



俺を殺したのは、全身から黒い瘴気を垂れ流す狂犬だった。ネロがダルマを移動させたことで効果範囲から外れ、ヘルハウンドが憤怒状態に戻ってしまった。もはや、ネロを追いかける暇なんてない。



ネロの姿を見失った。完全にダルマを奪われた。これでゼーラの結果を打ち消すこともできなくなった。



ネロの一手で戦況は180度変わった。俺はダルマなしで憤怒状態のヘルハウンドに挑まなければならない。



目の前には白い雪を染めるタールのような瘴気を身にまとう狂犬。あの巨体で俺が反応できないスピード。更に瘴気による攻撃範囲の拡大。確実な死が待ち受けている。



ヘルハウンドの僅かな動きを知覚して、スキルを使用する。ちょうど今クールタイムが終了したスキルだ。



『スイッチ』



ぎりぎりだった。スキルを使用した瞬間から効果が発揮されるまでのコンマ数秒で黒い霧が俺の喉元まで届いていた。あまりに速すぎる。行動が遅ければ死んでいた。



俺はヘルハウンドと場所を入れ替える。ヘルハウンドが一瞬だけ俺の居場所を失っている。



「ハル! マルドゥークを」



振り向き様に飛んできた黒い瘴気を俺はぎりぎりで躱す。最後まで言い切れなかったが俺の意図はハルに伝わった。この戦いを終わらせるにはマルドークの体が必要だ。



フレイヤやユキ、ギルバート達が魔法や銃撃で応戦してくれているが、憤怒状態はスーパーアーマー状態で一切のノックバックすらない。レオンとニキータも狙撃で援護してくれるが、ボスモンスターであるヘルハウンドには即死耐性があり、効果がない。



必要なのは時間だ。あの憤怒状態のヘルハウンドから時間を稼ぐ方法。俺の思考はこの極限状態で更に澄んでいく。



憤怒状態のヘルハウンド討伐はとんでもない無理ゲーだ。それでも俺には道が見えている。不可能を超えるのが英雄の仕事だ。



「ラファエル、【エンチャントセイント】をかけてくれ」



「え! もうかかってるよ」



「俺じゃない! あいつにだ!」



ヘルハウンドがまた初動を見せる。再び高速の攻撃が来る。一瞬という表現すら生ぬるい。反応すらできず、ヘルハウンドの全力の攻撃を受け、吹き飛ばされた。



空中で()()()()()()()()



『流水の構え』と同様に、足が固定されるスキルでもジャンプで空中で発動し、空中で攻撃を受けると吹き飛ばされることができる。



吹き飛ばされながら、俺はお手玉を続けている。ウォルフガングとの戦いでも使用した『ジャグリング』だ。『ジャグリング』はスキル発動中、HPが0になっても死ぬことはない。



あの時のように、ポーションを上に投げていないので、スキル発動中に回復できない。俺は行動ができないからスキルが終わり次第俺は死ぬ。だが、他にも手はある。



『リバース』



俺はバクバクのいる方に吹き飛ばされるように調整した。バクバクの『リバース』により俺の時間は30秒巻き戻り、『ジャグリング』発動前に戻る。



これを繰り返せば生き延びられるが、俺がバクバクに『リバース』をかけ直さないと、バクバクが『リバース』を再使用できない。ヘルハウンドの攻撃を受け続けながら、それを継続するのは不可能だ。



だから、俺は別の選択をする。またヘルハウンドが動き出す。動いてからの回避は間に合わない。必要なのは予備動作からの未来予知。ゲームのスキルではなく、回避術の延長にある俺が編み出した高等テクニック。一瞬先の未来の動きを完璧に推測する。俺が描いた像と寸分変わらずに遅れてヘルハウンドが動き出す。



『スイッチ』



『リバース』により『スイッチ』のクールタイムを回復している。俺は再びヘルハウンドと場所を入れ替え、超高速の突進を躱す。



近くにラファエルがいる。



「言われた通り、【エンチャントセイント】かけたけど……」



ピースは揃った。俺の構築した理論(ロジック)が最強の壁となる。



ヘルハウンドが凄まじい速度で再び攻撃を仕掛けてくる。俺は回避もできず、吹き飛ばされた。





ーーーーーーハルーーーーーーー



負けている。ゲーマとしての嫉妬と憧憬が心の中で混在していた。



倒れているアザール教徒に気づいたこと。それがネロだと判断したこと。ネロの目的を理解して止めようとしたこと。ヘルハウンド討伐のためにマルドゥークを利用しようとしたこと。



全て俺でも気付いたことだった。しかし、その全ての判断が俺よりも一歩早かった。この追い込まれた状況で正しい選択肢を見つける能力、そしてそれを選び取る判断力の速さが異次元の領域にある。



先輩自身は自覚していないだろう。その感覚が当たり前だと思っている。その領域に他の人はどれだけ努力してもたどり着けないと知らずに。



あの人は紛れもない天才だ。俺の憧れ、焦がれるが届かぬ太陽のような存在。同じゲーマーとして遥かな差を感じさせる。



俺は先輩の指示を受けて、マルドゥークのもとへ走っている。ヘルハウンドと戦闘中の先輩のスキル効果範囲にマルドゥークを連れて行く必要がある。



祭壇に向かって走っていると、俺の目に予想外な光景が飛び込んだ。先輩のパーティの1人、頑張り屋リンがマルドゥークの巨体を背負ってこちらに歩いている。



おかしい。先輩に声をかけられて俺はまっすぐにここに向かってきた。ヘルハウンドとの戦闘中にリンの位置も大体把握している。間違いなく、俺より早くここにいて、マルドゥークを背負っているわけがない。



ありえない……。



まさか、先輩に言われるよりも早く、マルドゥークの体が必要だと判断して動き出していたのか。この俺よりも早く。ただのNPCが。



頑張り屋リンは大器晩成キャラで高レベルであれば、使いやすいステータスをしているが、他にも有益な仲間はLOLに何人もいる。なぜ先輩がパーティに入れているのか疑問だった。ただ仲良くなったから情でも移ったのかと思っていた。



だが、違った。この俺を越えて、先輩の考えを先回りしていた。これは俺達が呼ぶ生粋のLOLプレイヤー、英雄の動きだ。



ただのNPCが英雄としての判断をしている。ゲームでは絶対に起こらないことだ。



正直感じてはいた。先輩はNPCを人間と同じように扱っていることを。俺が違和感を持っているのと同様に、先輩も俺に違和感を抱いているのだろう。俺はNPCをただのゲームキャラだと考えていた。



「ハル! さすがに体格差がありすぎて歩きづらいから手伝って」



リンが苦しそうに近づいた俺に言う。ステータスの上でマルドゥークを持ち上げる筋力はあるが、身長差がありすぎて、歩きづらそうだ。俺はリンの反対側の肩でマルドゥークを背負う。



「君は……先輩に声をかけられる前にマルドゥークの身体が必要だと分かったのか」



「可能性の1つとしてね、正直レンの考えていることを完璧に予想することなんて今の私には不可能、今回はたまたま当たっただけ、研究施設でマルドゥークをイミテートしてスキルを活用していたから」



今の私には、と彼女は言った。その言葉の重みを俺は知っている。それは俺が口にできない言葉だった。



「いつもレンならこのときどうするかを考えているの、あの人が凄すぎて……まだまだ敵わないけど」



ああ、ここにも先輩の力を理解している人がいた。同じ太陽を仰ぎ見ている者。



俺が間違っているのかもしれないな。リンをただのNPCを割り切るのは違うと分かった。彼女はもう俺達と同じ存在だ。



先輩には気付かされることが本当に多い。俺もまだまだだな。













唐突に足元に禍々しい模様が広がった。



『宣教の儀』



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